えくすとら! その六十四 過去での邂逅と、不都合な現実からは目を逸らす主義
「お、俺、昔から東九条さんに憧れていて!! こんな所でお逢い出来るなんて感激です!!」
「そ、そっか……ええっと……その、なんだ……ありが、とう?」
茜の隣、俺の目の前の席に座り興奮した様にそう声を掛けて来る北大路。その瞳はなんだ、キラキラしていてこう、『ガチで尊敬しています!!』と言わんばかりの視線だが……
「……ええっと……北大路? その……憧れてくれるのは嬉しいんだけど……」
俺、なんかしたっけ? 正直、身に覚えが無いんだが……
「ああ、すみません!! 東九条さん、覚えてへんかも知れへんのですけど……俺、小学校の頃に東九条さんにバスケ、教えてもろた事があってですね?」
「……バスケ?」
バスケを教えた? 北大路に? そんな記憶、これっぽっちも無いんだが……
「ああ、教えてもろたって言うか、遊んでもろたって方が近いんですけど……東九条の本家にお呼ばれされた時に……」
東九条の本家で、バスケって……って、あれ?
「……ん?」
……あれ? なんだろう? そう言われると、ちょっと思い出してきた様な……ああ!
「お前、あん時のがきんちょか!? 本家に来てつまらなそうにしていて、俺と一緒に公園でバスケした!!」
「そうです、そうです!! 思い出してくれはりましたか!!」
俺の言葉に嬉しそうに頷く北大路。はー……なるほど、あのがきんちょか!
「……心当たりがあるの、浩之?」
「ああ。あれは……小学校三年生くらいだったかな? 東九条の本家に夏休みで遊びに行ってたんだよ。今だって別に仲が悪い訳じゃないけど、あの時は毎年夏には京都に来てたからな。そっか、そっか。あの時の」
「はい! 親父とお袋に連れられて京都の東九条さんとこにお邪魔したんですけど……まあ、がきんちょですし。話も全然面白くないし、ぼーっとしてたら東九条さんが『暇ならバスケでもするか?』って」
「そうだったな。一週間くらいだっけ?」
「はい!! 京都になんて行きたくなかった筈なのに、気が付けば帰るのイヤで……俺、全然バスケなんかした事も無かったんですけど東九条さんに教えてもろて、それでバスケ楽しいと思ったんですよね!! せやから、それでバスケを続けようと思って、バスケしてるんですわ!」
「……なるほど。それじゃ間接的に、浩之が未来のスタープレイヤーを育てた、という訳ね?」
面白そうな含み笑いを浮かべてこちらを見やる彩音。そんな彩音に肩を竦めて見せる。
「んな、オーバーな」
教えたって程大したことはしてないしな。一緒にボールで遊んだだけだ。そんな俺の否定的な態度に、慌てた様に北大路は首を横に振る。
「いえいえ! そんな事はありませんよ! そりゃ、確かに技術的な所は他のコーチや他の諸先輩方に教えて貰いましたけど……でも、本当に大事な事は、東九条さんに教えてもろたんですから!」
「……そうか? つうかなんだよ、本当に大事な事って?」
俺、そんな良い事教えたつもりは無いんだけど。
「……俺、家がそこそこ旧家やないですか? こう、色々と『やっかみ』言いますか……親の方針で小学校は公立やったから、なんや浮いていた言いますか……そんな感じやったんですよ」
「……」
「ほいでも、バスケ始めてから友達が増えてですね? そん時に東九条さんに教えてもろた事思い出して、皆でバスケしたら……皆と仲良く出来ましたわ」
そう言って快活に笑い。
「せやから――俺が、スタープレイヤーかどうかはともかく……『バスケは楽しんでやるもの』って教えてくれた東九条さんがおらへんかったら、俺は此処まで来てまへん。ほんまに、感謝してるんです!!」
そう言って頭を下げる。
「――あの時は、本当にありがとうございました」
「……オーバーだって」
ちょっと気恥ずかしいだろうが。まあ……嬉しくないというと嘘になるが。
「オーバーちゃいますよ!! あの時、東九条さんとバスケが出来たお陰で、俺、人間的にも随分変わったんですよ? 昔は結構引っ込み思案だったんですけど、親に意見も出来るようになりましたし!」
「そうなのか?」
「はい! 俺、中学校の時に『お前にもそろそろ許嫁を』とか言われてですね? 小学校の時の俺なら親に逆らうなんて考えた事も無かったんですけど、その時は腹が立ってですね? 『親の言いなりになんかなるかいな!』って、お見合い写真見もせずに破いて! 東九条さんに逢って無かったら、俺、今頃どこぞの訳の分からんご令嬢と結婚してましたわ!」
「「「「………………」」」」
「あれ? どないしたんです? 皆、黙ってしもうて?」
「……いや」
「……まあ」
「……うん」
「……なんでもない」
……取り敢えず昔の俺、ファインプレー! おんなじことを思っているのか、彩音もこちらに視線を向けてコクコクと頷いている。まあ、北大路は悪い奴じゃ無さそうだし、こいつでも彩音は幸せになれたかも知れんが……悪いね。彩音を幸せにする役目は譲ってあげねーの。
「……まあ、それならそれでよかったよ。でも、別にそこまでじゃないぞ? バスケを楽しくって言っても、普通に遊んでただけだろ?」
「そうですけど……でも、東九条さん、俺がどんなに下手くそでも怒ったり、笑ったりせず……飽きることなく一緒に遊んでくれたじゃないですか」
「いや、普通ボールに初めて触ったか触って無いかの人間のプレイなんて下手なもんだろ? んな事で怒ったり笑ったりしねーだろ?」
「そうですかね? お言葉を返すようですが、小さい頃って自分の思い通りにいかないと癇癪起こすじゃないですか? それでも東九条さんは根気強く、丁寧に教えて下さいました。あのお姿見て、俺も新しい子が入ってきたらミスしても怒ったり笑ったりしないように決めて練習してたんです」
「……そう、なのか?」
そんな特別な事をしていたつもりは無いが……そう思う俺に、北大路は肩を竦めて。
「……まあ、それを『特別』って思わないから東九条さんとのバスケ、楽しかったんでしょうけど……でも、居たでしょ? なんやったか……『アカエ』? 『サカネ』? とかいういけ好かないチビガキが」
「……アカエ? サカエ?」
……誰、それ?
「いたやないですか! 俺と東九条さんがバスケしてたらいっつも不満そうな顔で睨んで来るヤツ! ほいで、俺が失敗する度に『ぷーくすくす。ほんと、下手くそ』『さっさとやめて?』『絶対に、巧くならないと思う』『時間の無駄』とか馬鹿にしてきたヤツ!! あいつ、絶対自分が東九条さんに構って貰えへんからやっかんでたんですよ!! 子供って普通あんなもんですから!」
「…………ああ」
北大路の言葉に、俺も合点がいき、視線をアカエ――じゃなくて、『茜』に向ける。
「……おい、顏を逸らすな」
……そういや居たね、お前も。おい、気まずいからって顔を逸らすな。




