えくすとら! その百十一 恩返しをしたいとは思ってたんだよ。
「……んで? 今日は何処に行くんだよ?」
藤原と桐生が盛り上がっている――盛り上がっているのか、あれ? なんだか桐生が死んだような目をしてるんだが……まあともかく、そんな二人にちらりと視線を送った後、俺は瑞穂に視線を戻す。そんな俺の視線に瑞穂はちっちっちとばかりに指を左右に振って見せる。やめて、ちょっとイラっとするから。
「甘いですね~。何言ってるんですか、浩之先輩!! 女の子とのデートですよ? 女の子とのデートで『んで? 何処に行く?』はないでしょう!! こういう時の定番は『瑞穂、俺、こういうデートプランを考えて来たんだ! さあ、行こう!』って言うもんでしょうが!!」
「……言わないもんでしょうが」
いや、俺も別に経験豊富な訳じゃないが……最初っから『こういうデートプラン、立てて来ました!!』なんて言ってデートスタートするデートなんて寡聞にして知らんのだが。
「サプライズもへったくれもあったもんじゃねーだろうが、それじゃ」
「え!? 浩之先輩、何かサプライズを用意してくれているんですか!」
「いや、してないけど……」
一般論ね、一般論。そんな俺に、瑞穂は不満そうな表情を浮かべて俺を睨む。
「むー! なんですか、それ! 喜ばして突き落とすパターンのヤツですか!!」
「いや、別に喜ばした訳じゃないんだが……つうかお前、今日はいつにも増してポンコツじゃね?」
そうなのだ。どっちかっていうと落ち着きの無いヤツではあるが、今日は何時にも増して落ち着きが無いというか……ポンコツ具合が酷いというか。
「……まあ、正直、ちょっと浮かれている事は否めません」
俺の指摘にペロッと舌を出して頭を掻く瑞穂。
「折角の浩之先輩とのデートですから。多少の高揚感はありますね。ダブルデート、という所が不満ではありますが……」
「……ダブルデートって」
端から見たら男子一人に女子三人の組み合わせだけどな。いや、よく考えたらこれ、俺刺されたりするんじゃね? 桐生は勿論、瑞穂だって藤原だって可愛い方だし。
「……家に帰るか?」
「え? いきなりお家デートですか? それも悪くはないんですけど……折角駅まで来たし、やっぱり何処かに遊びに行きたいなって」
「……そういう意味じゃ無いんだけどね?」
頬に両手を当ててやんやんと首を左右に振る瑞穂。おい、マジでお前ポンコツだろうが。
「アホか」
「ま、冗談はともかく何処に行きましょうか?」
「ノープランかよ」
「浩之先輩と一緒だと何処でも楽しい! というとポイントアップします?」
「しねーよ」
「ですよね。なので……まあ、アラウンド・ワン、アラワンとか良いんじゃ無いです? 浩之先輩も彩音先輩も運動神経良いですし、私も理沙も悪い方じゃ無いですしね。どんなスポーツでも楽しめる気がするんですけど」
「あー……まあ、無難っちゃ無難か」
カラオケもあるしな、あそこ。桐生の演歌耐久が行わなければ楽しめるとも思うが……
「良いのか?」
「はい?」
「いや、お前頑なに『デート、デート!』って言ってただろ? だからまあ、もうちょっとデートっぽい所に行きたいのかと思ってたんだけど……」
アラワンが悪い訳じゃないが……ぶっちゃけ、普通に遊びに行っているのと変わらない。その、『デートっぽい』かと言われるとちょっとアレなんだが……
「……あれ? 浩之先輩、意外に乗り気だったりします? もしかしてこの可愛い後輩の瑞穂ちゃんに惹かれちゃったりしています? 瑞穂イン、彩音アウトみたいな感じです?」
そんな俺の言葉にきょとんとした顔をして見せる瑞穂。
「んなわけねーよ」
そんな訳はない。そんな訳はないが……
「……まあ、なんだ。俺個人としてはこう……色々感謝してるし、慰労もしてやりたいと思っているんだよ」
こいつのお陰、というとアレだが……まあ、あのバスケ大会がきっかけになったのは確かだ。加えて、茜が秀明とくっついたのだって、元を正せばあのバスケ大会だし。
「私が怪我したから、です?」
そう問う瑞穂に、俺は黙って首を振る。
「無論、それもある」
横に。
「それよりも、もっと昔からだよ。ほれ、なんかあったら俺ら幼馴染ってお前らに頼ってたとこ、大きかっただろ?」
例えば涼子と智美。二人が喧嘩したら、涼子は茜に愚痴るし、智美は瑞穂に愚痴る。なんだかんだ、こいつらが緩衝材になってくれたお陰で色々と円滑に進んだのは間違いない。涼子と智美との関係性が進んだのは秀明のお陰だしな。
「だから、何か恩返しはしないといけないって、そう思ってたんだ。茜と秀明にはその……恩返しっていうか、それが出来たかもしれないけど……お前には何にも出来て無いしな」
まあ、完全に棚ぼた案件ではあるが……一応、二人が幸せなら問題無いだろう。
「……」
「……まあ、この『デート』が恩返しになるかって言われると微妙な線ではあるんだが……少なくとも、お前の希望は出来るだけ聞きたいと思ってる。リハビリも辛いだろうし、慰労も兼ねてな。あ、一応、桐生も了承済みだ」
まあ、過度なスキンシップは厳に慎む事! という言明は受けてはいるし、『私、多分凄く嫉妬するから……終わったら私が溶けるくらいに甘えさせること!』というミッションも待っているのだが。
「……だから、こう『無難』じゃなくて、お前のしたいこと、やりたいことで良いぞ? 今日はとことん、付き合ってやるから」
俺の言葉にポカンとした表情を浮かべる瑞穂。と、そんな瑞穂の表情がへにゃっと歪んだ。
「……え、えへへ。なんだか照れ臭いですね。そして、それだけ考えて頂けたのは非常に嬉しいです」
一息。
「でも……私、皆さんと一緒に居る事を苦痛だと思った事、ありません。大変だと思った事も。『よくやるな~』って呆れた事とか『もう、何回同じ話してるのよ!』って面倒くさいと思った事はありますけど……でも、ですね? 私自身が、皆さんと一緒に居たいから、一緒に居ただけですし。恩返し、とか言われるとちょっともにょっとしますね」
そう言って、瑞穂らしい、溌溂とした笑顔を浮かべて。
「でも――そう言う事ならやっぱりアラワンですかね!! アラワンでバスケしましょうよ!! 私、浩之先輩とバスケするの大好きですし! バスケ、しましょ!!」




