えくすとら! その百九 桐生さんへのご相談
「おかえ――どうしたの、東九条君? なんかすごい顔しているんだけど?」
屋上での『デートしろっ!』という瑞穂さんをどうにかこうにか宥めて疲れ切った顔で帰宅した俺に、玄関で桐生が制服にエプロン、お玉を持ったままの姿で出迎えてくれる。髪をポニーテールに纏めていて個人的にはグッドです、はい。
「……ただいま。正直、滅茶苦茶疲れた」
「……そんな顔してるわよ。さあ、早く手洗ってうがいをして」
パタパタと俺に背を向けて廊下を進む桐生の後ろ姿を見ながら、俺も靴を脱いで室内へ。なんとなく、若妻感のある桐生にグッと来ているのだが……
「……気が重い」
この後、あの事説明しないといけないんだよな~。いや、マジで気が重いんですが……
「? どうしたの、東九条君?」
『今日はクリームシチューにしてみたわ』なんて言いながら、俺の前にシチューの入った皿と、テーブルの真ん中にバケットの乗った皿を置くと、桐生は自身の前にもクリームシチューの入った皿を置いて席に着いた。
「……やっぱりクリームシチューにはパンよね」
「だな」
人に寄るんだろうが……なんとなく、クリームシチューにはパンなんだよな、俺。ビーフシチューの方はご飯でも行けるんだが……
「その……たまにクリームシチューを御飯にかける人が居るでしょ? その、別に否定をする訳じゃないんだけど……」
「……その話は辞めよう。皆違って、皆良い」
不毛な戦いになりそうだし、きのこたけのこ並みに。
「そもそも作って貰って文句言うつもりも無いしな。今日も美味そうだ。ありがとな、桐生」
最近、ウチの晩御飯事情は『桐生飯』であることが多い。いや、有難い話ではあるし、味も最近は飛躍的に進歩して美味いんでいいことづくめなんだが。
「……俺、手伝わなくて良いのか?」
「良いわよ」
洗い物ぐらいはしているのだが、料理は全然作ってないんだよな~、俺。なんか申し訳ないんだが……
「……そ、その」
「なに?」
「さ、最近私、料理が……ちょ、ちょっと美味くなった……と自信を持っているのね?」
「ちょっと所じゃないだろ」
普通に美味いし。
「そ、そう? その、あ、アリガト……だ、だからね! その、こう、お料理をして、東九条君に食べて貰って……お、美味しいって言って貰えるの……」
幸せだな~って、思うんだ、と。
「だ、だから……で、出来れば御飯、作らせて貰えたら……その、い、良い?」
「……悪い訳、あるか」
なにそれ、ウチの彼女滅茶苦茶可愛くない!? あー……晩飯中じゃなきゃ抱きしめてたぞ、おい。
「……え、えへへ……あ、アリガト……」
なんとなくむずがゆい、そんな感覚でお互いにチラチラと見つめ合っていると、その微妙な居心地の悪さ――嫌な訳じゃないぞ、念のため。ただ恥ずかしいだけで――に耐えかねたのか、桐生がパンっと手を打って見せた。
「そ、そうだ! さっき東九条君、『気が重い』って言ってたじゃない!? あ、あれ、どういう意味? 疲れた顔もしてたし……な、何かあったの?」
そんな桐生の言葉に、さっきとは別の意味で居心地が悪くなる。無論、こっちは嫌な方だ。
「あー……今日、放課後にな? その……瑞穂に呼び出されたんだよ」
「瑞穂さんに?」
「その……茜と秀明、付き合っただろ? 桐生も見たか? あの写真」
「……ああ。お昼には涼子さんと智美さんに見せられたわ」
「んでまあ……それに対する苦情と言うか……」
「苦情?」
少しだけ言い淀み。
「……『私が怪我したから、皆、幸せになってませんか!』と……」
「……ああ」
「あ、勿論瑞穂が恨んでいるとか、そういう訳じゃ無いぞ? 皆のお陰で前向きになれたって感謝もしてるし!」
「分かるわよ。瑞穂さん、そんな事思う子じゃないし」
「ただ……まあ、内心ちょっと釈然としないところはあると思うんだよ」
「……言われてみればそうかもね。雫さんと藤田君がお付き合いしたきっかけも、元を正せば瑞穂さんのため……というか、バスケの大会だし」
「秀明が茜を意識し出したのもあのバスケの打ち上げだし……こう、俺が物事に一生懸命取り組もうと思ったのも、言ってみればあのバスケの大会からだしな」
「……キューピッドじゃない、瑞穂さん」
「彼氏彼女と考え方似るのな。俺も瑞穂に同じ事を言ったんだよ。だが、まあ……瑞穂的には『ピエロじゃ無いですか、私!!』とのことだ」
「……」
「……んでまあ……そ、その……なんだ? 瑞穂に……デートに、誘われ――」
言い終わる、前。
「………………へぇ」
ひぅ!! き、桐生さん!? 怖い!! 視線が絶対零度なんですけど!! 待て! まだ続きがある!!
「も、勿論、断ったぞ!! そもそも俺には桐生が居るし、二人っきりは無理だ! って!!」
「……そうなの? 私はてっきり、涼子さんの時みたいに遊びに行くのかと……」
「……する訳ねーだろうが」
もう懲りた……というとちょっと語弊があるが、まあ、少なくとも『女の子』と二人で遊びに行くことはない。疑われたくないし、そんな事で桐生と喧嘩なんて絶対したくないしな。
「……でも……そうしたら瑞穂が『じゃ、じゃあ! 彩音先輩も一緒でも良いです!!』って」
「……それ、既にデートでもなんでもない気がするんだけど? 普通に遊びに行くだけじゃないの?」
「……藤原、居るだろ? バスケ部の」
「理沙さん?」
「『理沙も誘って四人で! 四人でお願いします!! それで、せめて二人組で何かをする時には私と組んで下さい!! ダブルデートですよ、ダブルデート!! 私と浩之先輩、彩音先輩と理沙のダブルデート、してくださいよ!! お願いしますっ! 勿論、彩音先輩の許可が出たら! 出たらで良いんで……それぐらいは聞いて貰っても罰は当たらないと思います!!』って……」
「……」
「……」
「……私、そういう趣味はないんだけど。女の子とデートって」
「俺もそう思ったんだけど……『じゃあ浩之先輩、彩音先輩と他所の男のデート、許せるんですかっ!!』と言われて……」
まあ、許せる訳ねーよな。目の届く範囲でも腸が煮えくり返る。
「それ、瑞穂さん自分にブーメランが返ってきているって分かっているのかしら?」
「……だな。だからまあ、これは断っても良いと思う。一応、お前に聞かずに瑞穂に断りを入れるのも瑞穂に不義理かなって思って聞いてみただけだし。あ、お前が断って瑞穂との関係が微妙になりそうなんだったら、桐生は良いって言ったけど俺が嫌だった、って事にして貰えれば良いから」
自分がされて嫌な事を桐生にはさせられないし。
「……はぁ」
そんな俺の言葉に、桐生が深々とため息を吐いた。
「……良いわ。行きましょう?」
「……無理しなくて良いぞ?」
「無理……はしてないわけじゃ無いけど……まあ、瑞穂さんの言う事にも一理あるから。確かに瑞穂さんのおかげ……は言い方がアレだけど……」
「分かる」
「だから、何処かで恩返しはしたいと思っていたのよ。それに……あなた達、幼馴染でしょう? あまり、こう、『縛る』事はしたくないのよ。も、勿論、浮気は駄目よ? 駄目だけど……友人関係にまで一々口を出すのも、って……」
そう言って困った様な顔で笑う桐生。なるほど、確かに桐生の言う事も一理ある。一理あるが……
「悪いが俺、桐生の友人関係……つうか、男の関係はガンガン口出すぞ?」
「……へ?」
「重い男だと思われても、桐生が誰かと二人で行くなんて嫌だからな? 女友達にまで口出したり、友達と遊びに行かずに俺を優先しろとまでは言うつもりは無いけど……それでも、俺は絶対、口を出す」
「ひ、東九条君?」
戸惑った様な桐生の顔に、俺は真剣な顔で。
「だから、お前も口を出せ。いや、出してくれ。嫌な事は嫌って言ってくれ。重いとか、そんな事は全然思わないから。そんな事で」
――嫌いになったり、しないから、と。
「……大好きだから、桐生」
「……」
「……」
「……ねえ」
「なんだ?」
「踊っても良い?」
「嬉しいと、ってやつか?」
「そう。まあ、食事中だからしないけどね」
そう言って笑って。
「……良いわ。やっぱり、行きましょ?」
「……無理はしなくて良いぞ?」
「瑞穂さんに感謝の気持ちもあるのは確かだし。だからまあ、これぐらいはさせて貰ってもって思ってるし……」
そう言ってにやりと笑って。
「――どうやら私の格好いい彼氏様は、私にベタ惚れの様だから。浮気の心配も無さそうだしね?」
「……お前は違うのかよ?」
「馬鹿ね? 私の方がベタ惚れに決まってるでしょ?」
そう言って嬉しそうに微笑む桐生に、俺は肩を竦めて返した。




