えくすとら! その百三十六 悪役令嬢はきっと、こっち
「なんだか、随分酷いことを言われているような気がしますが?」
俺と西島の会話の内容に、じとーっとした目を向けてくる明美。いや、まあ割合失礼な事は言っていた自覚はあるが。
「それに……それを言うなら浩之さんの方では?」
「俺?」
「ええ。私も別に『夢は世界平和です!』みたいな非現実な事を言う博愛主義者な気はさらさらありませんが……浩之さんだってそこまで他者を気にして生きている方では無いでしょう?」
「……まあな」
「そんな浩之さんが……なんでしょう? ちょっと憧れられたくらいの相手の為にわざわざ面倒くさい事に首を突っ込む様なお優しい性格では無いと思うんですが?」
そういってため息を吐いて。
「……それとも」
一息。
「――まさかと思いますが……西島さんに懸想されているなんて……そんな『愉快』な事を言うつもりじゃないでしょうね?」
絶対零度の圧。『ひゅっ』ってなった! 何処とは言わないけど『ひゅっ』ってなった!!
「ち、ちげーよ!! 何言ってんだよ、明美!!」
「…………彩音様に飽きたと仰られるなら諸手を挙げて賛成をさせて頂きますが……その後釜にぽっと出の西島さんを、と仰るなら……」
「誤解!! マジで誤解だから!! ちょっとおち――」
「知っていますか、浩之さん?」
「――つけよ……な、なに?」
俺の言葉に、明美はにっこりと笑って。
「――『決心』した人間は、意外に冷静なものなのですよ? 落ち着け? ええ、私は落ち着いていますから」
「なにを!? 何を決心したの!?」
いや、マジで!! そんないい笑顔でんな事言うな!!
「……まあ、冗談ですよ。流石に浩之さんがそんな不義理な人では無いと思っていますし」
「……本当だろうな?」
お前、さっきから目の奥笑ってないけど。
「ええ。だからこそ、余計に気になると申しましょうか……なぜ、浩之さんが関わっているのか、と」
「あー……説明しても良いか、西島?」
「良いですよ。黙っているとなんだか面倒くさそうですし」
明美の変化にさっきとは別の意味でドン引いている西島に一言断り、俺はざっくりと今までの経緯を説明する。俺の言葉にふんふんと頷いていた明美だが、俺が喋り終わると一言。
「……その藤田様という方は……聖人君子か何かですか?」
「……それは俺も思う」
「……ええ、私もそう思いますよ、明美様」
明美の言葉に俺と桐生が揃って頷く。聖人だよな、あいつ。
「まあ、事情は理解しました。なるほど……それなら浩之さんが関わっているのも理解出来ますし……そういう事なら、お手伝いも出来るかと思います」
そういってにっこり微笑む明美。って、え?
「……どうした、急に? お前も藤田教に宗旨替えか?」
「仏教徒ですわ、私。そうではありませんが……今のお話をお聞きする限り、もともとその女子バスケ部の部長が藤田様にお願いしたのは瑞穂さんの件もあって、でしょう?」
「……まあ」
確かに、雨宮先輩と出会ったのは瑞穂の怪我だし、西島に絡まれたのは瑞穂のバスケ絡みということは間違いでは無いが。
「……私も気にはしていたのです。私だけでなく茜さんもですが……私たちは、瑞穂さんが怪我をして辛いときに、何もしてあげられなかった、と」
顔を伏せる明美。
「……気にするな、と俺が言う事じゃないだろうが……でもまあ、仕方なくないか? お前ら京都だし」
「いいえ。何かしらお手伝い出来ることはあったでしょうから。それをしなかったのは私の怠慢でしょう」
「怠慢って」
抱え込み過ぎだろう。まあ、責任感の強い明美らしいと言えば明美らしいのだが。え? 思い込みが激しい? それは、まあ……うん。
「……瑞穂も気にしてないぞ、きっと」
「では逆にお聞きしますが、浩之さん? 私たちがつらい目にあっている時に自分がなんの助けも出来なかったとして……気にしませんか?」
「……するな」
「私だって十分、『幼馴染』の範疇だと思っています。無論、皆様よりは触れ合った時間は短いかも知れませんが……浅い付き合いをしているつもりはありません」
「……まあな」
なんだかんだ、コイツがこっちに来るときは皆遊びに来てたもんな。
「先日、瑞穂さんには介抱して頂いた恩もありますし……そんな瑞穂さんが、西島さんの事を気にしているのであれば、少しぐらいはお力になるのも吝かではありませんわ」
そう言って視線を西島に向ける明美。
「さあ、西島さん? 一体、どんな事があったか、お話して頂けませんか?」
明美のその言葉に胡乱な表情を向ける西島。そのまま、面倒くさそうに口を開いた。
「……あの、ですね? まあ、助けてもらった事には感謝していますよ? でも、別に私、助けてほしいなんて言ってませんし。そもそも、明美さんが助けてくれるのって川北さんの為って事でしょ? そんなもの、嬉しくもなんとも――」
「何か勘違いをされていませんか?」
「――な……は?」
「貴方の仰る通り、私が貴方を助けるのは瑞穂さんの為です。大事な幼馴染、可愛い妹分、ライバルの川北瑞穂の心の安寧の為に、貴方を助けるのです。貴方が嬉しくないとか、嬉しいとかは関係ありません。まあ……貴方だって今の状態が良いとは思ってはいないでしょう?」
「……」
「沈黙は肯定ですね。私は藤田様の様に聖人君子でも無いですし、貴方の将来にさして興味もありません。ですが、お互いにとってよりよい未来が築けるのなら、協力しましょうと、そういう意味です。私は――」
可哀想とか。
哀れだとか。
なんとかしてあげたいとか。
「そういう綺麗ごとは一切言うつもりはありません。言ってみれば……そう」
ビジネス、ですね、と。
「望んだかどうかはともかく、私は貴方を助けました。事実、助かったのは確かでしょう?なので、その対価をお支払い下さい。ビジネスライクで行きましょう。WIN-WINの関係を築くために」
そういって明美はにっこり笑って宣った。っていうか……こいつのが桐生よりよっぽど悪役令嬢っぽいんだが。




