えくすとら! その百六十六 空気の読める
明美から受け取った執事服を手に持って、俺は今通ったばかりのドアを逆方向へ。なんかものスゲー時間の無駄に感じるその行為を行いながら小さくため息を吐いて自宅のドアを開ける。
「よう浩之。遅かったな」
「……裏切者め」
バイト先でも着ているからか慣れたもの、すでに着替え終わった藤田がのんびりと自宅のソファで寛いでやがる。そんな藤田をじとっとした目でにらみつけると、藤田が肩を竦めて見せた。
「……仕方ねーだろう、秀明一人をさせるのも可哀そうだし……北大路だってあの場所、超アウェーだし……お前の又従姉妹さんは押しが無茶苦茶強そうだしな」
「よくわかるな。なに? 顔から滲み出てるのか、強引さ?」
「そうじゃねーけど……そもそも自分と北大路の見合いが嫌だったから、北大路と琴美ちゃんを逢わせようとしたんだろ?」
……おお。確かに。
「……だな」
「だろ? んじゃお前、絶対おもちゃにされるって思ったし……後輩二人に執事姿させて、俺ら二人が呑気に高みの見物って訳にはいかねーだろうが」
「……まあな」
それはその通りだとは思うよ、うん。
「思うけど――」
「んじゃなんか対案があったのか? うん? 誰もが恥ずかしい思いを――まあ、女性陣には既に手遅れな面々もいたけど……ともかく、そんな中で『みんながしあわせ~』みたいな対案、あんのかよ?」
「――……ない、けど……」
「んじゃ素直に執事服着とけ。いいか? 『皆が幸せ』の次に良い判断ってのは『皆が不幸せ』なんだよ。誰か一人だけ幸せなら嫉妬も募るし、誰か一人が不幸せなら同情が集まるだけで惨めだろうが」
「……まあ、うん。分からんではないけど……」
「まあ、人の生き死に関わるようなことじゃそんな事もいえねーけどよ? でもこれぐらいの事ならいいだろ、別に? 俺らがちょっと恥かくだけで女性陣が喜ぶんだったら……まあ、これぐらいはしてやっても良いだろ?」
「……わかったよ。つうか今更拗ねてもどうしようもねーしな」
「そういう事。だからまあ、お前もさっさと着替えろ。早く飯、食いに行こうぜ? 賀茂さんのカレー、マジで美味そうな香り漂ってたし、俺もう本当に腹減ってんだよ」
そう言っていつも通り人好きのするニカっとした笑顔を浮かべる藤田にため息をつき、俺は持っていた執事服を椅子に掛ける。
「ここで着替えるのか? 出ようか、俺?」
「男同士でなに言ってんだよ。気にすんな」
上着に手を掛けて脱ぎ、真っ白なシャツに袖を通す。そんな俺を見るとは無しに見ながら藤田が口を開いた。
「にしても……マジで強引だな、浩之の又従姉妹さんは」
「欲望に忠実に行動してんだろ、アイツ」
「……なんつうか、流石名家のお嬢様って感じだな? 桐生じゃねーけど……十分、悪役令嬢なんじゃね?」
「……まあ、最近そう思わんでもないが。名家云々はともかく……強引つうか、意思が強いって言うか……まあ、何と言うかそういう所があるのは事実だな」
そもそも今日のこのカレーパーティーも、明美が強引に西島と北大路を合わせたことに端を発しているといえば端を発しているし。
「ま、俺はそういう子嫌いじゃないけど」
「……明美狙い? 有森に――ああ、その前に桐生と明美にシバかれんぞ?」
「んな訳ねー――つうと失礼だろうけど、俺は有森一筋だよ。そうじゃなくて……こう、目的のために形振り構わないって必死なところは好感持てるって話だよ」
「……そういうやつだよな、お前って。西島のときも言ってただろ?」
「琴美ちゃんのとき?」
「『形振り構わない姿は好感もてる』みたいなこと言ってただろ? お前と有森が付き合うきっかけになった、ワクドで」
「あー……あんときか。ま、そうだな。俺自身、そういう人間は好ましいと思ってるしな。お前だってそうだろうが?」
「……まあ、精一杯頑張る人間は嫌いじゃない」
今回のはどうかと思うが。
「同じだよ。自分の欲望に忠実になるのは別に悪いことじゃねーよ。誰かに迷惑を掛けるんならともかく……それぐらいは許容範囲だろ」
「現在進行形で迷惑かけられているんですが、それは?」
「こんなもん、迷惑って程じゃねーだろが。そもそもお前、本当に嫌なら嫌って言うだろう? 雰囲気に流されたのもあるだろうけど、無茶苦茶嫌で嫌でどうしようもない、ってわけじゃないだろ?」
「……恥ずかしいのは恥ずかしいぞ、マジで」
「それぐらいは叶えてやれよ。折角京都から来てくれてんだし……今回の調理はもちろん、食材費の提供に部屋の設営……っていうのか知らんが、まあ女性陣が全部してくれたんだしさ?」
「……まあ」
「だろ? んじゃ、感謝の気持ちも込めて、俺らがちょっと恥ずかしい思いをしたぐらいで向こうが喜んでくれるんだったら」
――いいじゃねーか、それぐらい、と。
「……執事喫茶、お前にぴったりだな。ホストでも可」
「俺は有森一筋だよ。失礼なことを言うな」
……はぁ。まあ、藤田の言うことも一理あるか。今日はこれからご相伴にあずかるわけだし、それぐらいはまあ……許容範囲ということで我慢しようか。そう思い、俺はスラックスに足を通して。
ぴーんぽーん、と。
「誰か来たぞ、浩之?」
「十中八九、あいつらの誰かだろ。遅いって迎えに来たんじゃね? 藤田、わりぃけどちょっと出てくれるか?」
「あいよ」
俺の言葉に手をひらひらと振って藤田が室内を後にする。そんな藤田を見送りつつ、俺はそのまま着替えを続けて。
「あ、有森!? ちょ、おま、お、おい!?」
そんな藤田の声が玄関先から聞こえてきた。え? な、なに?




