第十八話 デートに行こうよ! ……三人で。
桐生の親父さんからの衝撃の告白、具体的には物理的に俺の心を折ってくるという告白に辟易しながら家に帰った水曜日を超えると、比較的に木曜日・金曜日は大過なく過ぎて行った。というよりは、ようやく普段の俺の生活を取り戻したと言うべきか。そもそも、目立たず騒がずをモットーにする俺的には前半三日は目立ったし、騒ぎ過ぎだと思うんだ。
『……本当にごめん!』
そして迎えた土曜日。電話口からくぐもった声を出す智美に、俺は溜息をついた。
「……小学校の頃から皆勤賞ペースだったお前が、何で今日に限って風邪引くかな?」
『うう……ゲホゲホ……だって~。今週、あんまり練習も無かったから、体がなまったのかな~?』
「一週間やそこらでなまるかよ」
今日は待ちに待った――とは言えないが、映画の日だ。ほれ、藤田からチケット貰った、例のアレ。
「まあいい。ゆっくり寝とけ。チケットは……もったいないけど仕方ないだろ」
『うー……確かに。ヒロ、来週から忙しいもんね。今日を逃したら難しいか……』
「忙しいかどうかはともかく、環境も変わるからな。どうなるか分かったもんじゃないし……流石に今日を逃すと行けるかどうか分からん」
そんなに縛られる感じでは無さそうだが、何かしら突発的なイベントが起きないとも限らないし。
『う~……残念だー……ゲホ』
「仕方無いだろ?」
『……埋め合わせ、してくれる?』
「……それはむしろ俺の台詞だと思うぞ?」
マジで。
『でも、チケット、勿体ないよね……そうだ! 桐生さん誘って行ってくれば?』
「何言ってんの、お前?」
『いや、だってチケット勿体ないじゃん。涼子とヒロと桐生さん、三人で行っておいでよ!』
「その選択肢は一番、なくね?」
それだったら一枚無駄にしても涼子と行くか、或いは瑞穂を誘って三人で行くぞ? むしろ別にチケット無駄にしてもゆっくり出来るならそれで良いのだが……
『ダメだよ。涼子、楽しみにしてたし。中止は可哀想じゃん』
「んじゃ涼子と二人で行くぞ?」
『馬鹿だな、ヒロは……ゴホ。まず、涼子と二人で行く選択肢はなーし! そんなうらやま――じゃなかった、私を除け者にするのはダメです!』
「別に除け者じゃねーけど」
『瑞穂と行くのも却下!』
「なんでよ?」
『据え膳どころか口元まで箸を持って行ってあーんする様な行為を許す馬鹿、どこに居るの?』
「何言ってんのお前? 馬鹿なの?」
『ともかく、瑞穂と三人で行くのは却下! 桐生さんならその点……安心だし……ゴホ』
「安心?」
『いいの! ヒロは気にしなくて! それよりホラ! 桐生さん、誘ってみたら? 明日から一緒に暮らすんでしょ? 仲良くしといた方がいいんじゃない?』
「……」
まあ……確かに。智美のいう事も一理ある。最初ほどの苦手意識は無いが、そこまで――一緒に仲良く暮らせるほどに親密なワケじゃない。むしろ二人きりで過ごすより、涼子と云う緩衝材が居てくれた方が助かるのは助かる。涼子には申し訳ないが。何より、元々日用品の買いだし、今日行こうって思ってたって言ってたし、暇かも知れんしな。
「……でも、涼子が良いって言うか?」
『涼子には私が言っておく。気になるなら後でメッセ送るから、それを見てから連絡すれば?』
「そっか。わかった。それじゃ――」
……あ。
『どうしたの?』
「……俺、桐生の連絡先知らねーや」
『……は? アンタら、明日から二人で暮らすんじゃないの? なんで連絡先の一つも知らないのよ?』
「いや……なんでって」
交換する機会が無かったというか……
『はあ。まあ良いわ。それじゃ涼子と話が終わったら桐生さんの電話番号も一緒に送るから。それで連絡しなさい』
「……なんでお前が知ってんの、連絡先?」
『? 一緒にお昼食べた仲だよ? 交換ぐらいしない?』
「……」
……コミュ力モンスターめ。
「……分かった。それじゃ、とりあえず連絡を待つわ」
『はーい。その……ごめんね?』
「気にすんな、早く治せ」
そう言って電話を切って小さくため息。数分後、智美から『涼子はおっけー! これ、桐生さんの連絡先!』と送られて来たメッセージにもう一度小さくため息を吐くと、番号をタップする。プルル、プルルと数度の呼び出し音の後、電話の向こうから訝し気な声が聞こえて来た。
『……もしもし?』
「あー……俺だ、俺」
『……俺俺詐欺?』
「違うって」
『この番号を警察に届ければ良い? 俺俺詐欺の現行犯で逮捕して貰えるんじゃない?』
「違うって! 俺だよ! 東九条だよ!」
『……ふふふ。冗談よ』
「……止めてくれよ」
まあ、俺の電話の仕方も悪かったけど。
「……っていうかよく分かったな、俺だって」
『さっき鈴木さんから連絡がきたの。東九条君に連絡先教えても良いかって。しっかりしてるわね、鈴木さん。ちょっと印象が変わったわ』
「……意外にああいう所しっかりしてるんだよな、アイツ」
友達の友達は友達じゃないケースも多いし、勝手に連絡先教えたら思わぬトラブルになる事もあるからな。コミュ力高いってのはもしかしなくても気遣いが出来るって事なんだろう。小さい事かも知れんが、だからこそ余計に。
『個人情報に留意してくれるのは素晴らしいわね。私の番号は登録しておいて。貴方のも登録しておいて良い?』
「ああ。これから必要になるだろうしな」
『ふふふ……初めてよ、同年代の男の人の携帯番号を登録するの』
「……」
……なんだろう。普通桐生程の美少女にこう言われたらぐっと来そうなもんなんだが、嬉しさよりも、可哀想さが先立つ。友達いない子だもんな、桐生。きっと携帯番号登録第一号は智美なんだろう。
『なにか失礼な事、考えて無いかしら?』
「全然」
危ない。ついつい、思考が漏れたか。
『それで? 鈴木さんからは要件を聞いてないけど、なんの用なの? デートのお誘いかしら?』
少しだけからかう様に笑う桐生。あー……
「まあ、当たらずとも遠からずか」
『……え?』
「いや、デートって云うか……今日、智美と涼子と三人で映画を見に行く予定だったんだよな。それが、智美が風邪引いてさ。行けなくなったから」
『代わりに、と?』
「いや、代わりってなんか言い方悪いけど……まあ、チケット無駄にするのも勿体ないし、もし予定が無ければどうよって。元々、今日買い出しに行くって言ってただろ? 暇かな~って」
『そうね。特段、用事は無いけど……ちなみに、なんの映画?』
「最近、CMバンバンやってる例のアレ。ハリウッドの大作ってやつ」
『ああ……アレね』
「興味ない?」
『そうね……今日は本屋さんにでも行ってソレの原作を買おうかと思ったぐらいには興味あるわ』
「それ、無茶苦茶興味あるやつ」
『渡りに船、って感じかしら。賀茂さんは良いの? 私が行っても?』
「コミュ力モンスターがその気遣いが出来ないと思う?」
『愚問だったわね。ありがとう、お誘い頂いて。どうすればよいかしら?』
チラリと時計に視線を走らせる。今が八時半だから……
「上映は十時半からだから、十時二十分までに駅前の映画館集合でどうだ?」
『問題無いわ』
「それじゃ、それで。遅れずに来いよ?」
『ええ。ふふふ、東九条君? 私ね? 男の人と映画館に行くの、初めてよ』
電話口で楽しそうに笑い。
『――だから……すごく、楽しみ』
「……」
……お前、同年代の女性とも行ったことねーだろうとか思ったけど……これ、言ったら確実に怒られるやつだよな?
『……何か失礼な事考えて無いかしら?』
「か、考えてねーよ! じゃあな! 遅れるなよ!」
あ、危ない。こいつ、実はエスパーなんじゃねーか。
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