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えくすとら! その百四 狂犬妹の変容ぶりは長い付き合いほど異常に映る。


 秀明の胸に顔を埋めてまるで猫の様にその頭を擦り付ける茜。見るとはなしにその風景を見ていると、隣から『はふぅ』という何とも艶っぽい吐息が聞こえて来た。そちらに視線を移すと、頬を上気させて瞳をウルウルとさせた桐生が右手を頬に置いたまま、俺の服の袖をくいくいっと引っ張った。

「……なんだよ?」

「……良いわね……なんだか、こう、きゅんきゅん来たわ……」

「……そうかい」

 俺は……なんだろ? こう、妹の『そういう』姿を見るのがなんとも言えずもにょっとするのでこう……ああ、いや、祝福はするんだよ? 秀明は良いヤツだし、茜の事も大事にしてくれると思うんだから、良いんだけど……

「……あんまり異性の身内のああいう姿は見たく無いかも」

「……そう? 妹が幸せな姿は見ていて嬉しいんじゃないの?」

「いや、嬉しく無いとは言わん。言わんが……」

 なんだろう? どういえば伝わるか……あ!

「お前、豪之介さんがお母さんにデレデレしてる姿見たらどう思うよ?」

「……」

 うん、その感情だよ。その砂を噛んだ様な表情浮かべているお前の心情が、今の俺の心情だ。

「……あまり見たく無いわね、それは」

「だろ?」

「ええ。そういう意味では確かに東九条君の気持ちも分かるわ。仲が良いのは良いけど、あまり進んで見たいものでは無いわね」

「そう言う事だよ」

 そう言ってため息を吐く桐生。そんな姿を見ながら、俺はちらりと横目で反対の明美を見て。

「……お前も似たような感情か?」

 完全に『無』な表情を浮かべる明美に声を掛ける。まあ、こいつだって茜の姉貴分だしな。そういう感情も無くは無いだろうが。

「……そうですね。いえ、勿論、嬉しい気分はあるのですよ? あれだけ惹かれていた茜さんが、きちんと想いの丈を伝えて恋仲になったのですから」

「言い方が古風。恋仲って」

「それに、私は浩之さんと違って同性ですし……『妹』が異性といちゃいちゃしてた所でそこまでショックは受けません」

「そうなの?」

 んじゃなんだよ、その圧倒的な『無』な表情は?

「……なんですかね、この空虚感は」

「空虚感だ?」

「先ほども言いましたが、勿論、嬉しい気分もあるんです。あるんですが……こう、寂しいと言いますか……」

「……あれか? 妹分盗られた、的な?」

「いえ、そうでは無いです。流石にそこまで狭量では無いと思いますが……」

 そう言って少しだけ困ったような表情を浮かべて。

「……茜さんは小さい頃から良く知っています。それこそ、京都に来てからは毎日一緒に過ごしているのです。ですので、その……よく知っているのです。良い面も、悪い面も。多少は大人しくなったとは思いますが……それでも、その……天真爛漫な方ですので」

「……ああ」

 そうだろうな。茜はきっと全力で茜のまんまだったんだろう。京都駅での久しぶりの邂逅からしてナンパ男投げ飛ばすし、北大路に絡むしだし、『狂犬』のままだろうな。

「……そんな茜さんがあんな『乙女』な顔をしているんですよ?」

「……見てらんないか?」

「脳が腐ります。なにか幻覚を見ている様で」

「酷くない!?」

 おま、可愛い妹分じゃねーのかよ! 脳が腐るは言い過ぎだろう、脳が腐るは!!

「ひ、酷いかも知れませんが! で、ですが浩之さんも思いません!? だって茜さんですよ? 立てば狂犬、座れば悪魔、歩く姿は大魔王とでも表現するべき、あの茜さんですよ!!」

「本当に酷いだろ、それ!!」

 いや、ちょっと巧い事言うな~って思ったけど!!

「なんでしょう? 確かに茜さんはお美しいですよ? でも、茜さんですよ? こう、正直こんなに簡単に巧く行くとは思ってなかったと言いましょうか……」

 そう言って、遠い目をして。



「……なんとなく、手の掛かる妹に先に片付かれた感があると言いましょうか……」



「……」

「……なにか言ってくださいません?」

「……なんも言えねえ」

「……そもそも、浩之さんが……いえ、これは辞めましょう。完全に負け惜しみですし、自分の都合で他者を祝福できないというのは人として最低の部類ですからね」

 そう言って小さくため息を漏らす明美。その……なんか申し訳ない。あ、いや、だからって桐生との仲をどうこうするつもりはこれっぽちも無いけどさ?

「……へぇ。東九条明美さんは今、フリーなのかい? これほど美しい方に決まった相手がいないとは……なんと勿体ない!!」

 と、そんな俺たちの会話に入り込んでくる声が。

「……居たのかよ、英知院」

「居たさ! いや、良い物を見させてもらったよ! 若い二人がこれから幸せになれるシーンはやはり、いつ見ても良いね!」

 白い歯をキラリと輝かせて親指を上げて見せる英知院。

「……お前、茜の事好きだとかなんだとか言ってなかったか? フラれたらチャンス、とも」

「言ってたね!」

「……んじゃ良いのかよ? お前、チャンス潰されたって事だぞ?」

 まあ、こいつの『好き』とか軽そうだから、そこまで真剣じゃ無かったのもあるんだろうけど……

「ちょっと『摘まみ食い』程度に妹に手を出そうとしてたのかよ、お前?」

 まあ、あんまり面白くねーよな?

「まさか! 茜さんがボクを受け入れてくれるのであれば本気で結婚まで考えていましたよ、お義兄さん!」

「お義兄さん言うな!!」

「ははは! そうだね、もう君がボクの義兄になる事は無さそうだしね!」

 そう言ってウインク。やめろ、気持ち悪い。

「まあ、残念だけど仕方無いさ。茜さんとボクには縁が無かったんだろう。女性は星の数ほどいるというけど、手が届かなかったという事だよ」

「良いのかよ、それで?」

「仕方ないさ。他の人の物にまで手を伸ばそうとも思っていないしね」

 そう言って肩を竦め、そのまま視線を明美に向けて。



「それで……どうだい、東九条明美さん! ボクとステディな関係になりませんか?」



「あ、無理です。フラれて直ぐに他の女性に声を掛ける様な軽薄な殿方とはお付き合いは出来ませんから」

 軽蔑し切った表情を浮かべる明美に、何がおかしいのか英知院は面白そうに大口を開けて笑う。

「まあ、そうだろうね。流石に早計だったかな?」

「安心して下さいな。早計でも早計で無くても、私が金輪際貴方と深い関係になる事はありませんから」

「これは手厳しい」

 肩を竦めてもう一度笑い、英知院は背中を向けて手をひらひらさせる。

「それでは今日の所はこの辺で失礼しようかな? これ以上此処に居たら、ボクの評判が落ちそうだし」

「……お前、結構俺らの中での評判下だぞ? これ以上落ちる事ないぐらい」

「なるほど、そんなに下、と……では、後は上がるだけ、と!」

「ポジティブか!」

 どんな思考回路だ、コイツ。そう思う俺にもう一度『それじゃ』と手を振って英知院は去って行った。嵐みたいな奴だったな。

「……凄いわね、英知院さん」

「憧れはしないけどな」

「それは私もよ」

「そうですね。あのような人だったとは……これから、東九条関係のパーティーは出入り禁止にするようにお父様に言わないと……」

「……それが良いかもな。さ、英知院はともかく、俺らも早くずらかろうぜ。このまま此処に居たら見つかって――」



「――へえ? 誰に見つかるって?」



「――誰にって、決まってるだろ? そんなのあ……か……ね?」


 後ろから聞こえる声に、恐る恐るそっちを振り向いて。



「――いい趣味してるね~、おにぃ? 明美ちゃんも、彩音さんもなんて……神様に祈る準備は出来たかしら、北大路?」


「なんで俺だけあの世行きやねん!!」


 仁王立ちの茜と、茜の言葉に突っ込みを入れる北大路の声が響いた。ひ、ひぃ! おい、秀明!! お前、彼氏だろう! この狂犬止めろ!! トップブリーダーとして!!



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― 新着の感想 ―
[一言] しかし…ラヴ警察は張り込みが下手ですね(笑)
[良い点] 英知院さん、軽いし節操ないけど、悪意がなくてある意味正々堂々としてるから憎めないわ。 桐生さん忘れてたのは如何かと思うけどw
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