えくすとら! その七十七 東九条の伝統芸
輝久おじさんの言葉にキラキラした眼を俺に向けていた明香さんは、その視線を輝久おじさんに向けると右手の親指をぐっと上げて見せる。
「貴方!!」
「なんだ? 反対か?」
「まさかっ!! 大賛成!! 流石、東九条本家当主ね!! 見直した!!」
「……だから黙って聞いておけと――」
「もしかしたら結婚してから一番見直したかも知れない!!」
「――……おい」
「お父様! 私もお父様に感謝です!! 私を騙していたと知った時は桂川で寒中水泳大会ウィズ足かせ鉄球をして頂こうと思っていましたが!」
「……おい。というか、お前に関しては完全に勝手に首を突っ込んで来たからな? 私のせいにするな」
二人から感謝されているのか馬鹿にされているのか、もしくは殺害予告をされているのか、なんだか良く分からない状態の輝久おじさんが肩を落とす。そんな輝久おじさんの肩を茜がポンっと優しくたたく。
「……おじさん、ありがとう。でも、大丈夫なの? おにぃ、毎月往復って結構お金かかると思うけど……あ、勿論、本家がお金持ちって知ってはいるけど……」
そんな茜に笑顔を浮かべてその頭をポンポンと叩く輝久おじさん。
「……子供がそんな心配するな。茜、お前だって去年までは中学生だったんだ。一か月に一度とはいえ、身内が近くに居るのは心強いだろう?」
「……うん。ありがとう、おじさん。あ! で、でも、寂しいとかは思って無いよ!! おじさんも明香さんも明美ちゃんも皆、良くしてくれるし!!」
両手をわちゃわちゃと振ってそう言って見せる茜に、輝久おじさんの笑みが深まる。そのまま俺の方に視線を向けて。
「……茜、ウチの子にならないかな?」
「……ならねーよ」
何言ってんだ、このおっさん。
「昔から憧れていたんだ。息子と娘がいる生活に……輝之が羨ましい」
「……輝久おじさんの娘さん、目の前にいるんですけど?」
なに? 見えないの? 良い眼科紹介しようか? 眼科、知らねーけど。
「……実の父を桂川で溺死確定の水泳をさせようとする娘なんて育てた覚えは無いな」
いや、そうだろうけどよ。
「冗談だよ、輝久おじさん。流石に明美もそこまではやらない……」
と、思う。
「言うなら自信を持って言い切れ。それに、冗談だというのは分かっている。普通は言わない類の冗談だろうが……仮に本気だったら、親子の縁を切る」
確かに。深く頷く俺に、輝久おじさんも頷いて見せる。にしても……
「……東九条家とつくづく、女性の強い家系だよね?」
「まあな。輝之だって芽衣子さんの尻にしかれているだろう? 伝統みたいなものだ」
「……ヤな伝統だな、それ」
だが、その気は俺にもある気がする。茜は結構俺に強気で来るし、桐生と口喧嘩しても勝てる気はせん。俺も尻にしかれる生活をするんだろうな。あ、変な意味じゃないぞ?
「……随分な事を言ってくれるわね、浩之」
「……明香さん」
「勘違いしないように言っておくけど、別に東九条家は女性が強い訳じゃないのよ?」
「……男性が頼りない?」
あれか? 女が強いじゃなくて、男が弱いパターンのヤツ? そう思う俺に、明香さんは苦笑して首を左右に振って見せる。
「そうじゃないわよ。東九条家に嫁いだ女性とか、東九条の女性は皆、男性に甘えているの」
「……甘えている?」
「知らない? 東九条の男性って皆、器が広いのよ? この人だってそうだし、輝之さんだってそうでしょ?」
「輝久おじさんはともかく……親父も?」
親父って器の広さとかあんの? なんかトリックスターなイメージはあるけど、器が広いイメージは全くないんだが……
「器広いわよ。だってあの芽衣子ちゃんが選んだ男よ? 器が狭い訳無いじゃない」
「……あの芽衣子ちゃんって」
「今でも美人だけど、芽衣子ちゃんは若い頃はもっと綺麗だったもん。考え方もしっかりしてたし……器も大きいでしょ?」
「……まあ……うん」
器が大きいかどうかはともかく、考え方の筋は通ってるっていうか、芯がある気がする。いや、他所は知らんが『私と彩音ちゃんが対立したら、迷わず彩音ちゃんの立場に付け』とか普通は言わない気がするし。少なくとも、親父よりは器がでかい気はする。
「……そう言われれば、浩之さんも器が大きい所ありますよね」
「……分からないでも無いところが悔しい気がするけど……まあ、分かる気がする」
「俺?」
俺、別に器は大きいとは思ってはいないが……そうか?
「人を思いやれる子ですからね、浩之は。でないと、選びたい放題の筈の涼子ちゃんとか智美ちゃん、瑞穂ちゃんや明美があれほど『浩之、浩之』と言うはずが無いでしょう?」
そう言って明香さんは笑って。
「――だから……東九条家の女は、甘えるんですよ。この人達なら、多少わがままを言っても、多少無茶を言っても、多少雑に扱っても許してくれるって」
そう言って、ピタッと輝久おじさんに寄り添って。
「……ね、貴方?」
「……お前はそこまで無茶は言わんしな」
「ライン、見極めてますから。捨てられたらイヤだし」
「……捨てるか」
「ホント? うれし!」
そう言ってにこやかに笑う明香さんと……ちょっと照れた様な表情を浮かべる輝久おじさん。その姿は、理想の夫婦像の様でなんとなくいい雰囲気なのだが。
「……ねえ、浩之さん? 私は何を見せられているのでしょうか?」
「……さあ」
「……仲が良いのは良い事ですが、子供の前であれは勘弁願いたいです」
「……奇遇だな、俺も親みたいなものだと思ってるから同じ気持ちだよ」
「……おにぃ、私も」
圧倒的な『無』の感情を宿した俺らの前で、二人のいちゃいちゃは出発直前まで続けられた。思い出した、そう言えば此処、結構バカップルだったわ。




