えくすとら! その百四十三 北大路からの電話
『それではよろしくお願いします!』と明美が俺らの家から自分の家に帰ってしばし。
「……ん?」
不意に俺のスマホが鳴動する。画面を見てみると……誰?
「…………もしもし?」
見知らぬ番号に出るのは若干怖いが、それでも鳴り続けるスマホは流石にウザい。そう思い電話に出た俺に、受話口から少しだけ緊張したような声が聞こえてきた。
『ひ、東九条さまのご携帯で間違いないでしょうか?』
「……はい。そうですけど……」
聞こえて来たのは男の――というか、少年の声。何処かで聞いた様な――って、あれ?
「……北大路か?」
『は、はい! そうです、東九条さん!! ご無沙汰してます!!』
「おう、ご無沙汰……っていうほどご無沙汰もしてないけどな。こないだじゃねえか、あったの」
『そういわれたらそうですね。ほんま、こないだでしたわ』
そういって電話の向こうで朗らかに笑う北大路。なんだ、北大路だったのか。
「って、なんでお前、俺の番号知ってるの?」
当然と言えば当然の俺の疑問。なんだかんだで京都ではバタバタして電話番号交換出来なかったしな。まあ、秀明のツレだし、東九条の本家とも繋がりもあるから今生の分かれってわけじゃない。いつでも聞こうと思えば聞けるし、そこまで気にして無かったんだが……
『……あー、すんません、東九条さん。その……東九条さんに教えて貰うて。あ、東九条さんって言うのは東九条さんの妹さんじゃなくて、本家の方の東九条さんで……』
「東九条がゲシュタルト崩壊」
『す、すんません、分かりにくくて……』
「お前が謝ることじゃねーよ。茜の事は茜で良いぞ」
『……』
「……どうした?」
『いえ……ツレの彼女を名前呼びはちょっと……』
「んじゃ、明美を明美って呼ぶか?」
『……東九条さん、聞いてはりません? その、東九条さんと俺、今……』
「……聞いている」
『それでどうのこうのとかは思うてへんのですけど……』
……まあ、分からんではない。今まで名字呼びだった若い二人が急に名前で呼んだ日には『すわ、発展か!!』とか周りが張り切りだしかねんしな。考えすぎ? ばっか、お前、現実は往々にして想像の斜め下、行くんだよ。
「……んじゃ俺の事、浩之って呼ぶか?」
『構わへんのですか!?』
不意に受話口から大きな声が響いた。声がでけーよ。
「いいけど……つうか、声がでけーよ」
『す、すんません! でも俺、ちょっとええな~って思うてたんですよ!! 秀明はひがし――浩之さんの事、『浩之さん』って呼ぶでしょ? 俺も浩之さんの事、下の名前でお呼びしたいなって!! なんか秀明に差、付けられた気がして!!』
「……乙女か」
『乙女ちゃいますけど……ほいでも俺だって浩之さんの事、好きですし。ああ、変な意味ちゃいますよ? 憧れっていうか……』
「そらどうも」
『はい! と、話が逸れました。すみません、勝手に番号聞いて。あれやったらこの電話の後で消しときますんで……』
「それも、謝るのはお前じゃねーよ。勝手に個人情報漏らした明美のセリフだ」
こいつになら別に番号教えても良いんだけどね。一応許可とれよ、明美。まあ、京都でも仲良くしてたし、問題ないって判断だろうけど。
「番号は消さなくて良い。つうか、今度こっち来るんだろ? 登録しとけ。試合で来るんだから暇はないかもしれんけど……時間が空いたらバスケでもするか?」
『ええんですか!?』
「時間が空いたらだぞ?」
『空けます!! 万難を排してでも行きますから!! 試合放ってでも行きますから!!』
「試合は放り出すな」
テンションの上がりきった声音でそういう北大路に思わず苦笑が漏れる。いや、まあここまで慕って貰うのはまあ、なんだ、悪い気はせん。
「んで? どうした、急に電話なんかしてきて?」
『あー……すみません、急に電話なんかしてしもうて』
「気にすんな。つうか電話なんか急に来るもんだろうが」
『それはそうかも知れへんのですけど……まあ、アレです。東九条さん――本家の娘さんとの……お見合いと云いますか、許嫁と云いますか……』
言いにくそうにそういって見せる北大路。まあ、気持ちは分からんでもない。
「嫌なのか? 明美とのお見合い」
『嫌とか嫌じゃないとかや無いですよ。だって急にお見合いとか許嫁とか言われても……ピンとけーへん言うか……』
「電話じゃないけど、お見合いも許嫁も急なもんだろう」
『……へ? な、なに言うてはるんですか、浩之さん? お見合いも許嫁も急?』
「……すまん」
……そっか。俺らの方が異常で、普通はもうちょっと段階というか段取りがあるわな。いやまて、漫画やアニメとかドラマじゃ結構急に『許嫁、いるから!』とか言われるもんじゃね?
『浩之さんがなに想像してるか知りませんけど……普通、急に言われるもんじゃないんやないです、お見合いとかって。まあ、俺らは知己やからってのもあるとは思いますけど……』
「まあな。仲いいんだろ、東九条と北大路って」
『今まで縁組無かったの不思議なくらいには、まあ。せやから親父もお袋も結構期待しているんですけど……』
ため息、一つ。
『東九条さんが美人さんやなのはよう分かるんですけど……今はもうちょっとバスケに集中したいんですよ』
「……ちなみに聞くけど、バスケがひと段落したらどうなんだ?」
明美は文句なしの美人だし……まあ、厳しいところもあるけど根は優しいやつだ。頭も良いし、お金持ちのお嬢様でもある。客観的に見て、明美が許嫁って言われたら世の男は小躍りするんじゃないかと思うんだが。
『あー……まあ、そうですね。許嫁って言われて俺が断るのは贅沢者! って言われるくらい勿体ない人やとは思います』
「じゃあ――」
『ほいでも本家の娘さん、浩之さんにベタ惚れやないですか』
「――……」
『秀明とちょっと話もしたんですけど……流石に、ほかの男の影がチラチラするのはちょっと、なんですよね。器の小さい話やな、とは自分でも思いますけど』
「……まあ、分からんでもないが……お前、前に言って無かった? 昔の男に嫉妬はしないっていうか……」
『本家の娘さんと結婚しても、浩之さんの影チラチラしそうやないですか。せやから、ちょっと本家の娘さんは……こう、ご勘弁願いたいというか……』
「……なんも言えね」
……大丈夫か、明美。ああ、でも、俺が『いい加減に諦めろ』って言うのはなんか違う気がするし感じが悪い気もする! でもこう、なんか心配になってきたんですけど……
『まあ、浩之さんのせいじゃないんでしょ? 秀明にも聞きましたけど、本家の娘さんの方がベタ惚れやったらどうしようもないやないですか』
「……感じ悪くないか、俺?」
『全然。そら、浩之さん、魅力的ですもん』
「……あんがとよ」
『事実ですから。ほいで、本家の娘さんにお聞きしたんです。浩之さんが手伝って下さるって。せやから、ちょっとお礼と……まあ、お願いにお電話をさせて頂きました』
そういって北大路は息を吸って。
『……マジでお願いします、浩之さん。相手の女の子には申し訳ないし、最低なこと言ってる自覚はあるんですけど……その、お互いに利用するってことで納得して貰えへんでしょうか……?』




