えくすとら! その百六十五 欲望に忠実な人たち
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします!
この春には悪役令嬢許嫁、二巻が出る予定ですのでそちらの方もよろしくお願いします。
疲れた表情で明美から執事服を受け取ると『じゃあな』と片手を挙げて今入ってきたドアを出ていく藤田。ふ、藤田ぁ! おま、それは裏切りじゃね!?
「さて……北大路様?」
「お、俺っすか!?」
「ええ。どうですか? こちらの美女――美少女二人のメイド姿は」
そういって恥ずかしそうな瑞穂と西島をずいっと前に押し出す明美。前面に押し出された二人に北大路がごくっと息をのんだ後、はっとした顔で顔を背けた。
「え、ええっと……その、とても似合っているかと……」
「眼福ですか?」
「が、眼福!? え、えっと……その……ま、まあ」
背けた顔のままこくんと頷く北大路。そんな北大路に満足した様に首肯した後、明美は言葉を継ぐ。
「そうでしょう、そうでしょう。美少女のメイド姿など早々見る機会は御座いませんから。北大路家にもお手伝いさんがおられるでしょうが……この様な妙齢の美少女はおられないでしょう?」
「そ、そりゃ……」
「なら……対価は必要ですよね?」
「た、対価ですか!?」
「当たり前です。いいですか、北大路様。年頃の女性がメイド服なんて恰好、恥ずかしいに決まっているじゃないですか」
「き、決まっているんですかね? いえ、学園祭とかでたまにメイド喫茶とかしてません?」
「言い方を変えましょう。なんでも無い日に、友人の家でメイド服を着る女子高生ですよ? 趣味じゃないなら、恥ずかしいと思いませんか?」
「う……そ、それは……」
「そして、貴方はそんな乙女の恥ずかしい姿を見たのです。なら……その責任を取る必要がありませんか?」
そういって手に持った執事服をぐいっと北大路に――って、ちょっと待って!
「その理屈はおかしい!!」
「黙っていてください、浩之さん」
「黙ってられるか! いいか、北大路! だまされるな! 別にお前は悪くないんだ!! 勝手にメイド服を着たのはこの二人だし、そもそもそれを強要したのはこの悪魔だ!!」
「……愛しの又従姉妹に対して悪魔はひどくないですか、浩之さん」
「お前が野望とか言ったんだろうが!!」
何が怖いって自分の野望の為に後輩女子を躊躇なく売ってくる姿勢が完全に悪魔の所業だよ!
「ご心配なさらず。無論私だって自身の欲望の為だけに後輩を売ろうとは思っておりません。死ねば諸共、私だって準備しています。智美さん?」
「……マジでやるの、明美?」
明美の声に半ば疲れたような顔で部屋から出てきた智美が明美に一着のメイド服を手渡す。ええっと……
「無論、私もやりますとも! この――ミニスカメイド服で!!」
堂々とそう言ってメイド服を掲げる明美。その、『どや!』と言わんばかりの顔に俺は。
「アホか!」
叫んだ。うん、此処が最上階で二部屋しかない様なフロアじゃなかったら、多分近所迷惑になるくらいの音量だが……んなもん、気にしない!
「何考えてんだよ、お前!」
「しかも、ガーターベルト付きです! どうです、浩之さん!! むらっと来たでしょう!!」
「くらっと来たわ!!」
「……え? 魅力的で?」
「ちゃうわ! 頭が痛いっつう意味だよ!!」
本当に。泣くぞ、輝久おじさん。
「ともかく却下だ、却下! 北大路、着替えなくていいぞ!」
「え? で、でも……い、良いんですかね?」
「良いんだよ!! なに馬鹿な――」
「浩之ちゃん、来たの? それじゃ、そろそろカレー、盛り付けようか?」
「――って、涼子!? なんでお前までメイド服なんだよ!!」
部屋の中からひょこっと顔を出した涼子。その頭には純白のホワイトブリムが燦然と輝いていた。って、なにやってんだよ、お前まで!!
「これ? 明美ちゃんが貸してくれたんだ~。私、お母さんの服は似合わないけどこういう可愛い恰好は結構似合うと思わない?」
ふんわりと微笑み、その場で一回くるりとターン。ロングスカートのメイド服が風をはらんでふんわりと舞うその姿に思わず目が引き付けられる。
「……いや、まあ、うん。似合ってるのは認める。認めるけど!」
「それに、智美ちゃんもメイド服着るって言ってるし。彩音ちゃんもだよ?」
「なん……だと……」
ちらりと視線を送ると、そちらでは無茶苦茶渋い顔をする智美の姿が。
「……キャラじゃないのは分かってるわよ」
「いや、それじゃ止めとけよ、お前」
マジで。お前のキャラじゃねーだろ、メイドとか。萌え萌えきゅんとかお前がやったら事故案件だぞ。
「……だって……彩音が」
「桐生?」
恨めしそうにドア――室内に続くドアを睨んで。
「……すっごい、自慢してくるんだもん。『私がメイド服を着たら、浩之が喜んでくれた』って。く、悔しいじゃない、そんなの」
「……桐生さん」
いや……まあ、うん。喜んだよ。あの時の桐生、滅茶苦茶可愛かったしさ。可愛かったんだけどさ!
「だからってお前……」
「そ、それに!! 私も着ればヒロだって執事服、着てくれるんでしょ!」
「そんなことは言ってないんだが!」
「だ、だって! 私だって恥ずかしいのにメイド服着るんだよ! 涼子だって明美だって着るし、瑞穂だって西島さんだって着てるんだよ! 雫も理沙も、みんな着るんだよ! 良いの、ヒロ!」
「……なにが?」
「女性陣皆着るし、秀明と藤田も執事服着るんだよ! それなのに、一人だけ普段着って」
逆に、浮かない? と。
「……き、北大路!」
「……すんません、浩之さん。お部屋、借りますね?」
「北大路ぃ!?」
「……いや、流石に秀明見捨てるのも忍びないですし……なんや、こういうイベントや思うたら、なんとかなる気がして」
そういって疲れた様な表情ではははと笑うと、明美から執事服を受け取り前二人と同じように来たドアを逆回しで戻る北大路。
「……さて、浩之さん?」
そんな北大路を絶望で見つめていると、ポンと肩をたたかれた。悪魔――じゃなかった、明美に。
「……なんだよ」
「ここに、何があると思いますか?」
「……執事服じゃねーのかよ?」
「非常に惜しいです」
そういってにっこりと笑い。
「――『空気』です。今、皆さん非日常を味わう空気になっていますが……信じていますよ、浩之さん。あなたはできる子ですものね? だから」
『空気』、読めますよね? と。
「……鬼か、お前は」
「野望の為なら修羅にでもなりましょうとも」
にっこり笑ってそういう明美に肩を落とし、俺は執事服を受け取った。




