えくすとら! その九十二 不機嫌の理由
不意に聞きなれた声に思わず桐生と二人で目を見合わせる。
「い、今のって……」
「……言うな。大体分かる」
あの声、絶対茜だ。俺はため息を吐きながら声の方に小走りに駆け寄る。と、直ぐ近く、パーティー会場から死角になっている一角で北大路の胸倉を掴み上げているきょうけ――じゃなかった、茜の姿を見つける。秀明はオロオロした様に周りを見回し、俺と目が合ってほっとした様な顔を浮かべて見せた。
「ひ、浩之さん! 助けて下さい!!」
心底困っていたのか、まるで縋りつく様な目でこちらを見やる秀明。そんな秀明に曖昧に頷き、俺は北大路の胸倉を掴んでいる茜の手を取る。
「……何があったらこうなるんだよ……取り敢えず茜、放せ。北大路、悪い。さっきも……今も」
「ひ、東九条さん!!」
北大路は北大路でこちらを見て『助かった!』っていう視線を向けて来る。そんな北大路にちらりと視線を向けて、茜はこちらを睨んでくる。
「……なに、おにい? 邪魔しないでよ」
挑戦的な視線を向けて来る茜に、今日、何度吐いたか分からないため息の中でも最も深いため息を吐いて見せる。
「……お前な? 此処、何処か分かってるのかよ? 東九条主催のパーティーだぞ? 主催者側に近いお前が、こんな事して良いと思っているのか? つうかな? そもそもパーティー云々じゃなくても、だ。こんな事して良い訳無いだろうが」
「……なによ? おにいまで『淑女っぽくない』とでも言いたいわけ? 安心して。此処はパティー会場の死角だから」
「……意外に冷静なんだな。いや、そうじゃなくて! 淑女云々以前に人としての話だよ」
なんだよ、機嫌が悪いと手が出るって。何時からそんな乱暴者に――は昔からだけど、今日のお前は色々沸点が低すぎんだろう?
「……ともかく、さっさと手を離せ」
「……」
「茜!」
「……っち」
面白く無さそうに視線を俺から外し、北大路の胸倉を掴んでいた手を離すと茜はスタスタと中庭に向かって歩き出す。
「茜! どこ行くんだよ!」
「頭冷やして来るの!!」
それだけ喋ると大股で歩き出す茜。その背を見送り――まあ、今は何言っても無駄だと思い、俺は北大路に視線を向けた。
「……悪いな、北大路。あいつ……今日、ちょっと機嫌が悪くて……後できちんと謝らせるから」
そういう俺に、少しだけバツの悪そうな顔を浮かべて見せる北大路。ん?
「あー……いや、その……済みません、東九条さん。今回、俺もちょっと悪い所があったって言うか……その、暴力はともかく、怒られるのはまあ、分からないでも無いというか……」
「……ん?」
え? なに? 北大路が茜を怒らせる様な事をしたの?
「……秀明、説明頼めるか?」
「あー……いや、その……俺も良く分からないんですけど……」
そう言って秀明は中空を見つめて思い出す様に言葉を紡ぐ。
「……会場に着いた当初はまあ……そんなに機嫌は悪くなかったんですよ。『さっきは御免、今日は楽しもう!』って笑顔で……だからまあ、俺もちょっと頑張ってエスコートしてたんですよ」
「……ふむ」
「それで……済みません、名前は憶えてないんですけど、どっかの女の子に『茜様のフィアンセですか?』って聞かれて……」
「……なんて答えんだよ、お前?」
「俺、経験も無いし、こういう場所での答え方とか分からないじゃ無いですか? そもそも、パートナーで来るってそこそこ親しいって事でしょ? そういう、なんか色々ややこしい事情があるんだと思ったから、曖昧に笑っていたんですよ」
……まあな。そもそも秀明に来て貰った理由だって、そういう所に由来もするし。
「……そしたら茜、急に不機嫌になって」
そう言って眉を八の字にして見せる秀明。そんな秀明の言葉を引き継ぐ用、北大路が言葉を継いだ。
「その……パーティー会場でちょっと噂になってたんですよ。『東九条の分家の令嬢が、何処の誰とも知れない男にエスコートされている』って」
「……」
「こういう場所での喋り方というか……まあ、色々『しきたり』みたいなん、あるやないですか? 秀明、そういうの全然出来てへんかったみたいで……そりゃ、秀明初めてやろうししゃーないんですけど……それがまあ、ちょっと目立って」
そう言う北大路に、びっくりした様な目を秀明は向ける。
「……そうなのか、北大路?」
「……お前、気付いてへんかったんか? 皆お前の方、ちらちら見てたやろ?」
「……全然」
「……大物か馬鹿か、どっちかやな、お前」
呆れた様にため息を吐く北大路だが……コイツ、バスケの名門校の聖上で一年からベンチ入りしているからな。当然試合会場では注目を集めるし……身長だって高くて顔だってイケてるから、街中でも視線を集めるだろう。つまり、注目されるのが当たり前の所謂『視線慣れ』しているから視線に気付かなかったと……そんな所だろう。まあ、こいつが鈍いのもあるが。
「……そんな訳で、秀明見る視線って……こう、好意的とは言われへんものやったんですよ」
「……東九条のパーティーでも、か」
「……別に、他の参加者庇う義理はないですけど……こういうパーティー会場やったら秀明、宇宙人みたいなもんですよ? そら目立ちますって。しかも、悪い方に」
……なるほどな。桐生もそう言う意味では『目立つ』存在だっただろうが……こいつはパーティー慣れもしてるし、作法も完璧だろう。秀明が宇宙人なら、日本人しかいないパーティーに紛れ込んだアメリカ人みたいな扱いなんだろう。目立つのは目立つが、悪目立ちはしない、って言う意味では。
「……んでまあ、知らん仲やないじゃないですか? 秀明が悪目立ちしてるのもあんまりエエ気分はせんですし……言うたらなんやけど、俺の家もそこそこ歴史ありますから、俺が話してたらちょっとは悪目立ち、防げるんやないかと思って声、掛けたんですけど……」
そう言ってちょっとばかり気まずそうに、北大路は口をもごもごさせた後、言葉を継ぐ。
「その……『おう、秀明! さっきぶりやな。まさかお前がおるとは思わへんかったわ。悪目立ち、しまくりやん!』って、ポンって肩を叩いて……」
「……うん。それで?」
「……そしたら、その……あ、茜さん? が、物凄い形相でこっちを睨んできて……まずっ! と思ったんですけど……そのまま『ちょっと裏来いや』って……」
「…………え?」
え?
「……え? なに? それで茜、あんなにブチ切れてたの? 北大路が声掛けただけなのに? なんで?」
「いや、なんでと言われても……俺の声の掛け方が気に入らんかったんちゃいますかね?」
「……そうなのか、秀明?」
「……いえ。正直、慣れない環境で緊張してたんで、北大路に声掛けられた時はほっとしてました。ぶっちゃけ、悪目立ちしてるとは思ってはいなかったんですけど……ただまあ、住む世界は違うな~とは思っていたんで……」
そう言って困り顔を浮かべる秀明……と、俺。え?
「……それでなんであんなに茜が怒ってるの?」
「……さあ?」
今の話を総合すると、慣れない秀明を気遣って声掛けてくれたって事だろ? それをなんであんなにキレる必要があんだよ?
「……キレやすい最近の若者?」
「一個しか違わないんですけど……アレですかね? 実は機嫌、治って無かったとかですかね?」
二人して首を捻る。そんな俺らに、ため息が聞こえて来た。
「……はぁ。貴方達ね? 本気で言ってるの?」
呆れた様にこちらを見て、もう一度『はぁ』とため息を吐く桐生。え、ええっと……なに? 理由分かんの、桐生?




