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えくすとら! その百三十一 そういえばあったね、そんな約束


「ほら、東九条君! 早く行きましょう! 遅刻しちゃうわよ!」

 玄関先でトントンとつま先で床を叩いて靴を履きながら、桐生がこちらにそんな声を掛けてくる。

「……誰のせいだと」

 マジで。朝っぱらから散々桐生が甘え倒してくるから、こう……なんだ。準備する時間が少なくなったんじゃねえか。

「あら? 私のせいかしら? 私だって同じだけ時間を使ったのに私の方が早く準備出来たじゃない?」

「……お前、化粧バッチリ決めてたしほとんど準備終わってたじゃねえか」

「ふふふ。今日は昨日の余韻で甘えられると思ったから、早起きしたのよ」

「……誰だよ、朝が弱いって言ったやつ」

「馬鹿ね。昨日、あれだけ甘え倒したのよ? 寝れるわけないじゃない」

「……大丈夫かよ?」

「まあ、正直ちょっと眠たいけど……でも、気分が高揚しているからかしら? 元気よ、私」

 そういって『むん!』とばかりに胸の前でぐっと拳を握って見せる桐生。なるほど、充電十分、って感じか?

「そら良かったよ。まあ、授業中に寝ないようにな?」

「寝ないわよ。そんな悪目立ちする様な事したら何を言われるか……」

「……悪役令嬢だもんな、お前」

 ある意味、悪役令嬢らしいといえばらしい気もせんでもないが。そんな俺の視線に、少しばかり苦笑を浮かべて見せる桐生。

「……最近はなんだか揶揄われる事が多いけどね」

「お前が?」

「自分でもびっくりだけどね」

 ……まあ、最近桐生は柔らかく――という表現が正しいかどうかは知らんが、ともかく随分人当たりが良くなったからな。クラスでもカラオケに誘われるくらいだし、ある程度人間関係の構築も出来るようになったか。

「……成長したな、お前も」

「どこから目線よ、それ」

「どっちかっていうと保護者視点だな」

「結構よ。貴方には保護者になって貰いたいんじゃないもん。貴方は」

 私の恋人でしょ、と。

 頬を染めて、それでも嬉しそうに笑う桐生に俺は両手を挙げて降参の意を示す。

「参った。そしてこれ以上は止めよう。学校に行くのやめていちゃついていたくなるから」

「それは魅力的なお誘いだけど……学校を休むのは駄目ね」

「だな。んじゃ、そろそろ行こうぜ」

 そういって俺も靴を履いてドアを開ける。と、同時に隣の部屋のドアもガチャリと開いた。

「……明美?」

 隣の部屋から出てきたのは明美だった。あれ? なんで明美、いるの?

「あら、おはようございます浩之さん。彩音様も」

「お、おはようございます明美様。おはようございますですが……な、なんでいらっしゃるんです? 今日、金曜日ですよね?」

「私の通っている学校、今日は創立記念日なのですよ。なので昨日の晩からこちらに来ています。本当は昨日の夜にでもご挨拶に伺おうかと思ったのですが……夜も遅かったですから」

「……夜討ち朝駆け上等なお前が?」

「今日、学校ですからね。お邪魔になってはいけないと思ったのですよ」

「そっか……ああ、んで今日はどうするんだ? 俺らこれから学校だけど……」

「存じています。まあ、こちらに来てからこっち、あまりこの辺りを出歩く事もありませんでしたので。覚えていますか、浩之さん? 我が家は一応、ここを『投資』の物件として購入したのですよ?」

「マッピングは必要、って事か」

「そうですね。幸い、東京や大阪に比べれば此処は土地も安いですし……もし、住みやすい街であるならば投資対象にするのもやぶさかではありませんので」

「……流石、お金持ち」

「まあ、資産運用は東九条の祖業ですからね。といっても資産運用……というより、土地活用は殆ど素人でも出来るお仕事ですが」

「そうなの?」

 むしろ、難しい気がするんですけど、資産運用。

「簡単ですわよ。あちらこちらに建っているアパートやマンション、いったい誰が所有していると思いますの?」

「不動産屋じゃねーの?」

「『管理』と『運営』はそうかも知れませんが、所有しているのは殆ど地主であったり資産家の資産運用、或いは相続対策ですわよ、アパートなんて。街の人口や立地、将来の発展性や利便性を考えればそこまで難しい案件ではありません。まあ、その為には『街』を知らないといけないという点はありますが……そういう意味では役得です」

 そういって明美は俺にしな垂れかかる。女の子特有の甘い香り――やめて、桐生。そんな凍て付く視線を俺に向けないで! 大丈夫!! くらっとなんて来ないから!!

「――お仕事、という名目で堂々と浩之さんに逢えますもの」

「……やめろ、明美。もたれ掛かるな」

「これはしな垂れかかっているんです。そちらの方が色っぽいでしょう? どうです? クラっときません? 私にしておきます?」

「……東九条君?」

「マジでやめろ、明美。見ろ、桐生の顔。美少女がしちゃダメな表情しているし……それを抜いてもお前にクラっとすることはねーよ」

「……なんかそう言われると非常に不満ですわ。私に女としての魅力がないみたいで」

「そうは言っては無いんだが……」

 それ以上に桐生が魅力的って事だ。まあ……ちょっとこの場で言ったら修羅場になりそうだから敢えて言わんけど。

「……ぶー、ですわ。ま、今はそういう事にしておきましょうか。それでは浩之さん、彩音様、ごきげんよう。あ、夕方遊びに行っても良いですか?」

「俺は構わんが……桐生は?」

「私も大丈夫。あ、でも!」

「あまりアプローチかけるな、でしょう? 仕方ないですわね」

 そう言ってため息。明美は軽く手を挙げて――


「あ、そうそう。浩之さん、来週京都に来てくださいね?」


「京都? 何しに?」

「パーティーです。忘れてませんか、浩之さん? 東九条本家が浩之さんと彩音様のご結婚を認める条件」

「……ああ」


 ……忘れてた。たしか、月一で京都に来い、だったな。


「楽しみにしていますわ、浩之さん! 一緒に京都で遊びましょうね!!」


 そう言っていい笑顔を見せる明美に……だから、桐生? その視線は止めて!!



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