第二十二話 彩音ちゃん、すいーと・でびる!
ちょっとだけ桐生との仲が深まった気がする夕食を終えた翌朝、俺は与えられた自室で目を覚ます。
「……」
知らない天井だ、的なネタをするべきかどうか一瞬悩む。まあ、そんなしょうもない事をしても仕方ないかと思い、俺はベッドから体を起こした。
「……おはよ」
「あら? 早いわね? まだ六時よ?」
「……それはお前もじゃね?」
リビングに向かうとそこでは既に部屋着に着替えてソファに座り、優雅にコーヒーなんぞをすする桐生の姿があった。テレビ画面に映し出されているのは。
「……なにそれ?」
「毎朝やってる経済番組よ。株価とか為替の情報発信を行ってるの」
「……毎朝見てんの、もしかして?」
「毎朝、という訳では無いわ。今日はたまたまよ」
「そうなの?」
「……私だって緊張してるのよ?」
頬を染め、拗ねたようにこちらを見上げる桐生。なんだか少しだけ子供っぽくて可愛らしく――ええ、ええ。俺もちょっと照れたよ。
「見ず知らずとは言わないけど現状で私と貴方は『他人』でしょう? 他人と一つ屋根の下で寝る事なんて修学旅行以来だわ。それも許嫁よ? 緊張するなという方が無理じゃない?」
「……まあな」
「……本当に分かってるの? 貴方、ぐーすか寝てたじゃない」
「……なんで知ってるの?」
「夜中にトイレに行ったときに物音ひとつしなかったから。なんか私だけ緊張してるの馬鹿らしくなってきて、それからは直ぐ眠れたわ。眠りが浅くて、こんな時間に目が覚めたけど」
そう言って呆れた様に肩を竦める桐生。ごめん、桐生。俺、枕代わっても問題なく眠れるタイプなんだ。
「……すまん」
「別に謝って貰う事じゃないわ。朝も早いし、ゆっくりできるわね。コーヒーでも飲む?」
「ありがとう。頂く」
「朝ご飯はパンで良い? いるなら私の分のついでに焼くけど……」
「……いいのか?」
「……あのね? 流石に私もパンぐらいは焼けるわよ?」
「ああ、そういう意味じゃなくて……」
昨日は晩御飯まで用意してもらったし。つうか、昨日から俺、この家で家事的なものを何ひとつやってないんだが……そんな俺の申し訳無さそうな顔を見て理解したのか、桐生が小さくため息を吐いた。
「……はあ。そんなに肩肘張らずに行きましょうよ。これぐらい、別に大した事じゃないわよ」
「そうかも知れんが……」
「細かいルール……食事とか掃除とかの当番はおいおい決めて行きましょう。でも、それに縛られることなく、出来る方がやればいいんじゃないかしら? お互いに色々あるでしょうし……きっと、暇なのは私の方でしょうしね」
「そうなの?」
「だって私、友達いないもの。放課後の用事は何もないわよ?」
「……悲しくなってくるから止めてくれない?」
「貴方が悲しむ必要はないわよ。コレは私の話だし」
「いや……」
まあ、そうなんだけど。そうなんだけどさー。
「……昨日、『楽しく』やっていこうって言ったろ?」
「……ちょっと恥ずかしいんだけど……ええ」
「なら……なんだろ? 上手くは言えないんだけど、やっぱりお前にも『楽しんで』貰いたいんだよ。いや、別に友達がいないのがダメってワケじゃないんだけど……」
「……」
「……涼子とか智美と一緒に飯食ったり、映画に行ったりしたの、楽しく無かったか?」
「……いいえ。楽しかったわよ」
「じゃあ……なんていうか……こう、俺だけ放課後楽しむんじゃなくてな? こう……その、なんだろう?」
「……大丈夫。言わんとしていることは分かったから」
「そうか?」
すまんな、上手く言語化出来んで。
「……前も言ったかも知れないけど、私は別に友達がどうしても必要だとは思って無いわ。でも、こんな私でも友達になってくれる人が居れば、嬉しいと思うわ」
「『こんな』とか言うなよ」
「卑下しているつもりは無いわ。でも私、口が悪いもの。私だったら私と友達になりたいと思わないわ」
「……直すつもりは?」
「無いわね。これも前に言ったかしら? 私にとっての『盾』なのよ」
「……なにと戦ってんだよ、お前は?」
「世間、かしらね?」
「世間?」
「空気と言い換えても良いかも知れないわね。狭い学校の中で、突出した存在は目立つのよ」
「出る杭は打たれるって話?」
「まあ、そうね。でも、私は私の努力で出る杭になったの。なら、そんな出る杭を打とうとする『世間』に負けてなんかやらない」
「……」
「こういう生き方はお嫌いかしら?」
「いや……そんな事はない」
そんな事はないが。
「……生き辛い生き方だな、とは思う」
「そうね。本来、周りに迎合することも必要なんでしょうけど」
「ちなみにパーティーとかでは猫被ってんの?」
「TPOってあるでしょ?」
「納得」
「矛盾してると思う?」
「全然。当たり前だと思う」
お前が全力で学校のままだったとしたら、むしろ正気を疑うまである。
「まあ、そういうこと。十七年生きて来たんですもの。今更、この生き方は変えようが無いわ」
そう言ってコーヒーを淹れるわね、と立ち上がって。
「でも……貴方がそう言ってくれたのは、嬉しかったわ。ありがとう」
「……どういたしまして」
「……ふふふ」
照れたように微笑む桐生に、俺はガシガシと頭を掻いて見せる。ああ、なんだ? すげー恥ずかしいんだけど。朝から何やってんの、俺?
「……にしても、緊張して眠れなかったなんて……可愛いとこ、あるんだな?」
照れ隠しを含めた俺の言葉に、桐生が頬を膨らませてこちらを睨む。
「緊張するに決まってるでしょ? 貴方はそうでもなかったんでしょうけど」
「あー……まあな」
別段、緊張とかはしなかったが。これ、やっぱり男女の違いなんだろうか?
「……別に襲ったりしねーぞ?」
「……朝からなに言ってんのよ?」
「……だな」
「まあ、『襲うつもりはない』と言われるのも、女性としての魅力を否定されたみたいで若干腹立たしいけど」
「……襲えと?」
「それはイヤ。でも、どうしても我慢出来なくなったら応相談という事で」
「……朝からなに言ってんの?」
「忘れてるの? 私の目的は『東九条の血』なの。なら……いつかはそういう事に行きつくのは摂理でしょ?」
「そうだけど……」
「別に高校生で母親になりたいという訳でもないから、我慢してくれるならその方が助かるけど。まあ、どちらにせよ朝からする話じゃないわね」
はいと、手渡されたコーヒーを口に含む。ホントに、朝からする話じゃねーな。しかも、色気も何も――
「ちなみに、私の部屋の鍵は常時開いてるから。もし、『むらっ』と来そうなら早めに相談してね?」
「ぶふぅ!」
「ちょ、汚いわね! 何してんのよ!」
「す、すま――じゃなくて! お前、なに言ってんの!? 誘ってんのかよ!!」
襲えと? 俺に襲えと言うのか、お前は!!
「違うわよ。私、朝がとても弱いの。今日みたいに緊張して眠れなかったらともかく、普段は一度寝たら目覚ましの音程度じゃ起きないの。寝起きも悪いし」
「……」
「家では家政婦さんとか誰かが起こしてくれてたけど、此処では一人で起きなくちゃいけないでしょ? でもきっと難しそうだし……起こしてくれたら助かるわ」
「……」
「ね? お願い出来る?」
「……」
「……東九条君?」
「いや……その、な? 俺も健康な男子高校生なワケで、お前は見目も麗しい女子高生なワケじゃん?」
「そうね」
「……それはちょっと……間違い起こったら困るし」
「その辺りは信用してるわ」
「信用って」
「貴方、気遣い出来る人だと思うもん。私が嫌がる事はしないと信じてるわよ」
……なんだろう。信用が重いんだが。いや、するつもりは無いよ? ないけどさ? 男子高校生の理性なんて紙みたいなモンだぞ?
「……ちなみに、常時緊張して夜を迎えるというのは?」
「物理的に死ぬわよ、私」
「……だよな」
……はぁ。
「……どうしても遅刻しそうな時は起こす。起こすが、マジで頑張ってくれ。主に俺の理性と、社会的立場の為に」
なんとも情けない俺の言葉に。
「ありがとう! 頑張るけど……頼りにしてるわね?」
そう言って桐生はにっこりと微笑んだ。なにコイツ? 小悪魔かなんかなの?
……辛抱利くかな、俺?
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