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番外編 愛しき聖夜の為に 後編

これにて番外編終了です。そしておそらく年内最後の投稿になるでしょう。一年間、ありがとうございました! 今年はこの『悪役令嬢許嫁』の一巻も発売されました。来年の春には二巻も発売予定ですので、そちらもよろしくお願いします。


それでは皆様、よいお年を~。


 振り出しに戻る。なんつうか、そんな感じの言葉がしっくりくる様なこのやり取りに肩を落とす俺に、少しばかり困った風に藤田は声を掛けた。

「ま、まあ愛されてるじゃねーか。なあ、浩之?」

「……まあな。そりゃ、有難い話だけどさ」

 有難い話だよ、本当に。有難い話なんだけど……ねえ?

「……まあ、俺も浩之の気持ちは分からんでもないが……」

「だろ?」

 そもそも桐生、そんなに欲のない奴だが……でもだからこそ、こういう特別な日には何かしてやりたいって言うか……だってあいつ、『一緒に居られるだけで幸せ』とか言うんだぞ? いじらしいじゃねーか。こう、喜ばせてやりたいって――

「……そういえば」

「ん?」

「桐生のプレゼントの話は分かったけどよ? お前自身はなんか欲しいもの、あんの?」

「俺?」

「そう。浩之だってさして物欲ある方じゃねーだろ? お前が欲しいものってなんなのかなって。浩之がこんだけ悩んでるんだし、桐生だって悩んでるんじゃないか?」

「……考えてなかった」

 あ、いや、正直考えてなかった訳じゃないけど……なんだろ? 桐生を喜ばせてやろうって事しか考えてなくて、桐生からなんか貰えることを考えて無かったな。

「いや……でも、そうだな。桐生から貰えるんだったらなんだって嬉しいぞ? あいつが俺の事、一生懸命考えて選んでくれたんだって思ったら、それだけで満足っつうか……」

「……」

「……なんだよ?」

「いや……似たものカップルだな、と」

 ジト目を向けてコーヒーをずずずっと啜る藤田。

「……それならそれこそなんでも良くないか? 桐生は浩之と一緒に居れるのが幸せで、お前だって桐生が一生懸命悩んでくれたらそれで満足なんだろ?」

「まあ……そうだけど」

「……つうか、その理論で行くと桐生なんか毎日クリスマスなんじゃね? 毎日一緒なんだし……盆と正月が一遍に来たなんてもんじゃねーな」

 一転、微笑ましそうにそう言って笑う藤田に顔を背ける。いや、本当に桐生が毎日クリスマスくらいに喜んでくれているんだったら嬉しいんだが、それでも――


「――あ」


「ん? どした?」

 有ったわ。

「いや……桐生から貰って嬉しいもの、あったわ」

「お! なんだ? 桐生の愛情か?」

「アホか。ああ、いや、嬉しくないわけじゃないんだけど、そうじゃなくて……」

 そして、それに関連付けて『これはどうだろう?』というアイデアが俺に浮かぶ。


「……なあ、藤田? 桐生に渡すプレゼントなんだけどよ?」


◇◆◇


「おかえりなさい」

「ただいま」

 時刻は夕方六時。藤田と別れて駅前のデパートを後にした俺はすっかり遅くなったことをメッセで桐生に謝罪しつつ、一路自宅への道を急ぎ家にたどり着く。デパートで買ったプレゼントは学生鞄に仕舞って一応のバレ防止。

「遅かったわね? 藤田君と一緒だったんでしょ? 何処に行ってたの?」

「ん? すまんすまん、ちょっとゲームセンターにな。いや~、盛り上がった、盛り上がった」

 そう言って桐生に軽く片手を挙げて靴を脱ぐと、俺は玄関からリビングへ続くドアを潜ろうとして。

「――ストップ」

 両手を広げて通せんぼうをする桐生に阻まれました。えっと、桐生さん?

「……あなた、ゲームセンターに行ってたの?」

「……あ、ああ」

「……そう」

「……」

「……」

「……な、なに?」

 じとーっとした目をこちらに向けてくる桐生。な、なに? もしかしてゲーセン行ってないのバレた? い、いや、そんなわけ――

「……嘘ね」

 バレてるの!?

「う、嘘じゃねーぞ?」

「嘘よ。だって」

 そういって俺の側までやってくるとスンスンと鼻を鳴らして俺の制服の匂いを嗅ぐ。そうして俺の体から一歩、距離をとるとにっこり笑って。



「……あなたの制服から、化粧品とか香水とか……甘ったるい匂いがするんだけど?」



 ぞっとするほどの冷たい視線――って、これ、まず!!

「ご、誤解だ!!」

「何が誤解なのかしら? そんなに女性ものの化粧品や香水の匂いをさせて……」

 笑顔のまま、目は笑ってないという器用なことをして見せる桐生さん。み、ミスった!! 確かにデパートの女性もの売り場に五時間もいれば、そりゃ匂いも移るよな!! 特に一階の化粧品売り場とか独特の匂いもするし!! でもこれ、不味い! 不味い奴だよな!?

「……さて? 何処の女性と浮気したのかしら?」

「う、浮気なんて!」

「涼子さんかしら? 智美さんかしら? 明美様? ああ、瑞穂さんかしら?」

 にっこり笑って一歩、また一歩と歩みを進める。

「それとも」




 ――デパートの、店員さんかしら?




「…………へ?」

「……ふふふ。じょーだん」

 先ほどまでの怖い視線は何処に行ったのか、蕩ける様な視線でこちらを見つめると勢いそのままぽふっと俺の胸の中に飛び込む桐生。

「……き、桐生さん?」

「その……怒らないで聞いてくれる?」

「お、怒る? 怒ることなのか?」

「わからないけど……ああ、私にじゃないわよ? 雫さんによ?」

「有森に? それって――」

 ――ああ。

「……もしかしてバレてる?」

「ええ。突然雫さんから『彩音先輩、今欲しいものとかあるんですか?』ってメッセージが来たのよね? 時期も時期だし、今日は藤田君とお出かけって言ってたでしょ? だから……」

「……ピンと来たのか、んじゃ、有森怒れねーじゃん」

 まあ、そんなバレバレのきき方もどうかと思うが……こっちからのお願いだし。いや、お願いしたのは俺じゃなくて藤田だけどね。

「そうね。ピンと来たの」

 俺の胸から顔をあげると、心の底から嬉しそうに微笑んで。


「あのね、あのね、東九条君? 私ね……ものすごく、嬉しかったんだぁ」


 これ以上幸せなことなんかこの世にない、と言わんばかりの緩んだ笑顔でそういうと桐生はもう一度俺の胸に顔を埋める。

「東九条君が――浩之が、私の為に悩んで悩んで、藤田君を付き合わせてまでプレゼントを選んでくれたんだよ?」

「付き合わせたって」

「人に気遣える優しい浩之だもん。いくら親友といえど、普通なら五時間も連れまわすなんてしないでしょ?」

 まあ……確かに。そもそも俺、ウインドショッピングとかするタイプでも無いしな。

「だから……私の為にそこまでしてくれた浩之の気持ちが本当に嬉しいんだ。ありがとう、浩之!」

 胸から顔をあげて、華が咲くような笑顔でそういう桐生に俺は少しだけ照れくさくなって頭を掻く。

「あー……その、なんだ? 格好悪くないか? 自分で選べよって、そう思わないか?」

「思うわけないじゃないの。それに……まあ、私も同じだもの」

 苦笑を浮かべながらそういう桐生。同じ?

「同じ?」

「藤田君に聞かれなかった? 『何が欲しい』って」

 …………あ。

「……私も一緒なの。浩之に何を渡そうか悩んで、結局決まらなくて……もうね、正直に言います。明日、デートじゃない?」

「……ああ」

「だから……もう、浩之に選んでもらおうと思ったの。雫さんもそうしているって言うし、やっぱり欲しいもの、あげたいから……」

 不安そうに視線を揺らす。

「……私も、格好悪い?」

「……いいや」

「……よかった。だからね、浩之? 格好悪くなんて全然ないよ。私は」


 本当に嬉しい、と。


 そういって桐生は綺麗な笑顔を見せて。

「うん! そ、それで……その、こういう事言うとあれなんだけど……」

 華が咲いた笑顔から一転、少しだけもじもじとしだす桐生。

「どうした?」

「そ、その……藤田君から『浩之のプレゼント、決まったよ。今から帰すから』ってメッセが来て……で、でもね? 何を買ったかは教えてくれなかったの」

「……まあ、そうだろうな」

「で、でもね、でもね? その……もう、物凄く気になっちゃって! 浩之が何を選んでくれたんだろうって、ずっとそわそわして、落ち着かなくて……だ、だから!」


 何を買ってくれたか、教えてもらえない? と。


「……流石にサプライズの『さ』の字も無くならない? まあ、今更感はあるけど」

「そ、そうなんだけど……で、でもね! さっきも言ったけど、私のは決まってないの! 雫さんにアドバイスを貰ったんだけど、流石にちょっとだったし……だから、明日のデートでプレゼントを選んでもらおうと思ってるんだけど……そ、その……」

 言いにくそうに言葉に詰まる桐生。あー……まあ、気持ちは分かるよ。自分だけサプライズされるのはやりにくいわな、確かに。

「じ、自分で考えて無いくせにって――ああ、か、考えていたのよ!? でも、浩之に何を贈ったら一番喜んで貰えるだろうって考えたら考えが纏まらなくて……そ、それで――」



「エプロン」



「――結局、なにも……え?」

「だから、エプロンだよ。桐生への――彩音へのクリスマスプレゼント」

 そっぽを向いて頭をガシガシと掻く。

「その……有森からのメッセで藤田が教えてくれたんだよ。彩音への一番のクリスマスプレゼントが俺と一緒に居ることって。それで……まあ、その、なんだ。俺だって気持ちは同じな訳で」

「……」

「それで……まあ、普段の生活思い返してみるとだな? 俺が家に帰った時、彩音が料理してくれて待っててくれるじゃねーか。『お帰りなさい!』って笑顔で迎え入れてくれて、それがこう、なんていうか凄い幸せっていうか……その、最近の彩音の料理はマジで美味いし。藤田になんか欲しいものないか? って聞かれたときにとっさに思い浮かんだのが彩音の料理だったんだよな」

「……」

「……だからまあ、俺の中での彩音は最近『料理』のイメージが強くて……その、そんなときに俺が買ったエプロン付けてくれたら、こう……嬉しいな、って」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……踊るわ」

「踊るの!?」

 う、嬉しいって事だよな?

「……嬉しい……本当に嬉しいよ、浩之」

「……エプロンだぞ? なんか、お前にもっと料理作れって言ってる気もして躊躇もしたんだが」

 藤田に聞いても『いいじゃん! なんかお前らっぽい!』って言われたんで的外れではない気もしてはいたんだが……でも、なんかこう、ねえ? 料理、強制してるみたいに囚われるかなって思ったんだよな。

「考えすぎよ。それに……嬉しいに決まっているじゃない! 貴方がそこまで私の料理を買ってくれて、そのうえで貴方の贈ってくれたエプロンで料理していたらいいなって思ったってことでしょ?」

「……まあ、そうだな」

「……幸せに決まってるじゃない。もう! 幸せすぎに決まってるじゃない!!」

 そういってぐりぐりと俺の胸に猫の様に頭を擦り付ける桐生。

「……よかったよ」

「うん! あのね、あのね! 浩之のくれたエプロンで、一生懸命お料理作るから! だから――」



 ――いっぱい、美味しいって言ってね? と。



「……明日のディナー、キャンセルするか?」

「え?」

「俺、彩音の手料理喰いてーわ。それ、クリスマスプレゼントって事でどうだ?」

 俺の言葉に彩音はにっこりと微笑んで。


「だーめ! 次に作る料理は浩之に貰ったエプロンで作るってもう決めたから! だから明日はディナーに行きましょ? それに――」



 私だって、形に残るもの、あげたいし、と。



「だから――今日はこれで我慢して?」

 つま先立ちで、唇に触れるだけの、優しいキス。

「……料理はまた今度で……今日は、『彩音』の味見ということで、一つ。藤田君に聞いたわよ? 嬉しいんでしょ、私の『愛情』。他の人には死んでも御免だけど」


 浩之なら、嫌って言ってもあげちゃうんだから、と。


「……お前な~?」

 誘ってんのか、この野郎? 明日はイブで、この雰囲気なら絶対、今以上にいちゃいちゃするんだぞ? 辛抱きくのか、俺? そう思い、ジト目を向ける俺に桐生は焦ったように手をわちゃわちゃと振って。

「……誘ってんのか? 辛抱きかんくなるぞ、俺?」

「さ、誘ってないわよ!! こ、これは純粋に嬉しいからで!! それに誘うんなら雫さんのプレゼントを採用するわ!!」

「有森のプレゼントだ?」

 俺の言葉に、桐生は『ええ』と頷き。




「――『もうあれです! 最悪、彩音先輩が裸でリボン巻いて『私がプレゼントよ』っていう、古から伝わるアレ! アレで行きましょう!!』って」




「……有森」

 怒らないでおこうかとと思ったが……やっぱり説教だな、あいつ。


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