第二十五話 悪い事してなくてもパトカー見たらビビらない? そんな心境。
図書館で図書カードを作るだけの簡単なお仕事だった筈だが、司書の藤堂さんのウザ絡みのせいでなんだか必要以上に疲れた感が否めない。『また二人でデートに来てね~』と藤堂さんだけではなく司書さんの数人に見送られるという羞恥プレイを浴びながら見送られた俺らは帰路を急いだ。
「……ふふふ」
電車に乗る前までは酷く不機嫌そうだった桐生だが、徐々に本二十冊を思い出して来たのか、ニコニコ笑顔を浮かべ今にもスキップしそうな程に足取りは軽い。
「……楽しそうだな、おい」
「だって、楽しいもの。借りたかった本も借りれたし、今日はいい日だわ! 足取りも軽くなるってものよ!」
「そうかい。俺の足取りは重いけどな」
主に、物理的に。
「ご、ごめん。その……半分、持とうか?」
「別に良いよ。つうかお前、半分ってどうやって持つつもり?」
小さな鞄しか持ってねーだろうが。
「こう……両手で抱えて」
「流石に見栄えが悪すぎるので止めてください」
通学鞄は持ち手の部分を肩に掛ければリュックの代用になるし、手自体は痛くはない。肩にずっしりと重みは掛かるが、まあ持てない程じゃないしな。
「……でもこれを二週間に一遍か……」
「……い、いや?」
「いや……ああ、別に持つのは全然良いんだけど……藤堂さんの『アレ』が」
「……本当にごめんなさい。その……私、そこそこ目立ってたみたいで。小さなころから通ってるし、顔見知りの司書さんも多いの」
「それは今日で十分分かった。にしても、カレシと来たかと」
「……普段は一人だから。珍しかったんでしょう。心配もされてたんだな~と思ったから、東九条君には申し訳ないけど、私は結構嬉しかったわよ」
「俺がカレシ扱いでも?」
「何をいまさら。許嫁でしょ、私たち」
桐生の言葉に肩を竦めて見せる。
「まあな。図書館デートも済ませたし……次は何デートをするかね?」
「良ければこのままお散歩デートと洒落込む?」
「あー……そうだな。地理も分ってた方が良さそうだし、それも良いかもな。スーパーと百均だけじゃ流石に心許ないし」
「本当に色気も何もないわね」
「お散歩デートっていうか、マッピングだもんな、する事って」
「……私から提案しておいてなんだけど、荷物は重くない?」
「大した重量じゃねえよ」
「あら? それじゃ二週間後も大丈夫ね?」
「……手加減して下さると助かります」
「ふふふ。冗談よ」
そう言って楽しそうに笑い、桐生は家までの最短距離――から、一本裏道に入る。
「……道を逸れてみたけど、驚くほど変化が無いのね」
「そうだな。繁華街の裏通りと言えば荒れたイメージもあるが……こう、なんていうか『普通』だな」
「むしろこっちの方が大きい家多いんじゃない?」
「あー……閑静な住宅街が売りだもんな。むしろ大通り沿いの方が人気ねーんじゃね?」
「流石にそんな事は無いと思うけど……って、あら?」
不意に桐生の足が止まる。と、目の前に見えたのは小さな公園だった。
「なんだ? ブランコにでも乗りたいのか?」
「どれだけ童心に帰るのよ、私。そうじゃなくて」
そう言って桐生の指差した方向に視線を向ける。と、そこにはあるのは。
「……バスケットゴール?」
「ええ」
「……ふーん」
「……ちょっと行ってみる?」
「……だな。ちょっと行ってみるか」
桐生の言葉に頷き、俺は公園内へ足を踏み入れる。時刻は五時過ぎだが、既に公園内は閑散としており、人の気配は無かった。
「……へー」
バスケットゴールの近くに寄ってみれば、公園では珍しく下はアスファルトで綺麗に舗装され、スリーポイントのシュートラインやフリースローラインが白いペンキで引いてあった。スゲーな。ちゃんとしてるじゃん、結構。
「結構気に入った感じかしら? その感嘆の声を聞く限り」
「まあな。普通、公園にあるバスケットゴールって土のヤツが多いんだが、こんだけしっかりしたの見るの初めてだな」
「あー……言われて見ればそうね。なんでかしら?」
「さあ。でもまあ、良いのは良いじゃん……お?」
とゴールの下の方に転がるオレンジの物体が目に入った。あれって……バスケットボールだよな?
「……やる?」
「人のボールだぞ?」
「ちょっと借りるぐらいで目くじら立てて怒られる事はないんじゃないかしら? もし怒られたら、私も一緒に謝ってあげるわよ。今日のお礼代わりに」
「……んじゃ」
バスケットゴールの横にあるベンチにカバンを置くと、俺はゴール下まで歩きボールに手を伸ばす。ダンダンと二度アスファルトに跳ねさせれば、しっかり空気の入ったボールは良い感じに弾んでくれた。
「……うし」
ドリブルをしながらスリーポイントのラインまで戻り、そのままゴールに向かってドリブルし、そのままレイアップシュート。リングに掠る事なくスポっという音共にボールが落ちて来てアスファルトに跳ねた。
「……上手いものね」
「レイアップぐらい誰でも出来るだろ?」
「いいえ。私は専門では無いから詳しくは知らないけど……すごく綺麗なシュートフォームだったと思うわ」
「あんがとよ」
「ねえ、アレは出来ないの? なんだったかしら……ええっと……ああ、そう! ダンクシュート!」
「イジメか。俺の身長でダンクなんて出来るワケねーだろう」
そう言って苦笑を浮かべると、桐生が少しだけがっかりした様な表情で『ごめんね』と頭を下げる。まあ、見た目にも派手だし、見たい気持ちは分からんでもないが……すまん、物理的に無理だ。
「……じゃあ、こういうのはどうだ?」
「? こういうの?」
ゴール下で転がるボールを拾い、俺はスリーポイントラインまで戻る。角度は左45度、ゴールを見据えてドリブルを止めると、膝をぐっと沈めてシュートを放つ。
「っ! 凄い!」
こちらもリングに当たることなく、ボールはゴールに吸い込まれる。その光景を目を丸くして見つめて、桐生は興奮した様に声を上げた。
「凄い! 凄く綺麗なシュートね! 東九条君、本当に上手だったんだ!」
「まあ、俺は身長も低いからな。中で勝負してもセンター……一番でかいヤツな? そんな連中から見たら俺なんか絶好のカモだし、外からの練習ばっかりしてたんだよ」
「そうなんだ……凄い! 凄いね、東九条君!」
嬉しそうにきゃっきゃと跳ねる桐生。俺はその姿を見て頬を緩めて。
……良かったぁああああ! 入ったーーー!
「……まあ、運もあるさ」
本当に。現役の時、フリーだったとしてもそんなにポンポン入れて来た訳じゃない。少なくとも十回打って十回成功したことなんてないし……精々六割ぐらいの成功率だったんだが……良かった。しかも、リングに当たらずだからきっと凄く見えてるんだろう。アレか? 今日頑張ったから、神様からご褒美貰ったのか?
「どうだ? お前もやってみるか?」
『もう一回してみて!』とか言われてもかなわないと思い、俺は桐生にボールを放る。そのボールをなんなくキャッチすると、桐生は首を傾げて見せた。
「……出来るかしら?」
「……俺、ちょっとびっくりしてる。普通、こういうときって女の子『きゃ』とか言ってボール取れないもんだけど」
「運動神経はそんなに悪くないつもりよ。でも……そうね? ……きゃ!」
「時間差が激し過ぎね? 声が遅れて聞こえるどころの話じゃないぞ?」
「……なによ。可愛いらしい方が良いと思ってサービスしたのに」
そう言って頬を膨らました後、にこやかに笑う桐生。そのまま、持っていた鞄を地面に置き掛けて。
「……あら? 電話?」
鞄の中から『prrr』と電話の着信音が聞こえて来た。鞄の代わりにボールを地面に置き、電話を取り出して。
「……珍しい。お父様だわ」
……マジで? いや、ビビる必要無いんだろうけど……
マジで?
『面白い!』『面白そう!』『続きが気になる!』『っていうか続きはよ』と思って頂ければ評価などを何卒お願いします。