えくすとら! その七十八 魔女の一撃
「……お似合いですよ、浩之坊ちゃま。そうされていると男っぷりが一層あがってよう御座います」
「……ありがとう。でも、坊ちゃまは止めてよ、梅さん」
紺色の卸したてのスリーピーススーツに身を包み、部屋から出た俺をドアの前で迎えてくれる梅さん。俺の姿を見て『うんうん』と何度も頷いているその姿に何だか気恥ずかしい物を覚えつつも……俺にとっても祖母ちゃんみたいな人だからな、梅さん。
「……大丈夫かな? 変な所ない?」
「はい。先ほども言いましたが、とてもお似合いで男ぶりがあがっておいでですよ。他家のお嬢様方も放って置かないでしょう」
「それは流石に贔屓目が過ぎるけど……」
「いえいえ。梅は浩之坊ちゃまのその様な立派な姿が見れてうれしゅうございます……長生きした甲斐がありました」
そう言って笑いながら目尻を拭って見せる梅さん。うん……祖母ちゃんみたいな人だから、此処まで喜んでくれるとまあ、嬉しいよ。
「……にしても、なんで今の俺のサイズにぴったりのスーツなんか買えたの? これってあれ? 量販店とかに売っているスーツ……とかじゃないよね?」
「分かりますか?」
「詳しい訳じゃないけど……こう、生地とかも凄く軽いし体にフィットするっていうか……」
「そうです。勿論、フルオーダーに御座います」
「やっぱり」
というか、そもそも東九条本家が量販店のスーツを買ってくるとか想像が付かんが。ん?
「……って、フルオーダーってそんな簡単に作れるの? なんかすごい時間掛からなかった、昔作った時」
然程詳しい訳じゃないが……オーダーメイドのスーツって仮縫いとか色々あって無茶苦茶時間掛かるんじゃねーの? 昔、中学校に上がったばっかりの頃本家でスーツ作って貰った時って無茶苦茶仮縫いした気がするんだが……
「そうですね。何度も仮縫いをして作るのが普通に御座います」
「……俺、仮縫いなんかした記憶無いんだけど。良く分かったね、俺のサイズ」
そんな俺の言葉にすっと目を逸らす梅さん。え? なにそれ? 凄い怖いんだけど! もしかして俺が寝ている間に採寸とかされてたりするの!?
「その……明美お嬢様が」
「……明美が?」
「……」
「……ためないで、梅さん」
頑張る。俺、頑張ってどんなことでも耐えるから――
「……『浩之さんのサイズは見て来たので分かります!』と言って……その通り作らせて頂きました」
「こえーよっ!!」
――耐えられなかった。いや、こわっ!! なんなの明美!? なんで見ただけでサイズとか分かんの?
「……流石に私も反対をしたのですが……『梅さん、大丈夫です。私を信じてくださいませ』と……無駄遣いになると思ったのですが……」
そう言って、少しだけ畏怖を込めた目で着替え中であろう明美がいる隣の部屋を見つめながら。
「……この梅、東九条家にお勤めして五十年になりますが……明美お嬢様の慧眼に恐れ入りました」
「……恐れ入るところじゃないから、梅さん」
「……女の執念とは聞きますが……流石です、明美お嬢様。この梅、ある種の感動を覚えました」
「……」
……いや、なんも言えないんだが。確かに明美は才能ずば抜けている上に努力も出来る人間ではあるのは知っているが……流石に凄すぎだろう、それ。
「……良いデザイナーになるんじゃね、明美」
「……浩之お坊ちゃま。梅は浩之お坊ちゃまの味方で御座いますが……それは流石に明美お嬢様が可哀想に御座います。『誰』でも良い訳ではないのですよ?」
「……ごめん」
「分かって頂ければ。ちなみに梅はお二人が喧嘩為された場合はどちらの味方にも付きませんので。隅でこっそり泣かせて頂きます」
にっこり笑ってそういう梅さんに俺も小さく笑って両手を上げる。梅さん泣かす訳にも行かねーし、明美と喧嘩する訳にはいかねーな。そう思っていると、後ろのドアから『ガチャ』とドアノブが回る音がした。
「――お待たせしました。どうですか、浩之さん? 似合いますか?」
その声に振り返ると、そこには青のドレスに身を包んだ明美の姿があった。普段の清楚なイメージ通り、凛として涼しげな印象を持つそのドレスは明美に良く似合っていた。
「ん。似合ってる」
短いと言えば短い俺の感想にむすっとした顔を浮かべる明美――という訳ではなく、嬉しそうに笑って見せる。
「ありがとうございます! 似合っていますか?」
「まあ、俺の好みの話だけどな。似合ってると思う」
「浩之さんの好みなら良いです! どうです? 可愛いですか!」
「可愛い……って訳じゃなくね? 綺麗系っていうか……」
「流石、良く分かっておられますね!」
……まあ、長い付き合いだからな。明美も俺が似合ってるときはちゃんと似合ってるって言うのを知っているから、短い言葉だからと言って今更不満そうな顔はしない。
「……試したのか?」
「はい、試しました。もしかしたら浩之さんがお世辞を覚えたかも知れませんから! でも、変わって無くて良かったです! 言葉を飾らずシンプルに褒めて下さる時が一番似合ってる時ですものね!!」
「……変わったヤツだな。普通、嫌がるんじゃね?」
「彩音様が嫌がる様でしたら笑って差し上げますよ? その程度にしか浩之さんの事を分かっていないのかって」
「……煽るなよ」
「煽りますよ。だって、ライバルですもの」
そう言って嬉しそうに俺の腕に自らの腕を絡ませる明美。
「……暑苦しい」
「パーティー会場ではこうですから!」
「着いてからで良いだろうが」
「いいじゃないですか。たまの事ですし」
笑顔のままそう言う明美の思わずため息が漏れる。と、その瞬間、俺のスマホが鳴った。その音にそっと体を離す明美。
「……さんきゅ」
「いえ。ですが、会場ではマナーモードにしておいてください」
「了解」
明美にそう返して、スマホの画面を見ると――
「……桐生?」
「……まさか彩音様、私の邪な想いに気付いて電話を……」
「いや、エスパーじゃないんだから、桐生」
苦笑を浮かべながら、いや、邪な気持ちあったんかい! と心の中で突っ込みを入れて電話に出て。
「もしもし?」
『ひ、東九条君!! た、大変!! 大変なの!!』
「……え? ちょ、ど、どうした、桐生? 何が大変なんだ?」
電話口の向こうで慌てた様な桐生の声音に、思わず俺はスマホを握りなおして受話口を耳に近づけて。
『お、お父様が――魔女の一撃にやられたわ!!』
そんな声が、聞こえて来た。
……って、はい? 魔女の一撃? なに? 豪之介さん、異世界転生でもしたの?




