えくすとら! その百三十九 承認欲求の満たし方
「承認欲求が強いって……」
「強いんですよ、承認欲求。自分で言うのもなんですけど、そこそこ整った容姿しているでしょ?」
「まあ、否定はせんが……」
「空手もお姉ちゃんほどじゃないにしろ、地方大会ぐらいじゃ優勝したことありますし、運動自体は苦手じゃありません。勉強だって……まあ、折が丘には落ちましたけどそこそこ出来ますし」
「……ちなみに前回の順位ってどうだった?」
「こないだの定期テストです? 二十三番でしたけど?」
「……まじか」
な、なんだこいつ。意外にハイスペックじゃねえか。
「意外、というと失礼かもしれないけど……しっかりしているのね、西島さん。その……そんな恰好、というと失礼かしら?」
そんな桐生の言葉に西島は横に首を振って見せる。
「いいえ。自分でも褒められた格好しているとは思ってませんし……だからこそ、やることはちゃんとやろうと思っていますよ。そうじゃないと先生に目、付けられますし」
「やめればいいじゃねえか、そんな恰好」
「いいじゃないですか、この恰好。私自身は可愛いと思ってますし」
そういってくるっとターンをして見せる西島。ミニスカートがひらりと舞って――見てない。桐生、俺は太ももとかに目はいってない! 行ってないからそんな目でみんな!!
「コホン……ああ、なんだ、西島。お前、思ったより真面なやつなんだな? 運動はともかく、勉強までちゃんとやってるのはびっくりした」
西島先輩について空手やってたらしいし、運動神経自体は悪くないのかな、とは思ってたけど……勉強もきちんとしてたのか。
「まともなやつって表現はすごい不愉快ですが……まあ、勉強に関しては殆ど習慣ですね。あとは、普通に人生楽に生きていこうと思ったら、勉強はしておいたほうがいいと思いません?」
「……ぐぅ」
「……」
「……の音も出ない」
まじで。そうなんだよな。西島の言う通り、きちんと勉強していたほうが良いんだよな。
「……爪の垢でも煎じて飲ませてもらったら、東九条君?」
「……だな。西島のほうが立派だ」
「なにしょうもないこと言ってるんですか。まあ、ともかく私はこう、いろいろとちゃんとしようとはしているんですよ。しているんですが……まあ、突き抜けた『これ』がないですから。上のお姉ちゃんは空手で全国に行ってますし、下のお姉ちゃんは全国模試で二桁です。そんな中で中途半端な私は承認欲求強くなっていったんですよね」
たははと笑って見せる西島。いや、まあ比べる対象があれだからなんともいえんが、こいつのこれって中途半端っていうか……
「……文武両道ってやつじゃねえのかよ、お前のは」
うん、文武両道ってやつじゃねえの、これ? いや、なんか若干違和感はあるんだが……でも、これってやっぱり文武両道……だよな? そう思う俺に、西島は首を横に振って見せる。
「文武両道は両方極まってこその言葉ですよ? 勉強も運動もそこそこなんて、やっぱり中途半端なんですよ。文武両道ってのは……まあ、ウチの高校なら桐生先輩ぐらいじゃないですか?」
「私!?」
驚いたような顔をして見せる桐生。そんな桐生にうん、と一つ頷いて西島は言葉を継いだ。
「桐生先輩ですよ。だって桐生先輩、入学からずっと学年一位なんですよね? それで運動神経も抜群でしょう? あのバスケ見ても分かりますし」
「……まあ、努力はしているわね」
「そのうえ美人で格好いい――かどうかはちょっと意見が分かれますが、少なくともバスケが上手で、勉強もそこそこ出来る彼氏がいるんですよ? それって十分――」
そこまで喋り、西島は何かを考え込むように中空を見つめる。口の中でぶつぶつと何かを呟いた後、じとっとした視線を俺に向け。
「……っていうか東九条先輩? 本当に桐生先輩とお付き合いしているんですか?」
「なんだよ、藪から棒に! してるわ!!」
「あ、いえ……東九条先輩を悪く言うつもりは無いんですが……東九条先輩ってどっちかっていうと『こっち』側じゃないですか? 中途半端サイドというか」
「おま、何てこというんだよ!!」
何が酷いってあながち間違って無いのが酷い。確かに俺も中途半端サイドだし。
「そんな中途半端サイドな東九条先輩と、完璧美少女の桐生先輩のペアって、なんていうか……こう、釣り合いが取れないと言いましょうか……洗脳とかしてません?」
「してないわ!!」
「それかアレです? お金で――ああ、桐生先輩、お金持ちか。それじゃ……わかった!! 弱みだ!! どんな弱み握ったら、桐生先輩みたいな美少女を手籠めに出来るんです?」
「手籠めってなんだよ!! お前、どんだけ失礼なことを言ってやがるんだ!!」
何言ってんだ、こいつ!! つうかさっきからニヤニヤしやがって、感じ悪い。冗談で言ってるんだろうけ――あ。
「あ!!」
「!! び、びっくりした! お、怒ったんですか? じょ、冗談ですよ? 半分冗談ですから!! ……半分は」
「半分は本気かよ!! っていうか、ンなことはどうでもいい!! 分かった!!」
「分かった?」
「さっきからお前のこと『文武両道』ってなんか違和感あったんだよ!!」
「? だから言ったでしょ? 私は別に文武両道じゃ――」
「お前、桐生の下位互換だ!!」
「――ないって、表に出やがれ、東九条先輩!! 誰が桐生先輩の海賊版だ!!」
「いやだってお前、顔もそこそこ、勉強もそこそこ、運動もそこそこで、壊滅的に性格も悪い――かどうかはともかく、初対面の印象はともかく悪かっただろ? そっくりなんだよ、桐生と! レベルが低い以外!!」
「ぶっ飛ばしますよ、東九条先輩!? 誰のレベルが低いんですか、誰の!!」
「え? でもお前、桐生と勝負して勝てんの?」
「そういう問題じゃないんですよ! つうか普通、面と向かって言いますか、そんなこと!? 桐生先輩、別れたほうが良いんじゃないです? この人、まじで性格悪いですよ?」
「性格わるくねーよ!! 陰口たたくよりはマシだろうが!」
「比較対象の酷さ!」
「……話が進みません」
俺と西島の言い合いに『はぁ』とため息をついて明美が仲裁に乗り出す。お互いににらみ合ったままの俺らに『そこまで』と声をかけて、明美は肩をすくめて見せた。
「……ご事情は分かりました。個人的な意見としては西島さんにはさして非が無いとは思ってはいます。それを踏まえたうえで……西島さんに一つお聞きしてもいいですか?」
「……いいですけど」
「学校で今まで通り、学校の友達と仲良くしたいと……そう、思いますか?」
明美の言葉にしばし視線をさ迷わし。
「……思いませんね。今更、仲良くなれる……というか、戻れるとは思えませんし。どうしても『そう』見ちゃいます」
「つまり、学外での繋がりはそこまで求めていない、と」
「まあ……そうですね」
「分かりました」
そういって、明美は満足したようにうんと頷いて。
「それでは西島さん……学外に作ってみませんか?」
俗にいう、彼氏、というやつを。
「いかがでしょう?」
……にっこり笑ってんなことをのたまった。なんだよ、彼氏って。ラブ警察案件なの、これ?




