えくすとら! その八十五 それは結構なプレミ
玄関先でわーわー騒ぐ二人に少しばかりウンザリした表情を浮かべていると、『バーン!!』とドアの開く音が家の中に響いた。騒いでいた二人も急な大音に驚きピタリと口を閉じると、各々こちらに視線を向けて来た。
「……浩之? なに、今の?」
「いや、俺に聞かれても……明美?」
「私に聞かれてもです。音からするとドアを開けた音だと思いますが……」
三者三様、首を捻っていると答えは直ぐに分かった。廊下の向こうからドンドンと足音を響かせた音の主が現れた。
「……何怒ってるの、お前?」
「は? 私が怒ってる? 何処見てんのよ、おにい。ちゃんと目が付いているの? 怒ってないわよ、別にっ!!」
「いや、お前、それが怒ってるって……」
「怒ってない! というより彩音さん、さっきぶりですね? 今日はよろしくお願いします!」
そう言ってにっこりと笑って見せる茜。いや、茜? 目が笑ってないんだけど……
「……ねえ、浩之? 『さっきぶり』よね? 『殺気ぶり』とかじゃないわよね?」
「そうだと思う……多分」
「っていうか、なんであんなに茜さん、怒っているのかしら? 貴方、何かしたの?」
何したんだよ、と言わんばかりの彩音の視線に俺は慌てて首を左右に振る。い、いや、俺は別に何もしてないよ! 必死に冤罪を回避しようと首を横に振っていると、廊下の向こうから疲れた様な表情を浮かべた秀明が姿を現した。
「あ、古川君……古川君も御免なさい、私の父のせいでご迷惑を掛ける事になって……申し訳ないわ」
秀明の登場に頭を下げる彩音。そんな彩音の姿に、慌てた表情で秀明が両手をわちゃわちゃと振って見せた。
「そ、そんな! 良いですよ、別に! 気にしないで下さい!!」
「でも……」
「そうだぞ、秀明。俺からも詫びさせて貰う。悪いな、本当に」
「ひ、浩之さんまで! いいんです、いいんです! どうせ今日帰っても明日帰っても一緒なんで! 俺、暇ですから!!」
「……暇だって言っても他にやることだってあるだろうが。マジで、わざわざ付き合って貰って悪いな」
「いや、そんな……」
「そうだよ、彩音さん、おにい。秀明が良いって言ってるから良いんだよ。別に気にしないで良いんだよ!」
そんな俺と彩音の言葉を遮ったのは不機嫌そうにそっぽを向いたまま腕を組んだ茜だった。つんっとした顔でそう言って見せる茜と、なんだか情けない表情を浮かべる秀明の絶妙なコントラストを描いていた。
「……茜、じゃアレか……秀明。ちょっとこっち」
茜から遠ざける様に秀明を引っ張って階段の陰に身を隠す。素直に俺に連れられた秀明はなんだか申し訳無さそうに頭を掻いた。
「いや……すみません、浩之さん」
「……何があったんだ? いや、まあさっきから茜、微妙に不機嫌そうではあったけど……」
「……すみません、ちょっとデリカシーのない事って言うか……そういう事言ってしまったんですよ、俺」
「デリカシーの無い事?」
「デリカシーって言うと語弊があるんですが……ほら、茜、俺が来てからずっと機嫌悪そうだったじゃないですか?」
「……まあな」
秀明が来るまではそこそこウキウキしてた気がするんだが……別に秀明のせいにする訳では無いが、なんか急に不機嫌になったんだよな、アイツ。そう思う俺に、本当に申し訳無さそうに秀明が縮こまる。
「浩之さんが玄関に行った後に、茜に言われたんですよ。『なに? アンタ、本当に不満なの? え? この私と一緒に居られるのに本当に不満なの?』って。『来たくないのに来たの? わざわざ不満な相手のエスコートをするために? 本当、暇人!!』って」
……茜。
「……いや、秀明、それはマジで悪い」
「ああいえ、その……浩之さんの前で言うのもなんですけど、それって結構いつもの事って言うか……」
「……いつもの事なのかよ」
愕然とした。そんな俺に、秀明は慌てた様に手を振って見せる。
「いえ……まあ、別に茜に限った話じゃないんですよ。瑞穂だって俺の扱い、結構雑ですし。でもまあ、それって幼馴染からの気安さだと俺は思ってまして」
「……まあ……分からんでもない」
俺ら――にはあんまり無いが、智美だって俺の前では随分我儘になるし、涼子だって必要以上にお姉さんぶろうとするもんな。そういう感じだろう? そう問う俺に、秀明は頷いて見せた。
「ですです。そんな感じです。あいつ、高校入ってからは知らないんですけど、中学の時は姉御肌っていうか……中学は違うけど試合とかで一緒になると、先輩には頼りにされてたし、後輩は本当に懐いていたし……同級生はいつも茜の周りに集まってたんですよね。本当に慕われているんだろうな~って思ってたし……まあ、そんな茜が我儘言うのは俺とか瑞穂くらいなんですよ。まあ、浩之さんにも言いますけど……浩之さんは別枠でしょ?」
「まあな……そっか。そう言われてみればあいつ、智美や涼子にはあんまり言わないよな、我儘」
小さい頃はともかく、今はむしろ涼子の愚痴聞き係だし……
「そうなんですよ。そういう所の線引きしっかりしてるんです、アイツ。で、まあ……話は変わるんですけど、そんな俺らにもこう『触れられたくない』事ってあるんですよね?」
「……まあ、そうだろうな」
「お互いに色々あるんですけど、こう『これ以上は弄ったらダメなヤツ』みたいなのは弄らない様にしているんですよ。別に申し合わせた訳じゃないんですけど……こう、暗黙の了解と言いましょうか」
一息。
「……途中から口論がヒートアップしまして……アイツ、『どうせ、智美ちゃんなら喜んで来るんでしょ! このスケベ!』って言いやがりまして」
「……おうふ」
あ、茜……それ、言っちゃダメな奴だろ、絶対。
「その……情けない話、こう……もうちょっと、俺も傷が癒えて無いと言いましょうか……今はあんまり触れて欲しくなくてですね? カーっとなってつい、売り言葉に買い言葉で『当たり前だ! お前みたいなヤツが智美さんと自分を比べるな! お前のどこに智美さんに勝ってる要素があんだよ!! 臍で茶を沸かすわ、烏滸がましい!!』って言ってしまいまして……八つ当たりなのは分かっているんですが、つ、つい……」
そう言って、『すみません!!』って頭を下げる秀明だったが……いや、秀明。お前は悪くない。これは説教だ、説教!




