えくすとら! その百十八 たいせつなしんゆう
「……桐生」
桐生の一刀両断発言に俺はジト目を向ける。そんな俺のジト目に、特に反応をする事もなく桐生は少しだけ首を傾げて見せる。
「あら? 何かおかしなことを言っているかしら? 間違った事は言って無いでしょう? あの子、きっと――ううん、間違いなく、ね。間違いなく性格悪いでしょう?」
「まあ……」
少なくとも『良い子!』って感じでは無いとは思う。どっちかって言うと桐生よりも悪役令嬢に近いんじゃないか? ああ、いや、あの微妙な小物臭は悪役令嬢にはちょっと荷が勝ちすぎるかも知れない。
「間違った事は言って無いかも知れないが、一刀両断し過ぎだろう?」
「間違った事は言ってないなら良いじゃない。私自身だって、あの子に好感情を抱いているとは言えないわ。だから――」
「じゃなくて」
言いかけた桐生を手で制し。
「藤田と一緒だよ。俺の大事な子が、あんな奴の悪口言ってる姿を見たく無いの。あいつの為にお前自身を汚すな。そもそも、そんな事でお前の評判が落ちるのは嫌なの、俺」
「……あう」
「返事は?」
「……うん。ごめんなさい、東九条君。軽率だったわ」
「まあ、仲間内だからってのも分かるけどな。でもまあ、誰が聞いているか分からんし」
「……うん」
「別に誰の評判も気にする必要はないけど……ああ、でも、桐生が『悪役令嬢』の方が他の奴らが寄ってこないから良いか?」
「……ばか」
背伸びをして、俺の耳元に唇を寄せて。
「――誰に言い寄られても関係ないわ。私――浩之に夢中だもん」
「……俺もだよ」
「……ふふふっ!」
耳に触れるだけのキスをして、桐生が俺の側から離れる。おま……だから、照れるならやんなよな? お前、耳まで真っ赤だ――
「……いい加減、俺を無視していちゃつくそのスタイル、やめてくんない? 仲が良いのは良いけど、時と場合を考えろよ」
呆れた様な藤田の言葉が聞こえた。あー……コホン。
「コホン。まあ、それは良いんだよ」
「いや、正直俺はあんま良くないぞ? 正直、胸やけしそうだし」
「良いの! ともかく……お前、それでどうするんだよ?」
俺の言葉に途端に困ったような表情を浮かべる藤田。その顔のまま、藤田は口を開いた。
「あー……まあ、正直悩んでるっちゃ悩んでるな。なんつうか……さっきも言ったけど、有森の事もあるし……こないだ西島先輩にメシ、奢って貰ったのもあるしな。恩返しも必要かなって、そうも思うんだよな。雨宮先輩にも『藤田君が入ってくれると助かる』とも言われているし……川北の件で女バスにも世話になっただろ?」
「川北さんの件はともかく……あの時西島先輩が言っていたのは『敵にならないで』じゃなかったかしら? 『仲間になってくれ』とは言われていないわよ? ああ、これは悪口じゃ無くて――」
「分かってる。やり過ぎじゃねーかって話だろ、桐生?」
「……そうよ」
「それも分かってるんだけどな~」
ふにゃっとした、情けない笑顔を浮かべる藤田。そんな藤田の表情に――俺はちょっとだけ、カチンと来る。
「……やめとけやめとけ」
「……浩之?」
「お前が乗り気じゃねーんだったらんなもん、バスケ部になんて入っても良い事なんねーよ。そもそもお前、バスケ部入りたいのか?」
「あー……いや、別にバスケ部に入りたいって訳じゃ」
「だろ? だったらそんなもん、バスケ部に取っても迷惑じゃねーか。アイツらは強くなりたいって俺らに入ってくれって言ったんだろ? そのつもりもねーのにバスケ部になんか入るんじゃねーよ」
吐き捨てる様な俺の言葉に、藤田と桐生が驚いた様な顔をして見せる。
「ひ、東九条君? そ、その……お、怒ってる?」
恐る恐る、そう問いかける桐生に。
「怒ってる? 当たり前だ。怒ってるに決まってんだろうが」
俺の言葉に藤田が慌てた様に頭を下げる。
「ひ、浩之! す、すまん! そ、そうだよな! お前、バスケ大好きだもんな! そんなお前の前で、こんな事を――」
「は? 俺がバスケ大好き? んなもん、関係ねーよ」
「――言ったらバスケを馬鹿に……あ、あれ? 違うの?」
「ちげーに決まってんだろ? 俺は確かにバスケ大好きだけど、別にバスケの関わり合い方なんて人それぞれだろうが。お前の関わり方はバスケ部に失礼だろう、とは思うが、究極俺の知ったこっちゃねーよ」
ああは言ったが……バスケ部側だって『強くなる』が目的である以上、動機がどうあれ藤田に入って貰った方が嬉しいかも知れんしな。その辺、俺には良く分からんさ、本人たちじゃねーし。
「だから、別に俺はそんな事で怒ってねーよ」
「じゃ、じゃあなんで怒ってんだよ? 俺、なんかしたか?」
困惑した様な藤田の表情に思わずため息も出る。いや、まあ、別にお前が悪いわけじゃ――ああ、でもこいつも悪いか。
「ひ、浩之?」
「んなもん、簡単だろうが? 俺が怒っている理由は」
――お前が、『利用』されているからだ、と。
「……あ」
「……別にお前が助けたいと思って助けるなら文句は言わん。でもな? 普段のお前なら『助けたい』って思ったら誰かに聞くことなく助けに行くんじゃねーのか?」
聖人みたいなヤツだしな、コイツ。
「そんなお前が、今は悩んでいるんだろ? それって心情的には『助けたくない』って事じゃねーのかよ?」
「……助けたくない、というと語弊があるが……その、まあ……別段、乗り気ではない。琴美ちゃんには申し訳ないと思うが」
「何が申し訳ないんだ、馬鹿たれが。んなもん、お前が気に病むもんじゃねーだろうが。瑞穂の件は俺の我儘でお前は関係ないし、仲間内でハブられたのは西島の責任だし、そこでどう動くは有森の責任だ。なんでもかんでもお前が一人で背負い込むな」
まあ、これは藤田の良いところでもあるが……悪い所でもある。お前は有森だけ見とけ。
「んでまあ、俺が怒っている理由はだな? そんな馬鹿みたいに……それこそ、半分は優しさで出来てるんじゃないかってくらいの藤田のその人の良いところに付け込んで藤田を利用しようとする態度だ」
「り、利用って!」
「違うか? 雨宮先輩にしろ西島先輩にしろ、藤田になんとかして貰いたいから連絡してきたんだろ?」
「……西島先輩は知らんけど」
「そこで話が通って無いと思うほど俺は世界が優しいとは思っちゃいねーよ。まあ、それは良い。ともかく……俺が言いたいのは、だ」
――俺の大事な『親友』を、こんなつまらない事に付き合わせるな。
「藤田、昼か放課後に雨宮先輩に時間貰えるか? 俺も一緒に行って断ってやる」
「良いよ! んなもん、別に自分で断るから!! それと有難うな、そこまで俺の為に怒ってくれて……なんか、すげー嬉しいわ」
「嬉しいなら俺も同席させろ。俺だってムカついてんだよ。んな事に俺のツレを付き合わせるなって文句の一つも言いたいんだよ、こちとら。だから、一言言わせろ」
あんま、俺の大事なツレを舐めんなってな! 便利屋じゃねーんだぞ、コイツは!!




