えくすとら! その百二十五
突然の藤田の言葉に、きょとんとした顔をする佐島……と、俺。いや、藤田さんや? お前、何言ってんだよ?
「何言ってんだよ、藤田? お前、何時からそんなバスケ好きになったんだよ?」
俺の言葉とジト目に藤田が小さく肩を竦めて見せる。
「別にバスケ好き……は、まあ面白いとは思うけどさ? でも部活に入ってまで頑張りたい! って程じゃないかな?」
「……本気で何言ってんだよ?」
マジで。何言ってんだ、お前?
「佐島には悪いけど……俺がバスケ部に入りたいって理由は琴美ちゃんの為だ。より正確には琴美ちゃんが入る事によって有森の動向が気になるって所だけど……まあ、それはどっちでもいい。要は入りたいって動機が不純だって事だ」
「……まあな」
そもそもコイツ、有森が西島をイジメないか……というとちょっと語弊があるが、まあ要は有森のガス抜きの為だしな。
「ちなみに確認しておくけどさ? 佐島、こんな不純な動機のバスケ部入部は駄目か?」
「……本来なら駄目、っていうか、そんな動機でバスケ部入るんなら『舐めるな!』ってバスケ部キャプテンとして怒る所なのかもしれんが……お前は一生懸命練習してくれんだろ? バスケ部に入ったら」
佐島の言葉に頷く藤田。そんな藤田に、佐島は盛大にため息を吐いた。
「……それなら俺から文句を言う事はねーよ。そもそも俺がお前らに声を掛けたのも『勝ちたい!』ってだけだからな。動機が不純だよ」
「それはバスケ部として正しいんじゃね?」
バスケ部が勝ちたいからバスケ巧いヤツ勧誘するって、普通にある事じゃないか? 別に悪い事とは思わんが。そう口にする俺に佐島は苦笑を浮かべて。
「そう思わない人も居るからな。エンジョイバスケ勢とか」
「……ああ」
「部活は本当の仲間とやるべきだ! みたいな事言う人も居るんだよ、正直。まあ、それはいいや。それで? 藤田はどうしてバスケ部に?」
「さっきも言ったけど俺の動機は不純だよ? でもな? そんなの、先輩方には分からなくねーか?」
「……まあ」
「仮に百歩譲って分かってもよ? 俺が『こないだの市民大会で目覚めました。バスケ部に入りたいです!』って言ったら、その先輩方は俺の入部を止める権利があんのか? なに? 高校の体育会系ってそんな権限まで先輩にあんの?」
「……それは」
……なるほど。
「ようは西島を助ける為にバスケ部に入るんじゃなく、藤田がバスケが好きだからバスケ部に入るって……なんだろう? 『てい』で入部するって事か?」
「まあ、有体に言えばそうだな。そういう方向なら先輩の声を無視っつうか……そういう方法も取れるんじゃね?」
藤田の言葉に黙って考え込む佐島。しばしの沈黙の後、佐島は口を開いた。
「……その方法ならアリかも知れない。知れないけど……なんでだよ?」
「なにが?」
「いや……だってさ? お前その、なんだ? まあ、西島さんに……」
「フラれたな」
「……はっきり言うな? なんだ? もう吹っ切れた……に決まってるか。お前、有森の彼氏だもんな」
「まあな。そういうお前はどうなんだよ? そう言えば琴美ちゃん、お前に誘われてバスケ見に行ったって聞いたけど?」
「……聞く?」
「……悪い」
「まあ、想像通りだよ。だからまあ……なんだ? お前、思う所ないのかなって」
「まあ、無いかな。逆にお前、あんの?」
「……無い訳なくないか? え? これ、俺がおかしいの、東九条?」
藤田の言葉に困ったような顔でこちらを見る佐島。まあ、うん。そりゃ、思う所あるに決まってんじゃないかと思う。
「お前は正常だよ、佐島。藤田がおかしいだけだ」
「だ、だよな? いや、こんな何のてらいもなく『ない』って言いきられると、なんか俺の器が小さいんじゃないかと思うけど……そ、そんな事ないよな?」
「普通は思う所あると思うぞ? 逢うのも気まずいだろうし、まあ、不幸になれとまで思わなくても、敢えて関りに行こうとは思わねーよ普通」
藤田は『惚れた女』という言葉を使ったが、幾ら惚れた女だろうが自分の人生と交わらなかった人なんて所詮『他人』でしかない。いや、ドライな考えかも知れんが普通はそうだろ? にも関わらず藤田はそういう人間まで助けてやろうとしやがるからな。
「だから別に佐島の器は小さくないと思う。藤田の器……というか、底抜けにお人好しなだけだ。まあ、そのお人よしに助けられた身としてはあんまり悪くも言えんが」
「そうなのか?」
「お前だって知ってんだろ? ああ、女バスとは仲悪いのか。瑞穂の件だよ。そもそもの市民大会が藤田のお人よしのお陰だしな」
「……仲は良好とは言わんが、流石にそれは知っているよ。そっか。なんで藤田が試合に出てたのかと思ったけど……そういう事か」
得心した様に頷く佐島。そんな佐島に、俺は言葉を続けた。
「それで? 藤田はこう言っているけど、どうなんだ? 藤田と……」
……はぁ。しょうがねーか。
「……俺は入れるのか、バスケ部?」
「……浩之も入ってくれるのか?」
驚いた様な顔でこちらを見る藤田に少しだけ苦笑を浮かべる。
「……乗りかかった船だ。最後まで付き合うさ」
「ひ、浩之~……お前、良い奴だな!」
「お前には負けるが」
本当に。そう言って苦笑を浮かべて佐島を見やる。
「で? どうだ?」
「……お前らが自由意思で入るって体ならそれを止める権限なんてねーよ。だが……良いのか?」
「藤田がこう言っているしな。散々、藤田には助けて貰ったしな。たまには恩返しでもしておかないと罰が当たんだろうが」
「……情けは人の為ならずって本当だな」
苦笑してそんな事を言う佐島に俺も苦笑を返す。マジでそれな。
「……分かった。そういう事なら俺が先輩を説得する。二人とも、これからよろしくな!」
そう言って手を差し出してくる佐島に俺も手を伸ばしかけて。
「……あれ? 電話?」
不意に鳴った電話に俺は佐島に断り画面を見て……瑞穂?
「わりぃ、ちょっと……もしもし?」
『あ、浩之先輩! こんにちは!』
「おう。どうした? 珍し――くもねえけど。なんか用か?」
『ぶぅ! 用がないと電話しちゃ駄目なんですか? 可愛い可愛い後輩の声を聞きたいと思わないんですか!!』
「あー、はいはい。可愛い可愛い。それで? なんだよ?」
『あ、すみません。お忙しかったですか? なんかお取込み中です?』
「お取込みってほどじゃないけど……まあ、人といる」
『そうなんですか。それじゃ、手短に話します。浩之先輩、バスケ部入ろうとしています?』
「あー……まあな」
『それ、辞めてください』
「……は?」
耳元からスマホを離してまじまじと見つめる。何言ってんだ、コイツ?
『すみません、手短過ぎました。もちろん、浩之先輩がバスケ部に入りたいと思ってくれているのならウェルカムですが……浩之先輩がバスケ部に入ろうとしているの、西島さんの為ですよね?』
「……まあ、端的に言えばな」
『でしょ? でも、それ、無意味になりますよ?』
だって、と。
『西島さん、『バスケ部なんて絶対に入らない!!』って言ってるらしいですから』
「……は?」
……はい?




