えくすとら! その百六 両想いで、両片想い
色々あったが粛々とパーティーは進み、九時を少し回った辺りでお開きとなった。若干早い気もするが、中学生や高校生の居るパーティーだし、その辺りはお察し、という感じだ。『それでは東九条君、また逢おう!』なんて良い笑顔で帰る英知院に少しだけ手を振って俺と明美、それに桐生は一度、東九条の本家に顔を出して私服に着替える。桐生も『流石にドレス姿で帰るのは……』という事でお着換え持参、明美の部屋で着替えて輝久おじさんに挨拶し、そのままホテルまでの道を歩く。
「……タクシーじゃ無くて良かったのか?」
「良いわよ。東九条の本家からなら歩いて二十分くらいでしょう? すこしくらい、お散歩して帰りたい気分なの」
そう言って俺の右手をにぎにぎと握って、嬉しそうな笑顔を浮かべる桐生。
「……さよけ」
「左様です。なんか色々と『濃い』一日だったから……少しくらいはこうやって『ひがしくじょー成分』を補給したいのよ」
「『ひがしくじょー成分』って」
「栄養素なのよ、私の心のね?」
にっこり良い笑顔を浮かべる桐生に、俺も肩を竦めて繋がれた手に少しだけ力をこめる。
「……あ」
「……んじゃ俺も『きりゅー成分』を補給させて貰おうかな?」
「……うん! どんどん補給して! 成分なしじゃ生きていけなくなるくらい!」
「……それ、栄養素ちゃう。なんか別のヤバい薬だ。用法容量を守らないとな」
恐ろしい話だ。そんな俺の言葉に、桐生が少しだけ不満そうな顔を浮かべる。なんだよ?
「……私はもう、『ひがしくじょー成分』なしじゃ生きていけないもん」
「……守れよ、用法容量」
「嫌よ。だって私、幸せだもん」
もう一度俺の手をぎゅーっと握って笑顔を浮かべた後、桐生はその笑顔をまたも不満そうな顔に変える。
「……一人百面相かよ。今度はなんだ?」
「……明美様、お綺麗だったわよね?」
「……まあな」
俺は女性の容姿や服装は素直に褒めるスタイルだ。明美が綺麗だったのは事実だし、それは認めるんだが。
「……ちょっと、悔しかったから。私が『是』として明美様と東九条君のパーティー参加を認めたわよ? だから、今、此処で言うのはずるいって言うか、後だしじゃんけんみたいなものだと思うけど……でも、やっぱり悔しかったから」
ぎゅっと、俺の手を握り。
「……なんで東九条君の――浩之の隣は私じゃ無いんだろう、って」
「……彩音」
「……それもあんなにお綺麗な明美様でしょ? 浩之もパリッとした格好して、なんだかお似合いだったし……その、もやもやしたの!」
「……」
「……浮気、してない?」
不安そうな表情でこちらを見て来る彩音に苦笑を浮かべ、俺は彩音の頭を軽く撫でる。
「……する訳ねーだろうが。彩音が一番に決まってるだろ?」
「……」
「……」
「その……ごめんね?」
「何が?」
「こう……自分でも面倒くさい女だな~って思うんだよ? 自分で認めた癖に、『やっぱり嫌』って我儘言って……嫉妬して。パーティー会場では我慢できたけど……二人っきりになったらやっぱり我慢できなくって……『重い』女で」
そう言って、彩音は俺に媚びる様な視線を。
「――でも、やっぱりこれが私なの。浩之の事が好きで、好きで、大好きだから……嫉妬もしちゃう。重い女って思われても……これは変えれないから。ごめんね? でも……愛して?」
向ける、訳がない。そうだ、何時だって彩音は繊細で、それでも傲慢な『悪役令嬢』の女の子だから。
「……愛すに決まってるだろうが」
「……えへへ」
とろける様に嬉しそうな笑顔を浮かべる彩音。そんな彩音の表情に、俺も頬を緩めて。
「……俺も頑張らねーとな」
「浩之?」
思い出すのは、明美の言葉。
「……お前は良い女だよ、彩音」
「ど、どうしたのよ急に!? そ、その嬉しいけど……」
とたん、頬を赤く染めてチラチラとこちらを見やる彩音。こういう小動物的な所も可愛いと思うよ、マジで。
「……明美に言われたんだよな。『浩之さんがどう思おうが、彩音さんから離れて行くこともありますよね』って」
「……え? ひ、浩之! わ、私、そんな事思ってない!!」
一転、慌てた様に手をわちゃわちゃ振って見せる彩音。
「分かってる。お前がそんな薄情な奴じゃないのも……その、なんだ、『愛されてる』って云うのも」
うん、それは自信を持って言える。言えるが。
「でもな? 確かに明美の言う通りなんだよな。俺とお前、比べると……やっぱり、なんだ? 『負けた』気はするんだよ」
学校三大美女の一人で、成績優秀。最近は性格も丸くなって来て、人気も出て来た。
「……浩之の良いところは私がいっぱい知ってるもん。それに、そんな事言ったら私だって同じだもん! だって、浩之の周りには良い子が沢山いるじゃん。その上、その子皆が浩之の事好きなんだよ? 私の方が負けた気、するもん……」
「……不安にさせたか?」
「そ、そうじゃないけど……う、ううん。私もやっぱりちょっと不安。何時か浩之に捨てられるんじゃないかって。勿論、浩之がそんな薄情な人じゃ無いのは分かってるけど」
そんな桐生の頭をもう一撫で、俺は握った手に力をこめる。
「……まあ、俺が彩音の元から離れて行くことはねーよ。彩音だって、俺の元から離れて行くことは無いってのも分かっている。でも」
だからって、その関係に胡坐をかいているのは、御免だ。
「……俺、もっと頑張るわ。彩音に相応しいって……誰にじゃなくて、自分自身で思える様に、頑張るよ。もっと彩音に……そうだな」
好きになって貰える様に。
「頑張るさ」
「……」
「……嫌か?」
俺の言葉に、彩音が少しだけ不満そうに頬を膨らませる。
「……私には勿体ないくらい、良い男だよ、浩之は」
「……そうか?」
「そうなの! でも、どれだけ私が言っても浩之的には納得できないって事でしょ? 今の話って」
「……まあな」
「……」
「……」
「……ええ格好しい」
「うぐ! ま、まあ、そう言われると否定は出来ないけど……」
基本、『男のプライド』的な話だしな、彩音と釣り合いたいって。そう言われるとそうなんだけど……
「……そんなに不満そうにするか?」
「……するよ」
「……なんで? 良い男になった方がお前も嬉しくね? あれか? 自分自身を軽く見るな、的な――」
「そうじゃないわよ。だって自分の事なんて自分が一番褒めてあげられないもの。『もうちょっと出来るかも』『もうちょっと頑張れるかも』って思うのは普通じゃない」
「……じゃあ何でだよ?」
「……私は嫉妬深いの」
「……?」
「だ、だから! 浩之は今でも十分『良い男』なの! 明美様も涼子さんも智美さんも、瑞穂さんだって大好きな、とっても良い男なの!」
そんな浩之が、と。
「今より良い男になったら……ライバル、増えるじゃない」
そう言ってツーンとそっぽを向く彩音。そんな姿に、思わず苦笑が漏れる。
「……なんだよ? 嫉妬か?」
「……前科、あるもん。バスケで活躍した時、貴方の評価鰻上りよ? あの時の私の感情は筆舌に尽くしがたいの!」
「……」
「……だから……浩之が頑張ってくれるのは嬉しいんだけど……不安になるのは、ヤ」
「ヤって」
「……でも、浩之が頑張ってくれるのは、そ、その……う、嬉しいのは嬉しいの。私の為、って思うと天にも昇る気持ちだし、その……」
そう言って、うんうんと唸って。
「――そうだ!」
不意に、何かを閃いたかのように手を叩いて。
「私も、頑張る!!」
「……はい?」
「今以上に勉強も、お洒落も、美容にも気を付ける! 浩之が私から離れない様に、浩之が私無しじゃ生きていけないくらい、浩之をメロメロにさせる!」
「……言葉のチョイスが昭和」
メロメロって。っていうか。
「……それじゃ意味なくね?」
「あら? そうかしら? 浩之は私にもっと好きになって欲しいのよね?」
「まあな」
「それは私だって同じだもん。浩之にもっともっと好きになって欲しい。だから、私だって頑張る。良いでしょ? 浩之だけ頑張って私にもっと惚れさせるなんて……ずるいもん」
そう言って良い笑顔で胸を張る彩音。ったく……
「……負けず嫌いだな、お前も」
「あら? 『悪役令嬢』ですもの。知ってる? 悪役令嬢って、基本負けず嫌いなの。それに……よく考えたら最高じゃない?」
「なにが?」
「私達、両想いなのよ? それなのに、相手にもっと好きになって貰える様に頑張るなんて」
まるで、片想いをしているみたい、と。
「……確かに。ラブ警察的には幸せ事案か?」
「両想いなのに、両片想いなのよ? お互いに相手にもっと好きになって貰える様に努力して、その努力の結果、お互いにもっと好きになれるなら」
彩音的に、幸せ事案よ、と。
「……初めて聞いたぞ、両片想いって」
「そう? 私、大好きなのよね、両片想い」
そう言って綺麗に笑う彩音に肩を竦める。まあ……うん、ちょっと思ってたのと違うけど……ま、頑張るか。
「お前に、もっと好きになって貰える様にな」




