えくすとら! その七十五 結婚の条件
こう……なんだ? なんとなく居た堪れない雰囲気が室内を覆う。明美は絶望に染まった顔で茜の胸でえぐえぐと泣いちまってるし、茜は茜で俺に非難の目を向けて来るし、輝久おじさんと明香さんは居た堪れない様な表情で愛娘見てるし……なんだ、これ。何時から本家、地獄になったの?
「……明美」
「……ううう……お母様?」
そんな明美の肩をポンっと明香さんが優しくたたく。そんな慈悲深い笑顔を浮かべた明香さんは、まるで聖母の様なその笑顔のままで。
「……ごめん、明美。元々貴方に勝ち目は無かったのね? 色々言って……悪かったわ」
「お母様!? それは私に効きますけど!?」
……鬼みたいな事言いやがった。やっぱ地獄か、此処。
「あ、あれ~? な、慰めたつもりだったんだけど……」
「どこがですか!! だってそれ、産まれた瞬間から負け確定ということじゃないですか!! なんだったんですか、私の努力は!! 無駄な努力ですか、私の努力は!? そんなの酷過ぎますよ!? どれだけ人生、ハードモードなんですか!!」
「ど、努力の結果綺麗に育ったじゃない! む、無駄な努力じゃないでしょ!」
「最初から土俵にも上がってなかったんですよ、私!?」
「そ、そりゃ……」
口籠る明香さん。そんな明香さんをちらっと見て、茜も気まずそうに口を開く。
「そ、そうだよ! な、なんていうか……サッカー選手になる為に一生懸命バスケの練習してる様な感じはするけど……で、でも! 無駄じゃないよ、明美ちゃん!!」
「無駄じゃないですか、それ!! っていうか、茜さん? 分かっていたんだったら教えて下されば宜しいじゃないですか! サッカー選手になろうとしてる人がバスケの練習をしているんですよ? 止めて下さいよ!!」
「あー……でもきっと、明美ちゃん止まらないじゃん? 私が言ったら止まるの? 『分かりました。浩之さんを諦めます』ってなる?」
「そ、それは……な、なりませんけど……」
「で、でしょ?」
がっくりと肩を落とす明美。その姿がこう……なんかとんでもなく哀愁を誘う。
「……なんか、ごめん」
「……浩之さんは謝らないでください。余計、惨めになります」
完全に背中が煤けている明美。そんな姿を不憫そうに一目見て、輝久おじさんが小さく咳払いを一つ。
「あー……まあ、色々あって脱線したが……ともかく、浩之は桐生彩音さんと将来結婚をしたいと、そういう事だな?」
「……話戻すの、輝久おじさん? 愛娘のフォローとかなし?」
「……どうしようも無いだろう、アレ」
まあ、そうかも知れんが……
「ともかく! 今は明美は放っておけ。そうではなく……浩之も知っていると思うが、東九条家はまあ名家の括りだ。浩之は分家ではあるが、輝之は私の従兄弟で血筋としては濃い」
「……うん、知ってる」
「別に名家に限った話ではないが、結婚とは『家』と『家』だ。変な『家』と結婚するとその家の家格も落とす事になる。それは我らの一族としては痛手だ」
「……桐生家は変な家って事?」
「……怒るなよ? 桐生家は所謂『成金』だ――話の続きがある。そんな怖い顔するな。怒るなと言っただろうに」
「……怖い顔してた、俺?」
マジで? そんなつもりは無かったが……
「般若の様な顔だったぞ? まあ、婿入りする家を自分の家と同じように考え、馬鹿にされて怒る事が出来るならそれはそれでいい事だが……ともかく、桐生家に歴史が無いのは事実で、真実だ。桐生氏もそこを見越しての縁組だろうしな」
「……分かるの?」
「当り前だ。そして……言い方は悪いが」
――お前の『価値』は『名家の生まれ』という事だ、と。
「貴方!」
「お前は黙っていろ」
明香さんが立ち上がって非難の声を上げるのを一喝する輝久おじさん。尚も不満そうに輝久おじさんを睨む明香さんに俺は苦笑を浮かべて見せる。
「いいよ、明香さん。それは俺も分かっているから」
「そんな事ないでしょ!! 浩之の価値が名家の生まれだけなんて、そんな事無いわ!! 浩之の良いところはそんな下らないことだけじゃ無い! 桐生家がそんな理由で浩之が良いと言うのなら、私は結婚に反対します!!」
そう言って怒る明香さんに輝久おじさんはため息を一つ。
「……断っておくが私だってそう思っている訳じゃない。だが、『名家の生まれ』と言うのが浩之の価値の一つであることも事実で、それを桐生家が求めているのもまた、事実だ。需要と供給みたいなものだ。さっきの話と一緒だ。バスケの試合をするのに、リフティングが巧い人間を連れて行くか? 連れて行かないだろう? それならシュートの巧い人間を連れて行くだろう? だが、それでリフティングが巧い人間を連れて行かなかったとして、その人間の価値は落ちるか?」
「……落ちないね」
「そういう事だ。分かったら明香は黙っていなさい」
なおも不満そうにしながら、それでも『はい』とお行儀よく座りなおす明香さん。
「全く……お前は。少しは黙っていなさい。これからお前にとっても良い話になるから」
そう言って笑う輝久おじさんに、明香さんが首を傾げる。
「……良い話?」
「そうだ。話を戻すぞ、浩之? 桐生家が求めるのはお前の『名家』という部分だ。ならば、お前がするべきことは、名家としての体裁を保つ事だ」
「……どういう事?」
俺の言葉に輝久おじさんはにっこりと笑って。
「簡単な事だ、浩之。お前はこれから大学卒業するまで、月に一度は京都に帰ってこい。そうして、色々なパーティーに参加して人脈を作れ。桐生家が欲しがる『名家』としての人脈をな? それが、東九条本家当主として結婚を認める条件だ」




