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第二十三話 自分だけ意識してると思うと気恥しくなってこない?


「おはよー、ヒロ。おろ? なんか疲れてない?」

 教室に着くなり俺の机に腰掛けながらそんな事を宣う智美。その姿をジト目で見つめ、俺は小さくため息を吐いた。

「……ちょっと精神的にな」

「同棲生活、大変?」

「どうなんだろ? これからじゃねーか?」

 大変かどうか分かるの。とりあえず、朝は色んな意味で大変だったが。

「ま、そういう事ならいつでも相談おいでよ。話聞くぐらいしか出来ないけどね~」

 そんな話をしていると担任が教室に入ってくる。数学の教科担当だが、一時間目が数学だという事でそのまま授業に突入した。

「よし。それじゃ、今日はこないだやった小テスト返すぞ~。名前呼ばれたものから取りに来い。相賀~」

 順々に呼ばれて行くクラスメイト。やがて、俺の順番がやって来た。

「東九条~」

「はーい」

 先生の前に行き小テストを受け取る。正直自信のないテストだったが、結果は……

「東九条? お前、最近手を抜き過ぎじゃないか? 高校二年は受験に向けての大切な時期だぞ? 放課後、補習だ」

「……はーい」

 受け取ったテストを持って肩を落としながら自席へ。と、途中の席に座った藤田が声を掛けて来る。

「へへへ。その顔じゃ、テストの点悪かったみたいだな」

「……まあな。残念ながら随分とお安い点数だったよ。補習決定だ」

「あらら。そりゃ、ご愁傷様~」

「……なんだ? 嬉しそうだな、お前?」

「まあ、お前は可愛い子侍らせてるんだし、たまにはそういう事も無いとね。人生何事もバランスだよ、バランス~」

「次、藤田~」

「はーい」

 俺の肩をポンと叩き、スキップしながら先生のもとに向かう藤田。

「藤田!! なんだ、この点数は! お前も補習だ!」

「え、ええぇー!」

 ……アイツ、そもそも俺より馬鹿なのになんであんな自信満々だったんだろ? 絶対アイツも補習に決まってるじゃん。


◇◆◇


「……あら?」

「あれ? 桐生?」

 数学という地獄の学問を終えて駅に着いた俺は、ここ数日ですっかり見慣れた姿になりつつある桐生の姿を見つけて声を掛ける。

「遅かったわね? なにしてたの?」

「ちょっと数学の補習でな。学校に残ってたんだよ。そういうお前は?」

「そうなの。それはお疲れ様でした。私は図書館に行ってたの。面白い本、あるかなって」

「……土曜日十冊借りて無かった?」

「五冊は読んだから、五冊返してまた五冊借りたのよ」

 そう言って手に持った手提げ袋を振って見せる桐生。その手提げ袋に手を伸ばすと、抱きしめる様に手提げ袋が目の前から消える。なんだよ?

「……なに? 取るの?」

「取らねーよ。貸せよ。重いだろ?」

「え……? だ、大丈夫よ! その、申し訳ないし!」

「二十冊持たせたヤツのセリフじゃねーよ、それ。いいから、ホレ」

 桐生の手から手提げ袋を奪いとる。『あっ』と小さく声を上げた後、申し訳無さそうな、それでも少しだけ嬉しそうな顔を桐生は浮かべた。

「……ありがと。実はちょっと重かったの」

「本って意外に重量あるもんな。でも、良く借りるよな? どんだけ本が好きなんだよ」

「趣味だからね。あそこ、揃えてる本のラインナップは素晴らしいんだけど、冊数制限十冊まででしょ? 読みたい本が沢山あるから、もう少したくさん借りれたらいいんだけど……」

「十冊も借りれたら十分じゃね?」

 図書館なんぞ小学校以来利用したことが無いが……あれじゃね? 確か、レンタル期間とか無かったっけ?

「レンタル期間って……まあ、貸し出しの期間は二週間と決まってるわね。でも、十冊よ? 一週間あれば読み切ってしまうわ」

「……俺は二週間あっても一冊読み終えるかどうかだな」

「ほら私、友達いないでしょ?」

「……あんまり言うなよ、そういう事」

 なんだろう? なんだか悲しくなってくるんだけど……

「まあ、だから放課後は暇なのよ。そんな事より、二週間で一冊読み終わらないって……高校生としてそれはどうなの? 入学から貴方、本読んだ?」

「読んでねーな。教科書に載ってる話ぐらいだ」

「……はぁ。呆れた。別に強制するわけじゃないけど、もう少し読書に親しんだらどう? 面白いわよ、読んでいると」

「その内な」

 機会があれば、絶対。うん、たぶん。読むんじゃ……ないかな?

「まあ、俺の事はどうでもいいだろ? 十冊しか借りれないなら、諦めてその冊数で我慢しろよ。早く返せばそれだけ早く読めるって事だろ?」

「そうなんだけど……ほら、あそこってそこそこ遠いでしょ?」

「まあな」

 桐生の言ってる図書館は俺らの暮らすマンションから電車で二駅の所にある。学校からいえば四駅だ。遠いと言えばまあ遠い。

「なんだかんだで学校からだったら一時間弱掛かるでしょ? その時間も勿体ないし……それに、電車賃だって掛かるし」

「本当にお嬢様っぽくないセリフだよな、それ」

「ケチな方が良いでしょ? 奥さんがしっかり財布を握っている家は栄えるわよ?」

「そういうもんか?」

 ま、財布どころかなんもかんも握られそうだけどな、桐生と結婚すると。

「なにかいい方法、ないか――」

 そこまで喋り、桐生ははたと気付いた様子で歩みを止め、おずおずと右手をあげる。どうした?

「……はい」

「はい、桐生さん」

「その……東九条君? 貴方にちょっとお願いがあるんだけど……」

「お願い?」

「東九条君、そんなに本は読まない方でしょ?」

「そうだな」

「それじゃ……その、図書カードを作ってね……その……」

 ピンときた。

「ああ、それを貸してくれって事か? 別に良いぞ?」

 図書カードも有効活用されてさぞ嬉しかろう。

「ち、違うの! あ、いや、違わないんだけど……その、図書カードを作っても、借りるときは本人じゃないとダメだから」

「そうなの?」

 でも学生の本人確認なんてどうやってやるんだよ? 免許なんて持ってないぞ、俺。

「まあ、正直そこまで厳密では無いのよ? でも……流石に私が『東九条浩之』で本を借りようとすると」

「……ああ。高い確率でバレるわな」

「……そうなのよ。加えて、私なんて常連みたいなものだから、司書の方にも名前と容姿を覚えられてるのよ」

「お前、目立つ容姿してるしな。そりゃ、覚えられるか」

「そうね。見た目で得した事なんて無いのに、損ばっかりが多いのよ」

「見た目で得した事ないの?」

 美人だったらありそうだけど? 

「『お嬢ちゃん、可愛いね! おまけしておくよ!』とか。買い物で言われね?」

「買い物行かないもん、私」

「……ああ」

「容姿のせいでやっかみを受ける事はあっても、得した事って記憶に無いのよね」

「男子がチヤホヤしてくれたりとかは? 重い荷物を運んでくれたりとか、掃除当番代わってくれたりとか」

「……あると思う? 私に」

「……ないと思う。桐生には」

「女子の睨みが怖いのか、誰も私にチヤホヤなんてしてこないわよ」

 ……いや、女子の睨みだけじゃないと思います。貴方、悪役令嬢並みの口と態度の悪さですもん。中学は女子中だったから無かったと思ってるのかも知れんが、たぶん共学でも無かったと思うぞ、そういうお姫様的な扱いは。そう思い、桐生の顔に視線をやって……なに? なんで俺の顔をじっと見てんの? まさか、失礼な事考えてるのバレた?

「……だからね?」

「? おう?」

「……その……今、そうやって当たり前みたいに本、持ってくれてるでしょ?」

「これ?」

 そう言って手提げ袋を持ち上げて見せる。上がった袋につられるように視線を上げた桐生の顔には、照れくさそうな微笑みが浮かんでいた。



「その……すごく、嬉しかった。なんか……ちゃんと、女の子扱いしてくれてるみたいで……」



「……いや……そ、そっか。そりゃ……よ、良かった」

「……」

「……」

「と、ともかく! こ、今回だってそうでしょ? 目立つせいで顔と名前が覚えられるし……良い事ないわよ、ホント!」

「そ、そうだな! 悪い事出来ないな?」

「本当に。可愛いって罪なのね」

「罪って」

「どちらかというと罰かしら。天罰って所ね」

「なにその人生ハードモード。超クソゲーじゃん」

「まあ、そのほかの所で恵まれてるからトントンかしら? と、話が逸れたわ。その……だからね? 一緒に図書館に行って貰いたいの。その……だ、ダメ、かしら?」

 断れるのを恐れるよう、そう言ってちょこんと俺の服の袖を摘まみながら上目遣い。なにそれ? 可愛いんですけど。

「……まあ、それぐらいは」

「ホント!? やった! 凄く嬉しいわ!」

 その場でぴょんぴょんと飛び跳ねる桐生の姿に思わず苦笑が漏れる。そんなに嬉しいのかよ。

「……それじゃ、何時行く? 今週の土曜日とか――」

「明日! 明日の放課後、行きましょう!」

「――って、はや! 明日かよ!」

「なに? 用事でもある?」

「いや、無いけど」

 急な補習とかがスケジュールに入らなければ、だけど。最近小テスト無かったし、大丈夫だよね?

「それじゃ明日! やったわ! 今日、泣く泣く諦めた本があったのよ! 嬉しいわ、東九条君! ありがとう!」

 その後、笑顔を一転、『今日、借りられてなければ良いけど』なんて少しだけ不安そうな顔を浮かべながら、なにやらブツブツ呟きながら歩く桐生の後ろ姿を見ながら、俺は思う。



 ……これって、デートじゃね?



「何してるの、東九条君! 早く帰りましょう!」

 そんな事を気にした風もなく、キラキラした笑顔を浮かべる桐生に、意識してるの俺だけかな? なんてちょぴり気恥しくなって、心持俺は歩みを早めた。


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