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第十七話 父の心、娘知らず。ただし、義理の息子(予定)は知っている。


「……よう。待たせたか?」

「あら? 思ったより早いわね? 私はもう少し掛かるかと思ったわ」

「涼子と智美に感謝しろ。あいつらが引き留めてくれたから、俺は今ここに居るんだぞ?」

「そう。それじゃ今度、差し入れでもしましょうか?」

「料理も出来ない癖に何が差し入れだ。部活の出来ない体になったら恨まれるぞ?」

「馬鹿にしないでくれる? 手作りなんて無謀な事をする訳ないでしょ? ちゃんと買って行くわよ」

「胸を張って堂々と言うな」

 っていうかだな?

「……なんだよ『デート』って」

 そう。

 こやつが屋上で『今日はデートよ』なんてとち狂ったとしか思えん言葉を吐いたせいでさっきまで瑞穂にスゲー絡まれてた。面倒くさい事この上ないんだぞ、アイツは。

「ちょっとした冗談よ?」

「時と場合を考えて言ってくれるかね、そんな冗談は」

「ごめんね。そうね……ちょっと気分が高揚していたのかも知れないわ」

 そう言って少しだけ嬉しそうに笑って。



「同年代の女の子とお昼ご飯なんて、久しぶりだったから」



 ……なんか物凄く悲しい事言いやがった。いや、コイツの場合自業自得なんだが……なんだろう、不憫な。

「……また来るか?」

「そうね。魅力的な提案だと思うけど……良いのかしらね?」

「なにが?」

「……まあ、貴方が分からないならそれでいいわよ。それより、さっさと行きましょう? 時間は有限だし」

「行く? 何処に?」

「買い物よ」

「……冗談じゃなかったのか?」

「『デート』は冗談だけど、貴方と買い物には行きたいと思ってたのよ。家具とかテレビとかの大きなものは明日、明後日には搬入されるらしいけど日用品とかは無いのよね。色々いるでしょ? 本当は土曜日にでもと思ったんだけど……貴方に用事があったら申し訳ないでしょ?」

「確かに、土曜日はちょっと用事があるな」

「なら丁度良かった。明日、明後日は業者が搬入してるだろうから、邪魔になるだろうし今日ぐらいしか無かったのよね。ちなみに私は日曜日にはあの家に行く予定だけど、貴方はどうするの?」

「あー……どうしようかな? まあ、夕方には行くかも」

「分かったわ。それじゃコレ、渡しておくわね」

 そう言うと制服のスカートから鍵を二つ取り出した。

「家の鍵? ええっと、二個あるって事は一個が合鍵か?」

「いいえ。一個は貴方の部屋の鍵よ」

「……部屋に鍵があんの?」

「私の部屋にもあるわよ? 流石に、一つ屋根の下で年頃の男女が一緒に住むんだもん。それぐらいの配慮はいるでしょ?」

 幾ら許嫁とはいえね、と笑う桐生に俺も苦笑を浮かべる。

「まあな。どれくらいこれが言い訳になるかは知らんが……」

「そうね。バレたら一発アウトだもん。まあ、お互いに『親公認』という所が逃げ道かしら。不純異性交遊ではないものね?」

「……そういえば俺、お前の親父さんとか話した事もないけど……良いのか?」

「良いんじゃない? お父様も『逢わせる顔が無い』って言ってたから、お互い様よ」

「そっか」

 まあ、『娘さんを僕に下さい』ではないしな。どちらかと言えば、『貴方の身柄、頂きました』だもんな。改めて考えるとスゲーな、それも。

「そういう事。それじゃ、行きましょうか」


◇◆◇


「……つ、疲れた」

「お疲れ様。さあ、荷物置いて。ジュースでも淹れましょうか?」

「買ってきたヤツ? じゃあ俺、オレンジ」

「分かったわ。ちょっとゆっくりしていて。片付けは私がしておくから」

 お言葉に甘えて、俺はソファに腰を降ろす。マンションの近くにちょっとしたスーパーと百均があったおかげで助かった。アレだな? やっぱり新生活始めるって結構要るものがあるんだな。

「にしても百均って」

「なによ? 良いでしょ、百均。必要なモノはある程度揃うもの」

「そうだけど……もうちょっと、高価なものじゃないとダメとか言うのかと思った」

 イメージ狂うわ。

「私の家は所詮、『成金』だから。お父様の若いころは某牛丼チェーンの牛丼がご馳走だったらしいわよ。基本的に庶民なのよ、私も」

「むしろ、この令和の時代に牛丼がご馳走ってどんだけ貧乏生活だと思うけど」

 まあ、親父さんの時は平成だろうが……それにしてもだ。

「少なくとも苦労人ではあるわよ、私のお父様。だからこそ、『家柄』に拘るんだけど……まあそれはともかく、お客様を迎えるのであればある程度、格式ばった物も必要でしょうけど……普段の生活で使うものなんて消耗品でしょ? 十分よ、これで」

「そういうもんか。っていうか、これ以上何を搬入して貰うんだよ?」

 机に冷蔵庫、ソファもあるし、まさかこれ以上に家具が増えるのか? テレビがあれば良くね?

「その……ごめん、私の家で使ってる私の家具とかの搬入をするのよ。新しく買い揃えてもいいんだけど……お気に入りだし、勿体ないから」

「別に謝る必要はなくね?」

「その……貴方の部屋の家具は既に搬入済みなのよ。もしかしたら愛着のあるものとかあるかも知れないけど……ごめんなさい。もちろん、請求なんてしないし、そこそこ良い物を選んだつもりよ? 『これくらいはさせて貰わないと』って、お父様が」

「……別に謝る必要はなくね?」

 うん。だって新品の家具にしてくれたって事だろ? むしろラッキーって感じなんだけど?

「そ、そう? それは良かったわ」

「あー……でもそれなら、ちょっと部屋見て来て良いか?」

 なんだかちょっとワクワクして来た。そんな俺の表情を見て、桐生は小さく苦笑する。

「玄関に一番近くの部屋があったでしょ? あそこよ。ジュースが入ったら呼ぶわ。ゆっくり見て来て」

「はいよ~」

 でっかいリビングを出て廊下を歩き、玄関に一番近い部屋へ。ドアノブを回そうとして鍵が掛かってる事に気付き、俺はズボンのポケットから鍵を取り出すと鍵穴に差し込みゆっくりと回す。

「……でか」

 広さはおよそ十畳くらい? 窓際には勉強机と本棚、部屋の隅にはベッドが置いてあり、小さめの冷蔵庫やテレビまで置いてあった。

「……俺、この空間だけで暮らせそうだな」

 引き籠る事も出来そうだ。鍵まで付いてるし、なんだったら――

「……ん?」

 よく見ると、机の上に封筒が置いてあった。表には達筆な字で『東九条浩之殿』と書いてあり、裏返すと『桐生豪之介』と書いてあった。

「桐生~?」

「なーに? もうちょっと待ってー」

「いや、それは良いんだけど……お前の親父さん、名前なんて言うの?」

「お父様? 豪之介だけど?」

「……」

 んじゃ、コレ、桐生の親父さんからか。『どうしたの~』という桐生に何でもないと返答し、俺は封筒を開ける。そこには便箋三枚の手紙が入っていた。

「……」

 一枚目の一番上には表書き同様に達筆な字で『東九条浩之殿へ』と書いてあった。


『――親愛なる東九条浩之殿。まずはこの様な形で、しかも手紙でのご挨拶になった事に関し、深く陳謝する。また、この度は我が家の我儘で君に取って大変な迷惑を掛けた事も重ねてお詫びをしたいと思う。前途ある若者に取って、愛しもしない許嫁を押し付けられても困るだろうし、何よりも私の事を憎むだろうとも、そうも思う。そして、私はその恨みを粛々と受け止める気でいることをまず、覚えていて欲しい』


「……真面目な人だな」

 この人も……まあ、我儘なんだろうけどウチの親父だって大概悪い。だから、この人だけが悪いわけ――

「……ん?」


『――だが、それはそれとして……よく考えて欲しい。親の欲目はあろうが、ウチの彩音は非常に美しく育った。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花という言葉があるが、ウチの娘は正にその言葉通り、いや、むしろその言葉こそ彼女の為にあるのではないだろうかと思う程、美しく育ったと思う。加えて彼女は成績も優秀だし、運動も得意だ。ただ、勘違いしないで欲しい。彼女は決して才能に恵まれていた訳ではない。いや、才能には勿論恵まれていたが、その才能を伸ばす努力を怠らない、つまり内面も美しい子なのだ。確かに、人付き合いは若干難がある。難があるが、それもまるで人に懐くのを恐れる子猫の様で可愛らしいでは無いか。そうだろ? そう思わないか? っていうか、そう思ってくれ。可愛いから、ウチの子』


「……あれ?」


『……そんな手塩にかけた娘が、見ず知らずの男のモノになるのだ。わかっている。こちらの我儘だというのは重々承知している。承知しているが……一人の父親として、これだけは言わせてくれ』


「……」




『――いま君に逢うと……正直、殴ってしまいそうだ』




「逢わせる顔が無いってそっちかよっ!!」

 リビングから『どうしたの~』という桐生の声に『なんでもない』と答え、俺は手紙を机の引き出しの奥深くにしまった。うん、見なかった事にしよう!


『面白い!』『面白そう!』『続きが気になる!』『っていうか続きはよ』と思って頂ければ評価などを何卒お願いします。

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