えくすとら! その百六十三 明美ちゃんの野望
「ちょ、浩之! おま、それはズルいだろ! ダメだ、こっち来るな!!」
「ふっふっふ。そういうゲームだろ、これ? さあ! さっさと持っててくれ、この貧乏神をよ!!」
「ちょ、浩之!! お前、マジで最低だな!! ちょ、売るな! その物件は――ああ!? 独占が崩れた!!」
「ええっと……秀明? これ、俺買ってもエエんかいな?」
「ちょ、待て北大路!? お前、それ買ったら――って、買うな!!」
「北大路!? うお、マジでエグい!! 本当に買うやつがあるか!! 浩之!! 北大路の独走を助けてどうする!!」
「……鬼引き過ぎだろ、北大路」
俺の隣でぎゃーぎゃー騒ぐ藤田と肩を落とす秀明、『え? 俺、なんかやっちゃいました?』と昨今のウェブ系主人公の様な顔できょとんとする北大路。え? 何してるかって? あるだろ? 昔話に出てくる主人公の友情破壊ゲーム。あれ? すごろくゲームだっけ?
最初はレースゲームやなんかをやってはいたんだが、流石に差が付き過ぎるので、気分転換含めて始めたんだが……北大路、運が強すぎる。サイコロの出目のデータを弄ってんじゃないかってくらい狙いすましたようにゴールに到達するわ、赤字マスは踏まないわ、引くカードは強いわ、独占されてない都市にピンポイントで止まるわと……神に愛されたとしか思えんぞ、うん。
「くそ! このまま引いてなるものか! まあ、良い! まだ十年目だしな!! あと八十九年で取り返してやる!!」
「……ねえ、浩之さん? これ、マジであと九十年近くやるんですか? 俺も秀明も明日試合ですし、このペースやったら徹夜になるんちゃいます? 流石にそれはちょっとしんどい言いますか……」
「……まあ、このゲームで九十九年なんて達成する方がレアだから」
なんでだろうね? 最初は『絶対やってやる!』とか思って始めるんだが、九十九年なんかクリア出来た事が無いし。
「ああ……そうだな。秀明と北大路、明日試合か。それじゃ早めに寝ねーとダメか」
「ま、出来るところまでやったら良いじゃねーか――と、メールだ」
スマホが振動した事に気付き、画面をタップ。差出人は涼子で『カレー、出来たよ~』との事だった。
「涼子からカレー出来たってさ。んじゃ、行くか。帰ってきたらまたやるかも知れないし、一応セーブしておくか」
ゲームデータをセーブし、ゲーム機とテレビの電源を落として腰を上げる俺に続くよう、三人も腰を上げて玄関を出て廊下に出る。隣の部屋である明美の家のインターホンを押すと中からピンポーンという音と共にガチャガチャという音が響いて。
「…………いらっしゃいませ」
……メイド服を着た西島と瑞穂が顔を出した。えっと……はい?
「……部屋、間違えました」
ゆっくりと扉を閉めようとする俺に、瑞穂が焦った様にその手を掴む。
「ちょ、待ってください!! 浩之先輩、その『やべーもの見た』って表情はやめてください!! 私だって好き好んでこんな格好している訳じゃないんですよ!! 本当に、本当なんです!!」
「そ、そうですよ! 私だって好きでこんな格好している訳じゃないんです、東九条先輩!! 私がしたいって言った訳じゃないからね!! 北大路君、信じて!!」
必死の形相でそう言い募る瑞穂と西島。そんな二人を見て、秀明がポカンとした顔のまま口を開いた。
「えっと……何してるの、二人とも。っていうか瑞穂? お前、メイドのコスプレとかするタイプだったっけ?」
「んなワケないでしょ、バカ秀明!! これは嵌められたのよ!!」
「嵌められた? 誰に?」
「理沙と明美ちゃんに!」
「藤原さんと明美さんに?」
「そう!! トランプ勝負してたら負けて、その罰ゲームで……くぅ……なによ、片手持ちって! なんでそんな縛りプレイがあんのよ!!」
「……西島さんは?」
「……有森に負けたのよ。そのせいでこ、こんな……くぅ……お姉ちゃんに知られたらお腹抱えて爆笑される……」
必死の形相から苦悶の表情を浮かべる二人。そんな二人を呆然と見ていると、二人の後ろからひょっこりと明美が顔を出した。
「ああ、浩之さん。お待ちしておりました。秀明さんも北大路さんもお久しぶりです。それで……藤田さん、ですね? 初めまして。瑞穂さんの件ではお世話になったそうで……瑞穂さんはライバルですが、可愛い妹分だと思っています。重ねて、感謝を」
「あ、ああ、初めまして。それと川北の事は気にしないで貰えると……俺も浩之の助けをしたかっただけだし……ですし」
「敬語じゃなくて構いません。同い年でしょう? 私のこれは癖の様なものなのでお気になさらず。それより……なるほど、『浩之の助け』ですか……皆さんが言う通りの方ですね。私も大事な友人や可愛い妹分がこの様な人の側にいることを嬉しく思います」
「……その可愛い妹分が今、羞恥に顔を真っ赤に染めているんだけど?」
明美と藤田のファーストインプレッションの影で。あいつ、滅茶苦茶涙目なんですけど。大丈夫か、おい。
「罰ゲームですので」
「いや、罰ゲームって」
「可愛くありませんか?」
「いや……うん、まあ」
瑞穂はちょっとスカート丈の短い――こないだ桐生が着たようなメイド服で、西島の方はクラシカルなメイド服。可愛い系の瑞穂とどっちかって言えば格好いい系の西島にはよく似合う恰好ではある。あるが。
「……なんでメイド服? っていうか持ってたのか、メイド服」
いや、まあ持ってもおかしくはないけど。お嬢様だし、従業員用とかあるのかも……俺は見たことないけど、あるのかも知れん。そんな俺の疑問に明美がにっこりと笑って見せる。
「昨日の夜から涼子さんがカレーを作っておられたので、私も少しばかりこの街を散策していたのですよ。昼にはこちらに着いておりましたし」
「……はあ」
「それで数駅行った所に良いカンジの喫茶店を発見しまして。喉も乾いたので寄ってみたのですが……まあ、びっくり。その喫茶店の名前がエリタージュと」
「……おい」
お前それ、絶対知ってて行っただろ。なにが『びっくり』だ。
「聞けば浩之さんと藤田さんとの縁が深い喫茶店とか。オーナーの方とも親しくお話させて頂いて、今回の会の開催をお話したら……『それなら盛り上げる良いものがある!』とお貸し頂いたのですよ」
「……結衣さん」
隣で藤田がため息を吐く。うん……やりすぎだろ、あの人。
「……そんで? その一発芸の為にメイド服借りて来たってか?」
「……流石に一発芸は酷くないです?」
俺の言葉にむっとした表情を浮かべる瑞穂。悪いな。でも、一発芸だろ、これ。
「ああ、メイド服は『ついで』ですね」
「……ついで?」
「私は諦めてないんですよ。野望、というやつでしょうか?」
そういって明美はにっこり笑って。
「――皆様の執事服、ご用意していますので。ぜひ、お着換え願います」




