えくすとら! その百六十九 桐生さん第二形態。その裏には、東九条君の策略が……!(ない
藤田の言葉に『やかましい!』と突っ込んでは見たものの……え? なにこれ? どうすればいいの?
「さ、さあ、東九条君……? せ、先生とこ、こ、こ……」
……鶏か。
「こ、こここここ……個人授業を……」
「……」
「……」
「……」
「…………うぅ……」
涙目上目遣いでこっちを見てくる桐生。その姿は格好とのアンバランスとも相俟って、なんだか物凄く庇護欲を――じゃなく!
「……何やってんだよ、お前」
「……の、乗ってくれても……いい、じゃない。私だって、恥ずかしいんだし……」
「……事故じゃん、明らかにそれ」
『それじゃ個人授業、して貰おうかな?』なんって言った日にはいろんな意味で死んでしまう。つうか、恥ずかしいならやるな。
「……ホント、良い趣味してんな、浩之」
隣の藤田が若干気まずそうな顔でそんな事を言ってくる。やかましいわ、マジで。
「……にしても……そ、その……あー……」
何時だって聖人君子並みに人に優しい藤田ですら、今の桐生の格好には二の句が継げない様子だ。まあ、そうだよな? ツレの親戚の部屋のドア開けたら、ツレの彼女が女教師姿で青少年お断りのセリフ喋った日には誰だってこんな反応、なるよな~。
「その……に、似合ってるな、桐生!」
「ちょ、藤田先輩!? 何言ってるんですか!!」
何を思ったか、藤田がそんなセリフを吐いた瞬間、有森が血相を変えて藤田の口を閉じる。いや、まあ、似合ってるのは似合ってるし――
「――あ、あんまり……み、見ないで……そ、その……こ、この姿は……ひ、東九条君……だけの、為だから……」
――鼻血出るかと思った。顔を真っ赤にしてこちらをチラチラと見やる桐生。そんな桐生の姿に。
ごくり、と。
生唾を呑む音が、聞こえた。
「――ひ、ひがしく――わっぷ! ちょ、な、なに!?」
「……これ、着とけ」
俺以外の誰かから。いや、責める気はねーよ? 今の桐生はマジで魅力的だったし、多分、本能的に出た音だろうから、犯人捜しをするつもりもない。つもりもないが。
「――俺専用なら、俺以外の男に見せんな」
それでも面白くないのは、事実で、真実。着ていた上着を脱いで桐生の姿を隠すように頭から被せる。そんな俺の行動に一瞬、驚いた様な表情を見せる――まあ、頭から被せているから表情は見えないけど、息を呑んだことで大体表情の想像はつく。
「う、うん……そ、その……ご、ごめんなさい」
もぞもぞと動いて俺のジャケットを上から羽織る桐生。先ほどまでは色っぽいというか艶っぽいというか、そんな女教師姿だったのにジャケットの上にジャケットという、見栄えも悪い上に動きにくそうな恰好にクラスチェンジを果たした桐生。
「そ、その……お、怒ってる?」
申し訳なさそうななんだか怒られるのを怯える様な、そんな顔でこっちを見てくる桐生に小さくため息を吐いて見せる。
「あー……その、なんだ。あんまり気にするな。さっきのも……その、なんだ。嫉妬つうか……まあ、俺が面白くないからちょっと語調が荒くなった。悪かったな、びびらせて」
「そ、そんな事ないよ! そ、その……わ、私こそごめんなさい。茜さんから『おにぃ、こういう系好きだから! 彩音さん、可愛いって言って貰えるよ!』って……そ、その……」
「……プライバシーって言葉、知ってるか?」
いや、桐生の方が明らかに俺より成績良いのは百も承知だけども。つうか、これは茜案件か。説教だな、後で。
「い、嫌だった? そ、その……こう、む、『ムラ』っとか……し、しなかった?」
「……なんつう質問をするんだ、お前は」
「だ、だって……東九条君、いっつも余裕そうじゃない。わ、私ばっかりドキドキしてるから……す、少しくらいは東九条君にドキドキして貰っても、ば、罰は当たらないかと思って……もう、私の事なんか……あ、飽きちゃったのかなって……」
後半、語尾が消えかける桐生。いや、お前な?
「……なに馬鹿な事言ってんだよ、お前。あんな? 俺が桐生に飽きる? んな事、ある訳ねーだろうが。なんだ? そんなに信用無いか、俺?」
「そ、そんな事ない! ない、けど……そ、その……」
言い難そうに口をもごもごさせる桐生。なんだよ?
「そ、その……今日、みんな、メイド服着るのよね? 瑞穂さんや涼子さんはその……可愛らしいし……明美様や智美さんは、綺麗だし……」
「……お前のメイド服だって眼福だったぞ?」
「で、でも! 私はほら……一回、着ているじゃない」
「……」
「……みんな、綺麗だし、可愛いし……東九条君が他の子に、よそ見したら……」
ヤ、だもん、と。
「……心配するな。俺は何時だってお前一筋だから」
「……」
「……その……まあ、正直言おう。その姿はこう……『ぐっ』と来るものがあったのは事実だ」
『綺麗な教師は好きですか』って聞かれたらそら、『好きです!』 ってなるよ、うん。
「でもまあ……俺以外にそんな姿を見せて欲しくないの。こいつらが横恋慕するとは思っちゃいねーけど……それでも」
――桐生の可愛い姿は、俺だけのものなの、と。
「……踊るわ」
「許可じゃなくて宣言かよ」
「だって……嬉しいもん」
「さよけ。それじゃ今日はそのジャケット、着とけ。他の奴に見せない様にな」
「……うん、そうする」
そう言って俺のジャケットを抱きしめるように両腕で自分の体を抱く桐生――も、一瞬。顔を真っ赤にして桐生はその手のホールドを解く。な、なんだ?
「ど、どうした、桐生? 顔、真っ赤だけど……」
「な、なんでもない! な、なんでもないんだけど……」
「いや、なんでもない訳ないだろ。顔真っ赤だし……体調、悪いのか?」
「そ、そうじゃなくて! そ、その……ジャケット、ぎゅってしたら……ひ、東九条君の香りに包まれて……な、なんだか抱きしめられている時の事、思い出して……は、恥ずかしくなって……」
顔の前で手をわちゃわちゃと振って見せる桐生。まあ、サイズのでかい俺のジャケット着てるから手は服の袖から出てなくて、袖だけがパタパタ動いている状態で――
「――わざとやってんのか、浩之。まさか『萌え袖』を装備させて破壊力ランクアップさせるとは思わなかったぞ。なに? これ、桐生第二形態なの? 最終形態とか、あんの?」
……そんなつもりは無かったんだが。いや、萌え袖も大好物だけどな、確かに。




