えくすとら! その百三 三回はフる。だって――
秀明の告白に茜は息を呑み、口元に手を当てて目を見開く。その眼に徐々に涙が溜まっていき、そうして首を振る。
「……ごめんなさい」
横に。茜の瞳から涙が零れ、首の動きと連動する様に左右に散った。
「……理由は?」
そんな茜の目元の涙を人差し指の背で拭いながら問いかける秀明に、茜はおずおずと口を開く。
「……私は……我儘だし……ズルいもん。秀明に相応しくない」
茜の言葉に、秀明が目を見開いた。
「……お前」
「……なに?」
「いや……」
一息。
「……我儘だって自覚あったんだな、お前」
驚きを露わにする秀明に、茜のじとーっとした視線が突き刺さる。その視線に居心地悪そうに秀明が視線を逸らした。
「……な、なんだよ?」
「……真面目な話をしてるんだけど、私?」
「いや、俺だって別に不真面目に――拳を握り込むな!!」
はーっと自らの拳骨に息を吹きかける茜に慌てた様にそう言う秀明。そんな秀明にジト目をして見せた後、茜は小さくため息を吐く。
「……まあ、私だって我儘な自覚は有ったわよ。でも……貴方、私に甘いから……ついつい甘えちゃうんだもん。秀明なら許してくれるって、そう思って……そんなの、駄目になるから」
「……お前が、か? それなら少しは厳しくして――」
「違う」
言いかけた秀明を手で制し。
「駄目になるのは、貴方。秀明がきっと、駄目になるから」
「……俺?」
「貴方は甘いし、優しいもん。だからきっと、彼女になった人間を甘やかしてくれる。そういうヤツじゃん」
「……そうか?」
「そうだよ。秀明はきっと、私が彼女になったら私の事を大事にしてくれると思う。それ自体は凄く嬉しいけど……きっと、私はそんな秀明に甘えた倒すと思うもの」
「……それって駄目か? 浩之さんも、藤田先輩――ああ、地元の先輩な? その二人も彼女にはだいぶ甘いと思うぞ?」
「駄目じゃないと思う。良い事だと、そうも思う。でもさ? その……」
言いかけて、口を噤み、それでもおそるおそると。
「――私は、秀明の側に居ないじゃん。だから……その、す、すごく……寂しいもん……」
顔を真っ赤にして、チラチラと秀明を見る茜。
「……東九条君」
「……なに?」
「なにあの可愛いイキモノ」
「……知らん。俺の知ってる妹じゃない」
いや……まあ、うん。茜は見た目は可愛い方だと……身内の贔屓目抜きでも思うけど……
「……狂犬だぞ、あいつ」
「……そうは見えないけど」
ちらりと視線を俺の隣の――隣で振るえる指で茜を指しながら口をパクパクさせている明美に向ける。
「……明美」
「……脳が腐りますわね。え? あれ、誰ですか? 私の知ってる茜さんじゃないんですが。偽者ですかね?」
「……酷い」
いや、まあ分からんでも無いが。お前は狂犬だろうが、茜!!
「……貴方達……」
そんな俺らに冷たい視線を向けた後、桐生は再び視線を秀明と茜に戻す。
「……おま……え、ええ? な、なんだよそれ! おま、そんなキャラじゃねーだろうが!」
「う、煩いわね! わ、私だって変なの分かってるわよ! で、でも、も、もしよ? もし、秀明の、そ、そのか、彼女になったら……き、きっと私、我慢とか出来そうに無いもん……」
「あ、え……っと……そ、その……う、嬉しいんだけど……」
「……たぶん、私は秀明に甘える。流石に毎日逢いたいなんて言わないと思うけど……で、でも、土日ぐらいは一緒に遊びたいとか思うもん。が、我慢するつもりだけど……でも、やっぱり寂しいから……」
「……まあ、毎週は厳しいかもな。俺も部活あるし」
「でしょ? そりゃ、今はテレビ電話とかあるけど……でも、やっぱり逢いたいし」
そう言って苦笑を一つ。
「……私は我儘だから。貴方がバスケを頑張っているのも知っている。そのバスケを頑張って欲しいとも思ってる。でも……それと同じくらい、私はバスケなんか放って私と一緒に居て欲しいとも思ってる」
「……」
「……そして、貴方は馬鹿みたいに優しいから……私がそう言えば、それをかなえてくれようとすると、思う。そんな貴方が、邪魔をしたくないと思う私にはたまらなく、嬉しい」
でも、と。
「……それは秀明に負荷がかかり過ぎる。秀明が……駄目になる」
そう言って俯く茜。そんな茜に、秀明は盛大にため息を吐いて。
「……月に一度」
「……え?」
「月に一度、でどうだ? 休みはあるし……俺、京都まで来るからさ? 月に一度くらいは休みもあるし……」
「で、でも……それだって秀明の迷惑になるじゃん! 交通費だって馬鹿にならないし!」
「まあ、そこはバイトでもしてだな?」
「……」
「……」
「……やっぱり秀明は優しいじゃん。そうやって、私が寂しいって言ったら逢いに来てくれようとする。そして」
私は、『ズルいから』と。
「――きっと、秀明ならそう言ってくれるって……望んでいる。望んでいて、敢えて、こういう言い方をする。秀明に、『甘やかしてあげる』って、お前が『大事だ』って……そう、言って貰いたいから」
「……」
「……そんなズルい私には、きっと秀明は勿体ない」
「……」
「……」
「……そんな事ねーよ、って言った方が良いか? 『ズルい』お前的には」
「……どうだろう? これは結構本音かも。だって……私は智美ちゃんとは違うから」
「……」
「……」
「……まあ……なんだ? これは今更俺が言っても説得力が無いかも知れんが」
そう言って秀明はポリポリと頭を掻く。
「その……俺が、まあ、なんだ? 智美さん――智美ちゃんの事が好きだったのは事実だ。これはお前に失礼だろうから誤魔化さずに、ちゃんと、こう……女性として、好きだった」
「……うん、知ってる」
「んで、まあ……こう、アレだ。ええっと……ああ、もう! ともかく、ちゃんとフラれたワケだ。そんでだな? こう、フラれて、浩之さんに『茜、優良物件じゃね?』って言われて、こう……意識した訳で」
「……うん」
「で、でもな? 流石にそれは失礼じゃないかって思ったんだよな? だって、そうだろう? 自分で言うのもなんだけど、なんだ? 初恋拗らせてただろ、俺? なのに、こう、フラれて、勧められたからって簡単に茜の事を、その……好きって言うのも何か違うかなって」
「……」
「でも、こう、茜の事は可愛いとは思ってるし、性格だって……合うつうか……ともかく、そんな感じでワケ分かんない感じになってたけどさ? でも思ったんだよな」
「……なにを?」
「さっきの英知院さん」
「英知院さん?」
「ああ」
そう言って秀明はじっと茜をみつめて。
「あれ見たら……なんか、ムカついた。茜に声掛ける男が居るのが……すげー嫌だった」
「あ……」
「……なんかさ? こう、すげー軽い男って思われそうで嫌なんだけど」
「……思う訳無いじゃん。ずっと智美ちゃんに……脈が無いのに、それでも一途で好きだった秀明を知っているもん」
「脈が無いは酷くね? ま、事実だけどよ?」
苦笑を一つ。
「――お前を甘やかす? 馬鹿言うな。俺が、誰にもお前を渡したくねーんだよ。智美ちゃんの代わりなんかじゃねーぞ? 俺は……東九条茜が、好きだ」
だから、と。
「改めて言うぞ? 茜……好きだ。俺と付き合ってくれ」
秀明の言葉に、茜は息を呑み――それでも、目に一杯涙をためたまま、笑顔を浮かべて。
「――嫌だよ」
「……智美ちゃんか?」
「ばーか。そんな訳無いじゃん。秀明が智美ちゃんが大好きだった事は知ってるもん。私が智美ちゃんほど愛されてない事も知ってる」
「そんな事は……その……ええっと……」
「……ほんと、バカ。そういう時は嘘でも『そんな事ない』って言えば良いのに」
「……お前に嘘をつきたくねーよ」
「うん、しってる。ほんと、狂おしいほどに、愛しいほどのおバカ」
にっこりと、笑顔を浮かべて。
「だからね? そんなおバカには絶対、私から言うって決めてたの! 貴方に告白されるのも嬉しいけど……でもね? 私が、貴方に告白したかったの。一回目は、意趣返し、二回目は私には勿体ない、それでも秀明がもし、三回告白してくれたなら……三回目は絶対に断って、言ってやろうと思ってたんだ」
――大好き、と。
「――秀明、大好き。ほんとに好き。朝から晩まで、アンタの事を考えるぐらい、本当に大好き。智美ちゃんなんて、絶対に忘れさせてあげるから。だから――秀明、お願い」
――私を……『茜』を、秀明の彼女にしてください、と。
「……お前、やっぱり男前だよな? こういうのって、普通は男から言うものだろ?」
「何言ってんのよ? こういうのはホレた方から言うものなのよ!」
腕を広げる秀明の胸に飛び込みながら、茜は幸せそうに秀明の胸に顔を埋めた。
二章ぐらいから考えていた『三回フる』をようやく回収。これからは『あまあま』だぜ!




