えくすとら! その九十三 強いて言うなら、悪いのは運
額に手を当てて『やれやれ』と言わんばかりの表情を見せる桐生。え、ええっと……
「……桐生は理由が分かるのか?」
「分かるかどうか、と言われたら絶対にとは言わないけど……まあ、理由ぐらい推測出来るわよ。というか……まあ、古川君や北大路君はともかく……東九条君には分かって欲しい所だけど?」
そう言ってジト目をこちらに向ける桐生。そんな桐生の視線に俺は黙って頭を下げた。
「……すまん、全然分からん」
「……東九条君はもうちょっと鋭い方かと思ってたんだけど。ともかく……茜さんが怒った理由なんて明白でしょ?」
「明白なの?」
首を捻る俺に桐生は『うん』と頷き。
「そんなの……古川君を馬鹿にされたからに決まってるじゃない」
「……馬鹿にされてたんですか、俺?」
桐生の台詞にきょとんとした表情を見せる秀明。そんな秀明に、桐生は少しだけ首を傾げて見せる。
「馬鹿にされる、って言うのとはちょっと違うけど……まあ、奇異な物を見る視線では見られていたんでしょう? 違う、北大路君?」
「あ、いや……まあ。そうですね。秀明、無茶苦茶浮いてましたもん」
「ね? だからまあ、隣にいる茜さんとしては面白くは無かったんでしょう。私だって色んなパーティーでそういう目で見られたり、こそこそ陰口を叩かれたり……直接言われたりもしたもん。そんなの、面白くないに決まってるでしょ?」
「……まあな」
「……怖い顔になってるわよ、東九条君」
……怖い顔になっていたか、俺? いやまあ、面白く無いとは思ったけどな。桐生がそんなパーティーで見世物になっていると思うと、腸が煮えくり返るぐらいに腹立たしいけど。
「……まあ、嬉しいんだけどね。私の代わりに怒ってくれる人が――大事にしてくれる人が居るって云うのは。コホン、ともかく……話を戻します。今言ったように、茜さんは古川君が珍獣を見る様な視線で見られるのが我慢ならなかった。だから、怒りを堪えながら……それでも我慢していたんでしょうね?」
「……分かるのか?」
「……だってあだ名が『狂犬』なんでしょう? 我慢出来なかったら会場で大暴れしてもっと騒ぎになっていたと思わない? その……駅前のナンパの撃退法とか今日のゲームセンター見る限り、暴力を厭う方じゃないと思うし……」
「……確かにな」
……まあ確かに。そう考えるとアイツ、ちゃんと『令嬢』してたんだな。いや、暴力を振るわないってだけで『ちゃんと令嬢』とか言うと他のちゃんとした令嬢に失礼なんだろうが。茜の令嬢のハードル、低すぎだろう。
「色々フラストレーションを溜めていた中で、北大路君が揶揄う様な事を古川君に言った。それで」
「……堪忍袋の緒が切れた、と」
「……他の人ならもうちょっと穏便に済ましたのかも知れないけど……ほら、北大路君とは知らない仲でも無いでしょう?」
「俺も逢ったのは――まあ、数年前に逢ってはいますが、認識したのは今日で初対面なんですけどね?」
そう言って北大路はため息を吐いた後、秀明に向き直る。
「なんや、えらい済まんかったな、秀明。俺のせいで茜さん、怒らせてしもうた」
「いや、北大路が気にする事じゃ無いよ。正直、助かったし……むしろこっちこそ茜が済まなかったな」
「そう言って貰うと……ほいでも、今の桐生さんの説明やったらやっぱり俺が悪いんですかね? デリカシーに欠けた発言だったかもしれへんですし……謝った方がええんでしょうか、東九条さん?」
視線を桐生に向けた後、俺に向ける北大路。
「あー……いや、謝る必要はねーよ。北大路は気を使ってくれたんだろう? 悪いのは茜……だけでも無い気もするけど……」
そう言ってちらりと視線を桐生に向けると、その視線に気付いた桐生がこくりと頷いて見せた。
「そうね。別に茜さんだけが、北大路君だけが悪い訳じゃないわ。むしろ丁度『ガス抜き』が出来て良かったかもしれないわね。あのままストレス溜め続けたら最後にどこかで爆発してたかもしれないし。そうなった方が東九条としては痛手でしょう?」
「……だな」
主催者の身内、それも結構血の近い身内がパーティー会場で大暴れ、なんてなった日には東九条家没落の危機かも知れん。大袈裟な話の気もせんでは無いが……まあ、そういう事もあり得るしな。
「しいて言うなら『運が悪かった』、これに尽きるんじゃないかしら? まあ、古川君のマナーが完璧ならこんなことは起こらなかった、と言えばその通りだけど……」
「流石に秀明にそんな事求められるか」
「でしょ? ならまあ、これは運が悪かったって事よ。だから北大路君が気にする事じゃないんじゃないかしら? 茜さんの八つ当たりみたいなものだしね」
そういう桐生に俺も頷く。そんな俺に、遠慮がちに秀明が手を挙げた。
「あの……一個質問、良いですかね?」
「何かしら?」
「総括すると……茜が怒ったのって俺が小馬鹿にされている……というか、まあマナーとかなって無くて、笑いものにされている事に怒った、みたいな認識で良いんですかね?」
「そうね。なに? 何か疑問点があるかしら?」
桐生の言葉に、秀明は首を捻り。
「……茜、そんな事で怒りますかね?」
「……どういう意味かしら?」
「いや……だって、茜ですよ? 『なーに、秀明? こんなことも知らないの? ぷぷぷ~、恥ずかしい! ほら、皆に笑われてるわよ?』ぐらい言いそうな気もするんですけど……」
そう言う秀明に、桐生は呆れた様な表情を見せる。そんな桐生の視線に、秀明は慌てた様に両手をわちゃわちゃと振って見せた。
「あ、い、いや! 確かに俺みたいなのが側に居て茜が恥ずかしかったって言うのなら分かりますよ? 分かりますけど、それでも普段の茜なら『ちょっと! 私に恥をかかせないでよね!』ぐらいは言いそうな――」
「……流石に茜さんが可哀想ね」
「――気が……って、え?」
きょとんとする秀明。そんな秀明に、桐生は再度大袈裟なため息を一つ吐いて。
「――そんなもの、怒る理由なんて一つでしょう? 古川君、貴方だって自分が慕う人――好きな人を悪く言われたら……冷静ではいられないでしょう?」
………………はい?




