第二十七話 好感度の振れ幅は、スタートによる。好きの反対は嫌いじゃないよ? 無関心さ!
「東九条君、お茶でも飲む?」
図書館で司書に絡まれる、本二十冊を運ぶ重労働、バスケット、そして許嫁パパとの電話と結構なハードワークをこなした俺は、リビングのソファにぐでーっと伸びていた。そんな俺を苦笑を浮かべて見つめて、桐生がキッチンから声を掛けてくる。
「……コーヒー、ある?」
「今から? 眠れなくなるんじゃない?」
「あー……まあ、そうかもな。でも逆に良いかもな。多少寝れなくても」
「……ふふふ」
俺の言葉に嬉しそうに頬を緩め、桐生は視線を俺の手元――今日の戦利品である一冊の本に落とす。
「面白かったかしら?」
「まあな。徹夜で、とは言わんが、もうちょっと読んでも良いかなとは思う。読みやすいしな、コレ」
「でしょう? お勧めなのよ、この作家のエッセイ」
桐生の言葉に俺は手元の本を目の高さまで浮かべて見せる。ページ数は二百ページ弱、俺が思い浮かべる『本』に比べれば随分と薄い。
「これぐらいの分量ならちょうど良いかもな。俺でも読めそうだし」
「しかも、一つ一つの話が十ページぐらいでおさまってるから、起承転結が早い段階で分かって読んでて苦にならないの。読書嫌いの人は最初はエッセイからはじめれば、段々と長い文章に慣れて来るものよ?」
「そうなの?」
「運動と一緒よ。バスケだって結構走るスポーツでしょ?」
「まあな」
「最初は一試合ずっと走れなかったとしても、慣れて来るとどんどん長い時間走っていられるようにならない?」
「なるな。なるほど、それと一緒か」
「そうよ。読書は訓練も大事だから」
そう言われると納得もする。なるほど、俺が読書が出来ないのは慣れて無かったからか!
「まあ、好きな人は最初から好きだけどね。向き不向きもあるわよ、当然」
「……まあな」
「そもそも東九条君、身近に賀茂さんって読書好きが居ながら此処まで本を読んでこなかったのだもの。向いて無いのよ、読書」
「……そんな俺が本を読んでみようと思うとは」
きっかけは桐生の『貴方が運んだ本なんだから、貴方も読んでみたら?』の言葉だった。正直、別段読むつもりは無かったのだが……『試しにこの本のエッセイの一話だけ読んでみない?』と言われ、読んでみたら……これが意外に面白いのだ。
「……なんだか狐に抓まれた気分だ」
「賀茂さんから本を読んでみてと勧められたことは?」
「ある。あるけど……アイツの読んでる本ってなんだか小難しい表現だったり、分厚い本だったりで全く読む気が起きんかったからな」
「ああ……賀茂さんは自分の好きな本を全力で押すタイプなのね」
「お前は?」
「私はその人に合った本を勧めるタイプよ」
「……なんかそれだけ聞くと、涼子よりお前の方がすげー気がするんだが」
「そう? まあ、私、勧めた事ないけど。友達いないし」
「……それ、自虐ネタかなんかなの?」
若干心にクるものがあるんだが。
「純然たる事実だもん。まあ、どっちが優れているとかの話じゃないわよ。賀茂さんはその瞬間を全力で楽しみたい人。私は息が長く続けば良いと思ってる人ってだけだわ」
「マニアを探すか、間口を広げるかって事か?」
「そういう表現も出来るかも。私としても良策よ? だって、いずれ結婚しても同じ話題が出来るなら、夫婦生活が豊かになると思わない?」
「まあな」
「よく聞く話だと結婚当初は会話が有っても、どんどん会話が無くなり、終いには夫婦の会話は子供の話だけ、とかも聞くし。そんで、子供が巣立ったら熟年離婚するとか。お互いに共通の趣味が出来れば、その確率も少なくなると思わない?」
「……そうなったらお前に捨てられる未来になるのか……」
「捨てないわよ、私は。そんな不義理はしたくないもん」
「そうか?」
「それに、そこまで熟年になれば私より貴方の方がモテるわよ?」
「そんな事無いんじゃね?」
「男性は若い女性が好きなんでしょ?」
「一概には言えんが……女性は?」
「お金持ちが好きよ」
「……そうでもねーんじゃね?」
「お金持ちの後妻は良く聞くじゃない。反対はあんまり聞かないでしょ? まあ、絶対に無い訳じゃないんだろうけど……」
「……まあ」
確率論からしたらそうかもな。まあ、もしかしたら男は若い女性を連れて歩くのを自慢したくて、女性は隠してるだけの気もせんでも無いが。基本、男はバカだしな。
「……それでも、別に俺は若い女性に目移りしたりせんぞ?」
「あら? 一生私と寄り添ってくれるの?」
「そりゃ……経緯はどうあれ、結婚するんだし」
「……随分と前向きな、嬉しい発言してくれるじゃない? 何か心境の変化でもあったの?」
「あー……」
……そうだな。
「……まず、お前は思ったより悪いやつじゃなかった」
「どんなイメージだった――待った、言わなくて良いわ」
「悪役令嬢」
「……言わなくて良いって言ったのに。それにしてもテンプレートね? 陰日向に随分言われてるわよ」
「でも実際は違うよな? 悪いと思えば素直に謝るし、感謝も出来る。感謝と謝罪、この二つがちゃんと出来る人間に悪い奴は然う然ういねーよ」
「自分が悪い事をしたら謝るのは当然でしょ? 嬉しかったら感謝するのも」
「でも俺、お前が謝ってるのも感謝してるのも見た事ねーぞ」
俺以外……じゃなかった。涼子と智美にも頭下げてたな。
「謝るほどの付き合いも感謝するほどの付き合いもないもの。絡まれたら戦うけど」
「なに? どっかの戦闘民族なの?」
「知ってる? ヨーロッパではタバコの火を押し付けられても声を上げた方が負けな街もあるのよ?」
「此処は日本だ」
何処だよその街。絶対いかねー。
「まあ、それは冗談として……本当に、普通に会話が無いのよね。だから別に謝る事も感謝することも無いの」
「それはそれで寂しいが……」
「そんな事無いわよ。随分慣れたわ」
「そっか」
……まあ、本人がそう言うなら何も言うまい。俺だって、別に無茶苦茶友達が多い訳ではないしな。それなら――
「……でも」
「ん?」
「その……ちょっと恥ずかしいんだけど」
そう言って、少しだけ頬を朱に染めてチラチラとこちらを見る。照れ臭いのか、髪をちょんちょん、といじりながら。
「東九条君と出逢って……今は毎日、ちょっと楽しい」
「……そうかよ」
……止めて。俺もマジで照れるし、なんかいろんなものが吹き飛びそうだから。主に、理性とか。
「だ、だって……東九条君、優しいし……普通に、女の子扱いとかしてくれるし……私、そんなのされたこと無いから……す、すごく、嬉しくて……疲れてるだろうに、わ、私が勧めた本も読んでくれるし……面倒くさいだろうと思うけど、付き合ってくれるそういう優しさ、良いなって」
「……止めて」
「……さっきの、目移りしないとか……ちょっと、『きゅん』って来た」
「……止めて、桐生さん」
「だから……東九条君が居なかったら……ちょっと、寂しいかも」
「だから止めて! 照れるから! 壮絶に照れるから!」
「う、うん! ごめんね! ちょっと恥ずかしかった、今のは!」
「恋愛感情じゃないよな? 百パーセント、友情だよな!! っていうか、言ってくれ、友情って!」
「な、なんでよ! 確かに恋愛感情じゃないけど……そこまで否定しろって言われたらちょっとムッとするんだけど」
「吹っ飛ぶぞ! 俺の理性とか諸々どっか行くけど良いのか!」
憎からず思ってる女の子と一つ屋根の下で『貴方の事が……好きです』とか言われて見ろ。んなもん、辛抱利くか。しかも桐生、めっちゃ美少女だし!
「そ、そうね! 百パーセント友情よ!」
「だ、だろ!」
「そ、そうよ!」
「な! これからも仲良くしていこうぜ!」
「う、うん!」
なにこの茶番。お互いにそう思いながら、気恥しくチラチラとお互いを見つめて。
「……ええっと……そ、そろそろ寝るわ」
「……おお、おやすみ」
「うん……その、本に夢中なのは良いけど……早く寝てね? あ、ちゃんと部屋で寝るのよ! 風邪ひくから!」
「……分かった」
「それじゃ……おやすみ」
リビングから扉を開け、顔と手先だけで『バイバイ』と形づくる桐生。整った顔立ちなのに、なんだか小さな子の様な仕草を見せて部屋を後にする桐生を見ながら。
「……こんなんで頭に入るかよ」
――あんな可愛らしい事言いやがって。
なんだか負けた気になって、俺は持っていた本をリビングのテーブルに放り投げ、そのまま不貞寝と洒落込んだ。
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