えくすとら! その八十八 肉食獣の集い
ホテル内のパーティー会場は全体的に暗めのライトで照らされ、パーティー会場の中央にはドでかいDJブースが用意されており、キャップを斜めに被ったDJが最近の流行りの曲をガンガンに回していた。
……まあ、そんなことはある訳なく、普通の立食パーティーの形式です。上品そうなスーツやドレスに身を包んだ紳士淑女の皆様が控えめに、でも賑やかに談笑している。
「……なるほど、こういうパーティーか」
「……当たり前でしょう。それは違う『パーティー』です」
「……なんで分かったの? 俺が想像するパーティー」
「そんな表情をしていましたから。普通に考えて東九条主催のパーティーでそんなパーティーをすると思いますか?」
「いや、全く思わんね」
そんなパーティーを輝久おじさんが主催したら頭を強く打ったと思うね。主に、明香さんの一発で。
「まあ……浩之さんが望めばそういうパーティーも出来ますよ? 条件はとっても簡単、今、貴方の腕に抱き着いている美しい淑女を伴侶として迎えるだけです。資金面では融通しましょう」
「……自分で美しいとか言うな」
「ふふふ。良いでしょう、別に? 美しくありませんか?」
「一般的には美人だと思う」
「主観で? 客観で?」
「両方で。美人は美人だしな、お前」
「……」
「……なに? その微妙な顔」
「いえ……浩之さんの初恋相手の教育も微妙だな、と。褒めて貰えるのは嬉しいですが、もう少しこう、照れて貰えるのも楽しいものですが……」
「そんなの今更俺に求めるなよな? 知ってるだろう、幼馴染」
「……まあ、そうですわね。確かに浩之さんに今更そういう繊細な機微を求めるのは難しいかも知れませんわね」
そう言って苦笑を浮かべる明美。と、そんな明美に遠慮がちに声を掛けて来た人が居た。肩までの黒髪に淡いピンクの着物を着た少女だ。小柄な可愛らしい見た目で、年齢は……俺らよりちょっと下、中学生くらいか?
「……お話し中、申し訳御座いません。明美様、お久しぶりです」
「まあ、梢様! お久しぶりです。息災ですか?」
「ええ、お陰様で。楽しく談笑中の所申し訳無かったのですが……お誘いして頂いたご挨拶だけでも、と思いまして」
「いえいえ。こちらこそ、お呼びたてして申し訳御座いません。楽しんで頂けたら幸いですわ」
にこやかにそう微笑む明美に、『梢』と呼ばれた少女もにこやかに微笑み返す。その後、ちらりとこちらに視線を向けた。その視線は所謂『値踏み』する様な視線とは一線を画し、でも興味津々を絵に描いた様な視線だった。まあ、値踏みする視線ほど気分は悪くはならんが、それだけ興味津々だと若干居心地は悪い。
「それで……不躾な質問で申し訳御座いませんが、明美様? そちらの方は?」
「ああ、紹介が遅れました。こちらは東九条浩之、東九条の分家の一人息子です。今回、エスコート役を頼みました。浩之さん? こちら、宝田梢様。宝田家の御令嬢で、東九条とは親しくしていただいているお家の御令嬢です」
明美にそう言われ、俺は『東九条浩之です』と頭を下げる。『こちらこそ』と返答が返って来るかな? と思った俺だが、なんの反応も無い事をいぶかしんで顔を上げると、そこには驚愕の色を浮かべる宝田さんの姿があった。へ?
「えっと……宝田……さん? 様?」
「梢様? どうなさいましたか、その様なお顔をされて」
明美の言葉に、『はっ』としたような表情を浮かべて宝田さんは勢いよく頭を下げる。
「も、申し訳ございません、東九条様。わたくし、宝田梢と申します。その、少し驚いてしまいまして……」
「驚く?」
「ええ……だって、東九条浩之様と言えば……『あの』東九条浩之様でしょう?」
「……どの?」
なに? 俺って有名人なの? 人違いじゃないの? そう思う俺に、宝田さんはポツリと。
「――『東九条の秘蔵っ子』の、東九条浩之様」
「……なに、その中二病満載の二つ名」
なんだよ、『東九条の秘蔵っ子』って。恥ずかしすぎるんだが!!
「い、いえ、だって東九条様、御当主である輝久様の従兄弟にあたる、輝之様のご子息でしょう!? 東九条の分家筋の中でも家格が高いのに全くこういうパーティーに参加されてないと評判で……わたくしの父など、『輝久様もお人が悪い。あれほど浩之君を褒めるのに、全くこういう社交界に参加させようとしない。余程、手元で大事に育てているのだろう。どれだけ、誰かの手籠めにされるのを恐れているのか』って……」
「……手籠めって」
女子か。俺は女子かなんかか? つうか、御令嬢の集うパーティーで手籠めにされる恐れがあるのか。どんだけ肉食獣の集まりだよ、おい。
「……それに、明美様も褒めてらっしゃっていましたものね? 『浩之さんはこういう場所、あまり好きでは無いですので。ですが、一度でもパーティーに参加すればきっと皆さま、浩之さんの魅力に惚れこみますよ』って」
「……ハードルの上がり方が半端ない」
ジロリと明美を睨むとペロッと舌を出して見せる明美。おい……お前、悪いと思って無いな?
「嘘はついてないですもーん」
「良くもまあ、そんな大口叩けるな?」
「魅力的ですよ、浩之さん?」
「そういうのは贔屓の引き倒しって言うの」
「そんな事ありません! そう思いますよね、梢様!!」
掛かり気味の明美に、宝田さんは苦笑を浮かべて見せる。
「本日初対面ですので、わたくしには東九条様の魅力は分かりかねますが……非常に、素晴らしいお方なのでしょう。他ならぬ、明美様がそこまで仰るなら」
……おお。素晴らしい対応だな。肯定も否定もせず、さらっと流すとは……
「……若いのにしっかりしてますね? 見習えよ、明美」
そう言って明美に視線を向ける。と、何故か焦った様な明美の表情が目に入った。なに?
「……若い、ですか? 誰がです?」
そんな明美の表情に気を取られるてると、横から声が掛かる。宝田さんだ。
「え? え、ええっと……宝田さんが、ですけど……」
「……ちなみに東九条様はおいくつですか?」
「お、俺ですか? えっと……十七ですけど……」
俺の言葉ににっこり笑って。
「二十歳です」
「……はい?」
「わたくし、今年二十歳になる大学二年生です。そして……わたくしがこの世で一番嫌いなのが」
がしっと俺のネクタイを掴んで笑って――目は全然、笑ってなくて。
「――年下に見た目で『若いですね』って言われる事なんですよね? あんまり舐めた口をきいていると……奥歯、ガタガタ言わせますよ?」
ひぃ!? あ、明美!? なに、このご令嬢!? 無茶苦茶好戦的なんですけど!!
「……宝田家は室町時代中期から続く宮大工の家系で、現在は『宝田建設』というゼネコンを為されています。その……どちらかと言えば職人気質の高いお家ですので、こう……」
言い難そうに喋る明美の言葉を引き取る様に。
「――宝田家の家訓は『舐められたら、舐めた事を後悔するぐらいに叩け』ですので」
そう、宝田さんは言った。いや、別に舐めては無いんですけど……あれ? 茜といい、桐生といい、マジでこのパーティー、肉食獣の集まりなの?




