えくすとら! その六十五 狂犬⇒人の皮を被った悪魔⇒魔王←New!
俺のジト目にぷいっと顔を背ける茜。それを見て苦笑を浮かべる秀明に不思議そうな顔を向けた後、北大路は相変わらずの調子で言葉を続けた。
「いや、ほんまにアイツ、マジで感じ悪かったですわ! そら、確かに俺も下手くそやったけど……ほいでもね? そんなに煽る必要、あらへんと思いません?」
「……まあ……その通りだな」
一生懸命練習している人間にそう言う事言うの、お兄ちゃん、あんまり感心しないな~。ん? でも……
「……昔の記憶だからアレだけど……なんとなく、お前ら二人仲良く練習して無かったか?」
二人で子犬の様にボールを追っかけてた記憶があるんだが……そんな俺に、北大路は渋い顔を向けて来る。
「そら、それがアイツの策ですわ。東九条さんの前では完全に猫被ってましたもん!! ほら、たまに東九条さんが抜けたり、俺らのお菓子とかスポドリ持ってきてくれてはったじゃないですか? そん時にごっつ言われてましたよ?」
「……あー……そうだっけ?」
「そうですよ!」
「そっか……それは悪かったな。でもな? それなら言えばよかったのに。なんとかしてやったぞ? あれか? 引っ込み思案だったから言えなかった……とかか?」
それなら申し訳ない事をした。そう思う俺に、北大路は渋い顔を浮かべる。あれ? 違った? そんな俺の視線に、少しだけ気まずそうに。
「……そのサカネだかアカエだかは俺にですね? 『いいか? 『おにい』にこの事言ったら……お前が産まれて来たことを後悔させてやる』って脅されてですね?」
「「「……」」」
俺、彩音、秀明の三人、絶句。いや……茜ぇ。おま、それは流石にヤバいんじゃねーか?
「……そ、それは流石にやり過ぎだろう。いや、まあ……そういうヤツだとは思っていたが……」
ぽろっと零した秀明に、北大路が喰いつく。
「お? なんや、秀明も知っとるんか?」
「いや、知っているっていうか……まあ、知ってはいるけど……ほれ、こないだ話しただろう? 誠司さんの話」
「大学選抜の川北誠司さん?」
「そうそう。その妹である川北瑞穂と、その……お前にトラウマ植え付けたヤツと俺、三人が幼馴染なんだよ」
「そうなん? せやったら秀明、お前も随分苦労したクチちゃうん?」
「あー……ええっと……」
「言い淀まんでエエやん! せやろな~。あいつ、悪魔が人間の皮被ってるって言われても疑わへんほどの感じやし。魔王の生まれ変わりかなんかちゃうん?」
「……大げさだろ、それは流石に」
マジで。『狂犬』から『魔王』って、一体何階級昇進だよ、それ。
「まあ、あそこにおったちゅうことは東九条のお家の縁者やろうし、東九条さんの事『おにい』って言うてたから親しい子なんでしょうし、そんな人の前でこんな事を言いたないんですけど……あいつ、ほんまに許されへんですわ!」
そう言ってコップに入った水を一息で飲み干す北大路。おお……荒ぶっておられる。
「……うん? 浩之さんと親しい子?」
「あ? ちゃうんかいな、秀明?」
「いや、親しいと言えば親しいんだけど……普通、『おにい』、つまりお兄ちゃんって呼んでたんなら兄妹だって思うんじゃないのか?」
「ないない! あんな優しかった東九条さんとあんなクソガキ、血の繋がった兄弟なワケないやん! 顔も似てへんかったしな」
笑って手を振って見せる北大路。そりゃまあ、顏も似てないし……今の話聞いたら、そうも思うのか? 知らんけど。
「……そっか。それじゃまあ……何も言うまい」
「なんや? なんか引っかかる言い方やけど……ま、エエわ。それより川北誠司さんの妹さん、やっぱりバスケ巧いんかいな?」
「あー……まあ、練習大好きなヤツだな。技術も勿論あるけど……身長がな」
「あー……それはまあ、しゃーないやん。お前はエエやろうけど……俺だって、東九条さんだって身長低いけどバスケしてるし」
……あー……
「その……北大路、俺な? バスケはもう……」
ちょっとだけ言い難い。こんだけ尊敬してますみたいな事言われてて、『俺、もうバスケ止めたんだ』とは、その……ちょっとな?
「え? またまた~」
「いや……その、マジでバスケはもうやって無いんだよ」
「……え? そ、それじゃアレ、嘘なんですか?」
「アレ?」
頭に疑問符を浮かべる俺に、北大路は。
「――市民大会でしたっていう、ブザービートスリーポイントですよ!!」
「……へ?」
……え?
「市民大会でスリーポイントバシバシ決めて、最後は倒れそうになりながらもシュート決めたって聞いたんですけど……ちゃうんですか?」
「あ、いや、まあそれは……あってるけど」
「なんや~、びっくりさせんといて下さいよ~。あの噂、嘘かと思いましたやん。聞きましたよ? 正南の一年、ボコボコにしたって! いい気味ですわ~。俺、水杉のあのすかした態度、昔から好かんかったんですよ! 流石、東九条さん!!」
「……別にボコボコにした訳じゃないが……というかさ? なんで知ってるの?」
え? ちょっと怖いんですけど。だってお前、あれって完全な市民大会だぞ? 別にちゃんとした大会とかでもないんですけど……あれ? もしかして俺、個人情報ダダ漏れ?
「東九条さんの情報は逃しません! と言いたい所ですけど……正南学園、中学の時のツレが行ってるんですわ。そいつ、俺の『東九条さんファン』知ってるから、教えて貰ったんです。今度、帰省の時に動画持って帰ってくれるって言ってたから楽しみで楽しみで!!」
「……そうかい」
良かった。個人情報ダダ漏れじゃなくて。でも……
「……俺、別にバスケ部でもなんでもないぞ?」
「ボールとリングがあればどこでも出来ますやん、バスケなんて。それに、そのツレ言うてましたよ?」
にっこりと笑って。
「『楽しそうにプレイしてはった』って。それだけ分かれば充分ですわ。俺の尊敬する東九条さんは、今でもあの時のまんまやったって」
「……そっか」
なんだろう? その……ちょっと、嬉しいぞ、おい。
「あ、今回京都にもうちょっとおられるんやったら俺とバスケ、してもらえへんですか?」
「ええっと……」
ちらりと彩音に視線をやると、嬉しそうに笑う彩音の姿があった。
「良いわよ。北大路君もしたいんでしょうし」
「……お前が言うなら……良いぞ」
「ほんまですか!! やった!!」
そう言って快活に笑う北大路。と、ふと何かに気付いた様に視線を秀明に向けた。
「……なんだ?」
「なあ、お前あの生意気なクソガキと川北さんの妹さんと幼馴染やったんやろ? 川北さんの妹さんは分かったけど……あのクソガキ、まだバスケしてるんかいな?」
「……してるけど、それがどうした?」
「いや、ちっちゃい頃の恨みを引きずるのも格好悪いとは思っているんやけど……一遍、そいつとも勝負したいな思うててな? あのクソガキに、今度こそ絶対に勝ってやんねん!! あの時は負け続きだったけど、今なら負けへんしな!!」
「……」
「どうなんや? してるんか?」
「……してるよ」
「ほんまか! 何処の高校行ってんねん? バスケ部か? ああ、別にバスケ部じゃなくてもエエわ! 一遍、勝負しろって言っといてくれ、秀明!!」
燃える北大路。そんな北大路にため息を一つ。
「……自分で言えよ」
「いや、連絡先知らへんし」
「いや……いるだろう?」
隣に、と茜を指差す秀明。不審げに視線を自身の隣、茜に向けて。
「どこ――ちょ、いたたたたた!! な、なにすんねん、自分!!」
向けられた北大路の頭を、女子としては大きめな手でアイアンクローをかます狂犬――じゃなかった、我が妹。って、ちょ、お前!!
「茜!! 何してんだ、お前!! 悪い、北大路!!」
「いた、いたたた!! おま――……へ? 『アカネ』?」
抵抗しようとした動きを止める北大路。そんな北大路に、茜はにっこりと笑いかけて。
「――随分とペラペラ回るお口ですね~。言ったわよね、私? 『産まれて来た事を後悔させてやる』って」
「……へ? ちょ……はぁ!? ほな、お前!!」
笑顔を浮かべたまま。
「どうも~。噂の『魔王』でーす」
……北大路の顔よ。人が絶望に染まるときって、あんな顔になるんだな……




