第二十話 桐生彩音は餌付けがしたい……訳でも無いけど、手料理は振舞ってみたいらしい。
「……ふわぁ。良く寝た……って、もう昼じゃねーか。腹減った」
散々な昨日――まあ、映画までは良かったんだが、その後だよ。あいつら、図書館で散々二人でお勧めの本を紹介しあって、騒ぐだけ騒いだ後、俺に各々十冊ずつ本を借りやがりやがった。何を結束したのか『持て!』と渡され、桐生と俺が生活する予定であるマンション経由で涼子の家まで荷物運びだ。本二十冊って結構重いんだけどな? 腕が千切れるかと思ったぞ。
「……なんか食うものあったっけ?」
取り敢えず昼飯を食ったら荷作りだな。と言っても精々服とか靴ぐらいか? 家具一式あっちにあるし……何かいるものがあるか? ま、もし足りないものがありゃ取りに帰ればいいか。そんなに遠い所って訳でもないし。
「……ん?」
机の上に置いてあるスマホがブルブルと震える。ディスプレイを見ると、そこには昨日俺に過酷な労働を強いた片割れの名前が映し出されていた。
「もしもし?」
『もしもし、私よ』
「私私詐欺?」
『ディスプレイに名前が出るでしょうに。桐生よ』
「分かってるよ。どうした?」
『今日、何時頃あちらに向かうのかと思ってね』
「あー……まあ、六時くらいに行く予定かな。荷造りまだだし」
『荷造り、まだ終わって無いの? そんな事で間に合う?』
「俺の荷物自体は服とか靴とかの日用品だからな。それに、無茶苦茶遠い訳でもねーし。必要なものが届き次第取りに帰る予定かな?」
『そう……まあ、それも賢明な判断かもね。別に一度で全てを運ばなくても良いワケだし』
「そうそう。そもそも、昨日は大荷物持たされたからな。腕も痛いし、いっぱいは運べない」
『軟弱ね』
「お前、本を二十冊って結構な量だぞ? 重量、結構あるし」
図書館の人が気を利かせて紙袋貸してくれたけど……紙袋の底、破けそうだったしな。しかもハードカーバーの本とか借りやがるから重い重い。
『……そうね。少し、申し訳ないと思うわ。ただ、助かったのは事実よ? あの量を持って帰るのは私では少ししんどいから』
「あれ、全部読むの?」
『当たり前じゃない。じゃなかったら借りないわ』
「……涼子といいお前といい、凄い読書量だよな? 純粋に尊敬するわ」
『まあ、読書は趣味だからね。良い趣味よ、読書。貴方もすれば?』
「確かに高尚な感じはするな」
『そうじゃないわ。図書館利用すればそれほどお金も掛からないし、動き回る事はしないからお腹も空かない。適度に時間も潰せるから無駄遣いしないで済むし、経済的じゃない?』
「……」
そういう意味で読書が趣味なのかよ、おい。
『もちろん、知識欲が満たされるというのも理由よ?』
「とって付けた感が酷いんだけど」
なんかいきなり高尚でもなんでもない趣味になったな、読書。
『まあ、別に高尚である必要も無いとは思うけどね。色んな理由で、私は読書が好きなのよ』
「まあな」
趣味なんか人それぞれ。その趣味に対するスタンスも人それぞれで良い気はするな、確かに。
「そんで? なんか用事でもあったのか?」
『ああ、すっかり忘れてた。晩御飯、どうするかなって』
「あー……まあ、六時なら微妙な時間だわな」
家で飯食うには早すぎるし、かといって作るのも面倒くさいな。
「どうする? デリバリーでも取るか? それともコンビニ弁当で良ければ買って行くけど」
『いえ、その必要は無いわ』
「無いの?」
飯食って来るって事か? それじゃ俺は――
『――私が、作るから!』
――……。
「……いや、なんで?」
『昨日のお礼よ。本を運んで貰った』
「本を運んだ上にポイズンクッキングってどんな罰ゲームだよ。なんだ? やっぱりお前、俺の事嫌いなのか?」
『……少なくとも今ので好感度が下がったわね。なによ、ポイズンクッキングって』
「こないだの包丁の持ち方見たら分かるに決まってるだろうが。あのレベルで人様に手料理振舞えると思ってんの、お前?」
『失礼ね。誰だって最初は初心者でしょ?』
「初心者だって流石に包丁の持ち方ぐらいは分かんだろう」
調理実習とか無かったのかよ、マジで。
『安心しなさい。私は私に出来る料理を練習したの。実は、披露したくてウズウズしていた所もあるわ』
「……」
『……ちょっと、なんで黙るの?』
「古今東西、料理下手なヤツが自信満々で披露した料理は失敗作って相場が決まってんだよ」
『どこの相場よ、ソレ。知らないわよ、私は』
主にアニメや漫画界隈の相場だな。
『大丈夫よ。流石に私も人に振舞う手料理で失敗作は出さないわよ。ちゃんと練習したし』
「いや、練習したからって……ちなみに、味見はしたのか?」
『失礼ね。味見もしたし、お父様も『美味しい!』って太鼓判押したわ』
「……」
桐生の親父さんって『あの』親父さんだろ? 娘ラブな人だろうし、例え白目剥いても美味いって言いそうで信頼度は限りなくゼロに近いんだが。
『大丈夫よ、そんなに心配しなくても。ちゃんとお米も炊いておくわ』
「洗濯機で洗わない?」
『洗わないわよ。当然、洗剤でも。ちゃんと優しく洗うし、水に三十分ほどつけてから炊くわ。もちろん、冷蔵庫で冷やした冷水を使うから心配しないで?』
「……は? 水に三十分?」
『水にしっかり浸けた方がお米の芯まで水分を含ませることが出来るから、炊きあがりがふっくらするでしょ?』
「……冷蔵庫で冷やした冷水は?」
『引き締まって食感が良くなるじゃない。冷水で炊くと』
「……そうなの?」
知らんかった。マジか。
『家で何度か練習もしたわ。驚いたわよ。お米って炊き方一つであんなに味が変わるのね? 私も家の家政婦さんに聞いて初めて知ったわ。凄いわね』
「いや、確かに米は炊き方で味も変わるんだが……え、マジで?」
だってコイツ、ほんの一週間前まで洗濯機で米洗おうとしてたし、包丁に至っては猟奇殺人者みたいな感じだったんだぞ?
「……勉強したんだな」
『貴方が言ったんでしょ? 出来ないより出来た方が良いって』
なんでもない風にそんな事を言うが……それ、結構な努力だろ。
「……お前、すげーな。いや、凄いのは分かってたが」
『……まあ、貴方の言う通り、やっぱりお金も掛かるしね。幾ら使っても構わないとお父様には言われてるけど、流石に無尽蔵にお金を使うのも少しばかり気も遣うし』
「お嬢様の言葉とは思えないな」
『あら? 貴方は高笑いしながら湯水の様にお金を使う方が好み?』
「いや、そんな事はねーけど。っていうか、別に良いんじゃねーか、好みじゃなくても。金と体の関係だろ?」
『……間違ってはいないけど言い方が酷いわね』
「……俺も言った後、『あ、これはない』って思った。な? やっぱり大事だろ、言い方って」
『……そうね。少しは言い方も考えた方が……『雅』かしら』
「別に雅って訳でもねーけどな。ま、とりあえず了解だ。六時に行けばいいのか?」
『そうね。それぐらいには出来上がる様に作っておくわ』
「胃薬は?」
『不要……と言いたいところだけど、万が一に備えて一応持参をお願いするわ。そう言えば、医薬品類全然買って無いわね』
「なんか買って行くか? 風邪薬とかひんやりシートぐらいはあった方が良くない?」
『そうね……それじゃ、風邪薬とひんやりシート、それと体温計をお願いするわ』
「風邪ひく気満々だな?」
『備えあれば憂いなし、よ。それじゃ六時に待っているから。楽しみにしておいて』
「分かった。遅れないように行くわ」
最後にそう言って電話を切る。なんだろう? 現金なモンで、『美少女の手料理』が待っていると思うと、少しだけ楽しみになって来た。遅れないように準備をしようと俺はタンスに手を掛けて。
「……あれ? 待てよ?」
……よく考えたら、米炊くのは炊飯器だよな?
「……料理の腕、関係なくね?」
確かに知識はついてるのだろうが、知識があれば上手くできる訳でも無いのが料理ってモンだ。
「…………大丈夫かよ、おい」
よぎる一抹の不安。余りに気軽に返答した自分の迂闊さを呪いながら、俺は肩を落としてタンスの引き出しを開けた。
……明日生きてるかな~、俺。
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