えくすとら! その百八十 ぱじゃまぱーてぃー・はい!
「……お風呂、頂きました」
明美様の家のお風呂――まあ、私の家と間取り自体は変わりが無いから見慣れたお風呂である筈なんだけど、いや、逆に見慣れているからかしら? なんとも言えない違和感を感じながらお風呂から上がった私は、リビングでパジャマを着てオレンジジュースを飲んでいる智美さんの横に腰を下ろす。
「んぐ……ぷはー! お帰り、彩音。早かったね?」
「この後も入る人がいるでしょう? お湯が冷めてもいけないし、本当に最低限体を綺麗にして出てきたわ」
「別に気にしなくても良いのに。冷めたら追い炊きすればいいじゃん。あ、オレンジジュース飲む? 持ってこようか?」
にこっとそう言って笑う智美さん。その智美さんの後ろで、苦笑を浮かべているのは明美様だ。
「……智美さんの言う通りですが、それ、私のセリフじゃありません?」
「いいじゃん、別に」
「まあ、良いですけど……それより智美さん? なんですか、そのジュースの飲み方は! サラリーマンの居酒屋じゃないんですよ、はしたない」
ジトッとした目を向ける明美様。そんな明美様の視線を受けた智美さんはふんっと鼻を鳴らして。
「はしたないって……あんだけゲームでやらかした明美には言われたくないもーん」
「ぐはっ!!」
いけないわ、智美さん! それは明美様に効く!!
「ばっさり言ったね~、智美ちゃん。でもまあ、智美ちゃんの言う通りかな~? 流石にやり過ぎじゃない、明美ちゃん?」
「う……で、ですが! 皆さんだって同じ状況になったら必ずやらかすはずです!」
「うわ、やらかすって言っちゃってるよ。やらかした自覚はあったんだね、明美」
「ね~。まあ、見事な自爆芸だったけど。見た? あの時の茜ちゃんの顔! 凄く恨めしい目をしてたもん」
「だね~。あんな茜、見た事ないよ。あーあ。嫌われちゃったね~、明美?」
「ま、明美ちゃんの自業自得だし~? やっぱり茜ちゃんのお姉ちゃんポジは私かな~」
そう言ってにっこりと笑う智美さんと涼子さん。そんな二人に『うぐぅ』とあんまり明美様から出る様な音が出た所で、明美様が視線をこちらに向ける。
「で、でも! きっと誰があのカードを引いてもするでしょう! そうでしょう、彩音様!!」
「……此処で話を振らないでくれませんか?」
巻き込まれ事故の感じが凄いのだけれど。それでも瞳をうるうるさせてこちらに視線を向けてくる明美様を放っておくのもなんなので視線を智美さんと涼子さんに向ける。
「……というか二人とも? あんまり明美様を苛めないの。明美様だって反省しているんだから」
「えー。だって……ね~? こんな『いじって下さい』と言わんばかりのシチュエーション、そんなに無いよ? フリかと思ったんだから」
「そうだよ! 彩音ちゃんだってちょっと思うでしょ? あれだけ張り切って自爆って、物凄く格好悪いって!」
「……二人して酷い事を……」
いや、智美さんはまだ分からないでも無いのよ? でも涼子さん? 貴方、そんな可愛い顔してなんて酷い事言うのよ? 天使の顔した悪魔なの?
「ま、幼馴染特権ってやつだよ、彩音ちゃん。明美ちゃんだって今は被害者みたいな顔してるけど、もし私たちが自爆したら鬼の首を取ったように言うに決まってるんだから」
「そうそう。あんまり同情しなくて大丈夫だよ、彩音。そもそもこんな事で泣くような女じゃないもん、明美は」
うんうんと頷く二人。そんな事は……と思いながら視線を明美様に向けるとついっと逸らされた。ああ、これ、やってるわね?
「……同情して損したかしら?」
「あ、彩音様! そ、そんな事はありません! 私は――」
「あれ、言おうか? 明美ちゃん」
「あ、私もあるよ、明美にさんざんいじられ倒したネタ」
「――……私は貝になります」
口の前で両手の人差し指でバッテンを作る明美様。なによそれ、ちょっと可愛いじゃない。
「はぁ。まあともかく、貴方達の関係性がちょっと分かった気がするわ。そうね……東九条君だけじゃないものね、幼馴染」
「それこそ保育園の時から知ってるしね、お互い。まあ、距離が遠いからアレだけで、別に薄い付き合いして来た訳じゃないし」
「そうだね。明美と涼子とももう十年以上の付き合いだしね~」
「……まあ、そうですね。距離こそあるものの……大事な友人ですから」
三人で頷き合う。なんだろう? ちょっと羨ましいような……
「……良いわね、そんな関係性も」
少しだけの羨望。そんな私の視線を、智美さんが笑い飛ばす。
「なーに言ってんだか。そりゃ、彩音とは高校からだけどさ? 充分『濃い』経験してるじゃん? そんなに羨ましがらなくても大丈夫! むしろ、明美の方がキャラ薄いんじゃない? 距離もあるし」
「……こともあろうに私に向かってキャラが薄いなど……まあ、ですが智美さんの仰る通りですよ、彩音様。出逢った時間は違えど、もう友人でしょう、私達」
「そうだよ、彩音ちゃん。ま、友達っていうより『ライバル』が近いかもだけどー」
そう言ってペロッと舌を出す涼子さん。まったく……
「……ありがとう」
――なんて、良い人達なんだろう。
「おりょ? どうした、彩音? なんか素直じゃん」
「基本、私は何時だって素直よ。まあ……素直すぎて『悪役令嬢』なんて呼ばれたりしてたんだけど」
「……自虐ネタは心に来るな~」
「自虐ネタじゃなくて……なんでしょうね? 私、最近幸せだな~って」
「やめて、彩音ちゃん。その惚気は私たちに効く」
「惚気じゃなくて……ああ、でも惚気なのかしら? その……ひがしく――浩之に出逢って無かったらどうだったかな、って」
「どうって?」
「浩之に出逢えたから、私は皆に出逢えたわ。皆といっぱい遊べて、皆といっぱいお喋りできて、皆とご飯も食べれて……なんでしょうね? こう……毎日幸せで」
たまに、思うのよ。
もし、浩之に出逢ってなかったら、どうなってたのかな? って。
私は今も桐生の家で、一人で『世界』と戦っているのかなって。
「……昔はそれが普通だったのに」
手に入れた、日常が。
なんでもない、毎日が。
ただ、皆とおしゃべりして、遊んで、笑い合うっていう――そんな、『普通』が。
「……今では手放せないものになっているんだもの」
言った後、はっと気づく。いけないわ、しんみりしちゃった。
「ご、ごめんなさい! こんな空気にするつもりじゃなかったのに……あ、あれよ! 『深夜テンション』というやつよ! それかお泊りハイ!」
「深夜でもないし、何よ、お泊りハイって。クライマーズハイとか、そういう系? 聞いたこと無いわよ?」
そう言って智美さんは苦笑すると、私の頭をなで始める。ちょ、ちょっと!?
「と、智美さん!?」
「んー! 可愛いな~、彩音は。大丈夫! 『頼むから離れてくれ』って言われても離れてなんてやんないから! 今では彩音だって涼子や明美と同じくらい、大事なんだし!!」
「そだね~。むしろ彩音ちゃんのが可愛らしくて良いかも~。智美ちゃん、クーリングオフで」
「お気持ちは痛いほどわかりますが……残念ですね、涼子さん。クーリングオフするには十年は長過ぎます。既に廃棄処分しかないのでは?」
「……アンタらね?」
ジトーっとした目を向ける智美さんに二人はつーんっとそっぽを向いて見せる。なんだかその関係性が面白くて――そして、その輪の中に自分がいるという事実が嬉しくて、嬉しくて、でも、なんとなく気恥ずかしくて視線をそっと逸らして。
「――いや、仲が良いのは良いんですけど……友達にハブられた私の前でやるのはちょっと遠慮してもらえません? なんか物凄く居た堪れないんですけど?」
逸らした視線の先で、『無』な表情を浮かべる西島さんと目があった。で、デリカシーが無かったかしら……?




