えくすとら! その七十九 いつでも暴君!
「……『魔女の一撃』?」
『そう! お父様が、お父様が……魔女の一撃にやられてしまったの!』
「……ファンタジー?」
『そうじゃないわよ!! 何言ってるのよ、貴方!!』
いや、何言っているのはこっちの台詞なんですが……なに? どういう状況? 一人パニックを起こす俺の隣に来た明美が肩を落として俺に手を差し出す。
「……なに?」
「電話を貸して下さい。何時までコントをやっているつもりですか?」
「いや、コントをしているつもりはないんだけど……」
そう言いながら渋々スマホを明美に渡す。俺のスマホを受け取った明美はコホンと咳払いを一つ。
「お電話変わりました、明美です。ええ……ええ。はい? 張り切り過ぎてダンス練習をして? それは……はい。はい……そうですね……少しお待ちください。後ほど掛け直しますので」
そう言って『お返しします』と電話を返して来る明美。ええっと……
「……何事?」
「彩音様のお父様が魔女の一撃にやられたとの事です」
「いや、だからそれが分かんないんだけど? っていうか何だよ、魔女の一撃って」
「魔女の一撃とは『ぎっくり腰』の事です。主にドイツの方で、ぎっくり腰の事を『魔女の一撃』と言うのです」
「……そうなの?」
……マジか。お洒落じゃん、ドイツ人。いや……よく考えたらお洒落か? なんで『魔女』なのに『一撃』って物理全振りなんだよ。
「そこは『魔女の魔法』とかじゃないのかよ? なんで腰に一発良いパンチだかキックだか放つんだよ」
「私には言われても……そう言われている、というだけですから。そもそも、そんなに珍しい言い回しでもありませんよ? 普通に……はともかく、使う人は結構使いますし」
「……マジか」
「ええ。まあ、ぎっくり腰の事は良いです。ですが、彩音様のお父様がぎっくり腰になるのは……困りましたね」
「……パーティーは無理だろうしな」
「ええ。然程ダンスがある様なパーティーでは無いのですが……何故か、ダンス練習中に『ぐきっ』と言ってしまったらしく」
「……なにやってんだよ、豪之介さん」
いや、マジで。どんだけ娘とパーティー行けるの楽しみにしてたんだよ、おい。
「……それじゃ桐生は不参加か?」
「……」
「明美?」
「いえ……なんでしょう? 私は東九条の一人娘としてパーティーに参加しなければなりません」
「まあ、そうだろうな」
「そして、浩之さんはそんな私のパートナーとして出席されるでしょう?」
「そりゃ……まあ」
「そうなると……なんとなく、彩音様に申し訳が立たなくて……」
そう言ってしょんぼりと落ち込んだ様な顔をして見せる明美。
「……明美のせいじゃなくね? 桐生もそこまで文句はいわねーよ」
「……それでも罪悪感がありますよ。なんとなく、彩音様の目の届かない所でイケない事をしている様で……」
「……」
「……そして、この状況を少しだけ、喜んでいる自分もいるんです。こう……」
浩之さんを独り占めできる、と。
「……醜い感情ですが……そう思う自分が、とても嫌いです。そして、こんな自分を浩之さんに知られて嫌われるんじゃないかと思うと……怖いです」
「……んじゃ言うなよ」
「浩之さんに隠し事はしたくありませんので」
完全に俯いた明美の頭をポンポンと撫でて、苦笑を浮かべて見せる。ったく……なんだかんだでこいつ、やっぱり良い奴なんだよな。
「……俺の口からは何言ってやがるって話だが……まあ、人間そう思うのは普通だろ?」
「ですが……」
「そんな事で、その、なんだ。俺は別にお前の事を嫌いにはなったりしねーから」
と、言ったものの……結構困ったな、これ。桐生のパーティー参加の目的って俺の監視プラス、『桐生家の名を売る』って言うのもアレだけど、そういう意図もあったはずだし。
「……一人で参加は難しいんだよな?」
「ええ。それに、仮に出来るとしても彩音様が一人で参加するのは賛成しません。桐生家は……」
「……成り上がり者って思われてるってか?」
「……はい。勿論、東九条の主催のパーティーですので、参加者は厳選はしていますが……人間性も当然ですが、実績や利害関係も含めて呼んでいますので。何分、お酒も入りますし……」
「心の中で何を考えても非難も出来ねーしな。そういう感情がぽろっと出る可能性もあるか」
「はい。そうなった彩音様を守る者がいないと、浩之さんも不安でしょう?」
「言った人間をぶん殴るくらいには」
桐生泣かせたらタダじゃおかねーぞ。
「一応、言っておきますけど暴力は厳禁ですからね?」
「分かってるよ」
「それに……そうなった彩音様を守る為に浩之さんが駆け付けると、それはそれで風聞が悪いです。『東九条の分家はパートナーを放って他の女性を助けた』というのは……それに、私だって『パートナーに見捨てられた惨めな女』という事に……」
「……そりゃ不味いな」
二人で顔を見合わせてため息。そんな俺らの後ろで、白いドレスに着替えた茜が顔を出した。
「おりょ? どったの、二人で暗い顔して?」
「……茜か。ドレス、似合ってるぞ」
「そう? そりゃ良かった。んで? どうしたのよ?」
「それが……」
俺は茜にざっくりと事の経緯を説明する。と、虚空を見つめながら話を聞いていた茜は説明を聞き終わると首を捻って見せる。
「ええっと……要するに彩音さんのお父さんが参加できなくなったから、彩音さんがパーティーに参加出来ないって事だよね?」
「まあ、ざっくり言えばな」
俺の言葉にうんうんと頷いて。
「それって……問題点ってどこなの?」
「……あほの子か?」
問題点の説明はしただろうが。そう思う俺に、茜は不満そうに頬を膨らませる。
「そうじゃなくて! 彩音さんの……うーん、なんて言えば良いか……パートナーが居れば解決する問題なの?」
「まあ……そうだな、一応」
「別に彩音さんのお父さんが居なくても良くて、彩音さんのパートナーは誰でも良いって事だよね?」
「……誰でもって訳じゃねーぞ?」
「分かってる。彩音さんに色目を使わないで、彩音さんを守ってくれる人って事でしょ?」
「……まあな。だが、そんな都合のいい人材が――」
「居るじゃん」
――言い掛けた俺の言葉を遮る様、そう一言。唖然とする俺ら二人をしり目に、茜は持っていたバッグからスマホを取り出して。
「あ、私私。え? なによ、私私詐欺って。そんなしょうもない事言ってないで……ちょっと今から来れる? え? なに? パーティーだよ、パーティー。美味しい物も食べれるし、超絶美人になった私のエスコート、させてあげるから。んじゃ、今すぐ東九条の本家集合ね~。んじゃね~」
電話口の向こうで騒ぐ声をシャットダウンする様に通話ボタンを切った茜はにこやかにこちらに笑顔を向けて。
「――私、秀明にエスコートして貰うから! 彩音さんは輝久おじさんと参加すれば良いんじゃない?」
あっけらかんと、そんな事を言って見せた。いや、ちょ、茜、それは――
「あ」
「『あ』じゃねえよ! 不味いだろう、流石に!」
「そうだね。不味いね……」
やっとわかったか。そう思う俺に、茜は神妙な顔で。
「アイツ、この家の場所知らないや。地図、メッセで送っとこ」
「そういう問題じゃねえよ!!」
何言ってんだコイツ!!




