第二十四話 司書さんはヒロインではありませんので!
タイトル通りです。ヒロインじゃありません。
「ただい――」
「待ってたわよ、東九条君! さあ、行きましょう!」
「――まーって、早えよ! 俺、今帰ったばかりだぞ!」
『図書館デート』当日、桐生は張り切っていた。昨日の今日だけあって熱も冷めやらないのか、今まで見た中で一番キラキラした笑顔を浮かべる桐生に苦笑を浮かべ、俺は着替えをしようと思って玄関で靴を――
「さあ、行くわよ!」
――脱がして貰えませんでした。
「いや、着替えは!?」
「良いわよ、そのままで! 私だって制服なんだし、問題ないでしょ! 別に変なところに行くわけでもないし」
「いや、確かにこれ以上ないくらい健全な場所だけどさ! ちょっと落ち着けよ! 図書館は逃げないだろ?」
「図書館は逃げないけど私の目当ての本は借りられるかも知れないじゃない!」
……まあ、確かに。
「分かった。分かったから……今日は何冊借りるつもりだ?」
「十一冊! 昨日、一冊読んだからそれを返すのと東九条君の十冊よ!」
「十一冊ね」
十一冊なら……まあ、この通学用のバッグにも入るか?
「んじゃちょっとみっともないけど中身、出すぞ?」
「中身?」
「十一冊も手で持って帰れるワケねーだろうが」
そう言って俺は通学用のバッグから中身を全て出した。すっかり軽くなったバッグを小脇に抱えると桐生を促す。
「それじゃ、行くか?」
「うん! いこ?」
桐生に促されるまま、俺は帰ってきたばかりのドアを開けて再び外へ。っていうか、これ、駅集合で良かったんじゃね? そんな事を思いながら駅まで歩き、電車にのってガタゴト揺られる事、二十分。俺たちは図書館最寄りの駅に着いた。
「着いたわね! さ、行くわよ」
「はいはい」
駅から図書館までは徒歩五分程度。明らかにルンルン気分の桐生に苦笑を浮かべながら、スキップでもするんじゃねーかと思う足取りの桐生の後を追う。
「……いつ来てもでかいよな、此処」
目当ての図書館は結構な大きさの図書館で、蔵書数も日本一……とは言わないが、そこそこ上位にランクインするらしいし。図書館内には売店や飲食スペースもあるし。きょろきょろと周りを見回していると、若いお姉さんが珍しそうな顔をしてこちらを見てる姿と目が合った。覚えて無いけどどっかで逢ったかな? と思い、会釈をすると向こうも会釈を返してこちらに近づいて来た。
「……ねえ?」
「はい……あ、どうも。昨日ぶりですね」
桐生のお知り合いだったか。
「ええっと……桐生? どちら様?」
「藤堂香澄さん。この図書館で司書をされてるの」
「うん。君ははじめまして……かな? 藤堂香澄です」
「あ、俺――じゃなくて僕は東九条浩之です。よろしくお願いします」
「うん、よろしくー。彩音ちゃんは昨日ぶりね。それで? 今日は――」
そこまで喋り、藤堂さんは何かに気付いたかの様ににこーっと笑顔を浮かべて。
「分かった! 図書館デートね! しかも制服デートか~。いいな~」
「なっ! ち、違います! と、図書館デートって……そ、そうじゃなくて、わ、私は純粋に本を!」
「はいはい~。相変わらず可愛いね~、彩音ちゃんは。それで? カレシは初めてかな、此処に来るの?」
「いえ、初めてでは無いですが……カードは持って無いです。作ろうかなって」
「学生証は?」
「ありますよ」
「それじゃ作れるね。よし! 休憩も終わったし、私が作って上げよう! さ、行こう!」
『ち、違います! 香澄さん、デートじゃないです!』と必死に主張する桐生を軽くいなし、俺は藤堂さんに背中を押されるままに図書館の中へ歩みを進めた。
……にしても、あんなに頑固に『デートじゃない!』って主張しなくても良くね? 心折れそうなんだけど……
◇◆◇
「んで? 彩音ちゃんとはどういう関係? 本当にカレシ?」
「……なんです、この取り調べチックな感じ」
図書館での……窓口って云うのか? 取り敢えず記帳が出来るスペースに連れられた俺は、カウンター越しに座る藤堂さんから取り調べを受けていた。
「かつ丼でも出す?」
「むしろ出るんです?」
「残念、図書館は飲食禁止です。なので、コーヒーも出せません」
「んじゃなんで言ったんですか」
「いや、カレシが取り調べって言ったから」
「カレシじゃないですよ」
「んじゃ何者よ? あのいっつも一人で来る彩音ちゃんが、誰かと、しかも男と来るなんて、カレシ以外じゃ考えられないんだけど?」
「……友達、という線は?」
「無いよ。だってあの子、友達いないでしょ?」
「……知ってるんです?」
「三日と空けずに図書館に来て、貸出制限ギリギリまで本借りて帰る子よ? そんなの、放課後と休日全部読書に当てなきゃ無理じゃない?」
……確かに。
「毎週土曜日も来てるし……ほら、絶対友達いないよ」
当たってはいるが結構ひどい事を言われてる桐生。ちなみにそんな桐生さん、今は図書館内で本を探しているところだ。最初は『図書カード作りに付き合います』と言っていた桐生だったが、『良いよ。慣れた仕事だし。彩音ちゃんは本探しておいで。それとも何? カレシ取られるのイヤ?』と聞かれて早々に退散した。もうちょっと頑張れよ、おい。俺だけ取り調べ受けてるんですけど。
「……にしても制服デートか~。良いな~」
「だから、カレシじゃないです」
「異性と出歩いてる時点でデートだよ」
「まあ……定義で言えば、間違っては無いのかも」
「カレシじゃないにしても、放課後にわざわざ二人で連れだって来る程度には親密って事でしょ? あれ? むしろその方が良いんじゃね? だってお互いに意識しあって、それでも想いの丈は伝えてなくて……いいね! ご飯三杯、余裕っす!」
「……なに言ってるんですか、貴方」
親指をぐっと上げてニカっと笑って見せる藤堂さんに半眼を向けると、少しだけ照れ臭そうに頭を掻く。
「いや~。私だってこの仕事してるぐらいだから本が好きでさ? 恋愛小説とか大好物なんだよね~。特に彩音ちゃんなんて超絶美少女だし、あの子が連れて来るカレシってどんな子なのかな~って妄想してたから」
「妄想って」
「本好きは皆、妄想するもんだよ?」
「しないですよ」
しないよな? え? もしかしてするの?
「まあ、『この話の続きはどうなるんだろう?』みたいな事は考えるじゃん? それの延長線上。彩音ちゃんは有名人だし」
「やっぱり有名人なんです? 桐生って?」
「そりゃね。この図書館の『主』って呼んでる職員もいるもん。正直、大卒三年目の私より蔵書に詳しいんじゃない? こーんな小さいころから通ってるって聞いてるし」
「桐生の人生でそんな豆粒の様な時代は無いと思いますが」
親指と人差し指で空間を作って『こんなに小さい』という藤堂さん。
「ま、それは冗談だけど……ほら、さっきも言ったけど、彩音ちゃんって凄い美少女じゃない? なのに、図書館にはいつも一人で来てるし、ちょっと有名だったんだよ」
「別につるんで来る場所でも無いと思いますが……」
「まあね。でも、あのぐらいの年で友達と一回も来ないってのはちょっと……なのよね。普通は勉強しに来たりするじゃん。しかもあの子、週三で通ってるのに」
「……まあ」
「だから、ちょっと心配してたんだ。私もだけど、古い職員、皆。もちろん、この仕事を選んでいる以上、皆普通の人より読者家だし、本が好きなのは良い事だと思うけど……本だけが人生の全てじゃないしね。友人関係から学ぶものもあるし、恋愛から学ぶ事もある」
「……」
「なんで……ちょっとだけ、保護者的な感覚もあるのよ。ま、そんな訳で彩音ちゃんの事、よろしくね?」
桐生の事を本気で心配している様なそんな眼差しに、なんだか少しだけ俺は嬉しくなり、小さく『はい』と答える。すると、満足した様に俺の肩をポンポンと叩いてニカっと笑みを浮かべた。
「ちなみに、付き合うようになったら報告よろしく! 甘酢っぱい恋物語、ぜひ私に聞かせて下さい!」
「……絶対イヤです」
……感動を返せ。でも……許嫁です、って言ったらこの人、『ご飯五杯はいける!』って狂喜乱舞するんじゃね?
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