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えくすとら! その九十一 愉快と厄介


 宝田さんと別れた俺らは、明美に連れられる様にパーティー会場を右へ、左へ大忙しだった。東九条主催のパーティー、主催者の娘とその分家の息子のコンビはパーティー内でもホスト側に近い立場の為、ひっきりなしに挨拶に来られたり、挨拶をしたりする立場だからだ。まあ……来る人来る人、『ああ、貴方が浩之様ですか! 明美様、良かったですね~』みたいななんとももにょっとする言葉を掛けながら生温かな目を俺と明美に向けて来るのが気にはなるが……何言ってたんだよ、明美。今までのパーティーで。

「……ふう」

「お疲れ様です、浩之さん。どうですか、久しぶりのパーティーは」

「すげー疲れた。昔からこんなだったっけ? なんか旨い料理を一杯食べれる場所、ってイメージだったんだけど……」

 今日の俺、本当に軽く摘まんだだけで全然料理喰って無いし。こんなにあっちこっちに挨拶して回ったっけ? そんな俺に、明美が苦笑を浮かべて見せる。

「それは私達が幼かったからですわ。普通、パーティーで出された料理をがっついて食べるのはみっともない行為ですし」

「……そうなの? なんか勿体ない気がするんだが」

 まだまだ結構な料理があんのに、皆手を付けないの? え? これ廃棄行き? 勿体ない……

「……タッパに詰めて持って帰ろうとしないで下さいね?」

「……駄目か? 東九条主催のパーティーなんだし、こう、その辺融通利かない?」

「東九条が恥を掻きますので。まあ、お気持ちは分からないでは無いですが……『こういう物』と納得してください。これもまた、経済を回す一つですので」

「……国の偉い人とかこういうパーティー沢山してるんだろうな~」

「……持続可能な社会、という意義からは著しく外れていますが……まあ、言っている事とやっている事が違うのは政治家のお家芸みたいなものですので」

「世知辛い世の中だ」

 肩を竦めて明美から離れる。そんな俺に、明美が不満そうに声を掛けた。

「……パートナーを置いてどちらに行くおつもりですか? ご一緒しますよ?」

「レコーディングだ、レコーディング。まさかお前、男子トイレまで付いてくるつもりか?」

「レコ―ディーング……ああ、『音入れ(おトイレ)』ですか。分かりました。それではこちらで待っておりますので。ちゃんと、手を洗って下さいね?」

「子供か俺は。まあ、ちょっと行ってくる」

 そう言って明美はすっと俺から離れると壁に背を預ける様にして胸の前で小さく手を振る。そんな明美に片手を挙げて俺は男子トイレへ。食い物は食って無いんだけど、緊張からか喉が渇いて結構ノンアルのカクテル飲んだからな。

「……ふう」

 用を足して手を洗ってトイレを出る。と、たまたまトイレまでばったり桐生と出くわした。

「……よう」

「あ、東九条君……よう」

 俺の言葉に、同じように返して小さく手を上げて見せる桐生。なんとなく、御機嫌っぽい所を見ると首尾は上々って感じか?

「簡単に言わないでくれる? 輝久様は物凄く紳士な方だけど……やっぱり東九条本家の御当主よね? こう……圧というか……存在感が凄いのよ」

「……そうか?」

 あの人、此処に来る前正座させられて怒られてたんだぞ? それが無くても気のいいおっさんなイメージなんだけど……

「……ピンと来ていない感じね? まあ、オンとオフをきちんと分けられる方なのでしょう。家ではあんな感じではないのでしょうね」

「仕事モード……というか、外部の人と会話している輝久おじさん見た事ないってのもあるからな」

「一度見て置いて欲しいわ」

「後学の為にか?」

 俺の言葉にはっと顔を上げて俺を見た後、気まずそうに顔を逸らす桐生。

「……そうね。東九条程ではないにしろ、桐生だってパーティーを主催もするし、お呼ばれする事もあるわ」

 なんとなく言い難そうにそう言う桐生に苦笑を浮かべ、ポンっと頭に手を乗せる。

「何気にしてんだよ?」

「その……ウチの都合を押し付けちゃうなって」

「桐生の都合は『俺』の都合でもあるだろうが?」

「……東九条君……」

 頭に乗せた手に自身の手を重ねて嬉しそうに笑う桐生。そんな桐生に笑顔を返すと、桐生は照れくそうに顔を背けた。

「その……さっきね? 梢様にご挨拶したの」

「梢様? 梢様って……ああ、宝田さん?」

「そう。宝田建設の御令嬢なんだけど……梢様ね? 『彩音様、頼もしいパートナーがおられますのね? 貴方を守ろうと必死でしたよ?』って……」

「あの人……」

「『やはり殿方に守って頂くのは嬉しいものですよね?』って。その……散々、貴方に守って貰うだけは嫌って言っておいてなんだけど……その、そう梢様に言われて凄く嬉しくて……」

「……そうかい。そりゃ……まあ、良かった」

 なんとなく、照れ臭い。そんな俺に笑顔を浮かべて桐生は続ける。

「それで、梢様が色んな方を紹介して下さって……皆様、優しく接して下さって。私ね? パーティーでこんなに笑顔になったの初めて! 凄く……凄く、楽しいの!」

「……そっか」

「うん! 流石、東九条のパーティーだって! もうちょっと嫌味とか言われるのかなって思ったけど……人間出来てる人が多いもん!」

 まあ、輝久おじさんとかもそういう『成金』とか見下すの嫌いな人だからな。類は友を呼ぶじゃ無いけど、そういう人が集まって来るんだろう。そう思い楽しそうな桐生を見やると……あれ? なんか不満そう?

「……どした?」

「……楽しいんだけど……梢様が東九条君の事褒めるからさ? こう……皆、興味持って」

「……物好きな」

「物好きじゃないよ! だって……ひ、東九条君、格好いいし……」

「……贔屓の引き倒しって知ってるか? まあ、お前にそう言って貰って嬉しく無い訳じゃ無いけど……」

「だから……綺麗なご令嬢、沢山いるけど……」


 浮気しちゃ、駄目だよ? と。


「……しねーよ。俺にはお前が居るからさ」

 もう一度、ポンポンと頭を撫でると桐生の眼がまるで猫の様に細くなって。




「――もう一遍言ってみろ。あん?」




「ひぃ! せやから暴力反対やって言ってるやん! 秀明!! 止めろ!!」


 その眼が大きく見開かれる。ああ……もう、なんだ。厄介ごとの予感しかしないよ……



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