えくすとら! その六十三 …………はい?
桐生と茜と合流し、『なんで秀明が此処に居るの?』という茜に秀明が俺にした説明をもう一度説明。その説明を俺が持ってきたドリンクバーを飲みながら聞いていた茜は、秀明の説明が終わると、一言。
「……つまり……秀明、『東洛のポイントガードに認められた俺、スゲーだろう?』って言いたい訳? うわ……感じ悪ぅ……」
心底、軽蔑した様な視線を向ける茜。そんな茜の視線を受けた秀明は死んだ目でこちらに視線を送ってくる。
「……浩之さん」
「……なんだよ?」
「やっぱり茜、浩之さんの妹ですね? さっき浩之さんが言った事、そのまんまなんですけど?」
「……」
「しかも、自分から説明しろって言っておいてこれって……酷く無いです?」
「……すまん」
いや、流石に俺も今のはちょっと無いんじゃないか? と思ったが……俺もさっきやったから強く注意も出来んのだが。
「それにしても……東洛の一年生ポイントガードって、アレでしょ? 北大路利典君でしょ? へー。凄いじゃん、そんな子に認められるなんて」
「有名なのか、茜?」
「そりゃ、京都の高校でバスケやってる人間だよ、私も? 巧い子はある程度知ってるに決まってるじゃん」
「……ま、そりゃそうか」
男女の違いはあれども同じスポーツしてたらそりゃ、知ってるのは知ってるわな。そっか、有名な選手なのか。そう思い、うんうんと頷いていると、桐生がおずおずと手を上げた。
「その……『北大路』って……もしかして、奈良の?」
「あ、彩音さんも知ってます? そうです、そうです。奈良の北大路家の息子ですよ。次男坊だったかな?」
「……知ってるのか、桐生?」
「知っている、というか……その……」
なんだか言い難そうに言い淀む桐生。なんだ?
「そ、その……ご、誤解しないでね? そ、その……昔、こう……有ったのよ」
「……なにが?」
「そ、その……」
もにょもにょと口を動かし、それでも意を決して。
「……お見合い、の話が……そ、その……」
「…………おい、秀明。そいつ連れて来い」
「怖いっす!? 浩之さん、顏!! 物凄い顔になっていますから!! 連れて来いって!? 何するつもりですか!?」
「そ、そうよ!! それに、お逢いする事も無かったから!! そんな怖い顔しないで!!」
俺の服の袖をぎゅっと握ってふるふると首を左右に振る桐生。
「……」
……ふむ。
「……すまん、取り乱した」
「……そうよ。そのお話も東九条君と出逢う前だから……」
「……」
「……今の私が東九条君に――浩之以外に目移りすると思ってるの? そう思われたなら心外よ?」
「……思わない」
「でしょ?」
そう言ってにっこり微笑む桐生――彩音。その笑顔に、俺も笑顔を返しかけて。
「――え? 砂糖吐きそうなんだけど? なに? この二人、いつもこんなやり取りしてるの?」
「……まあ、あながち間違いじゃないかと」
「よく耐えれるね、秀明も……皆も。特にこんな姿、智美ちゃんが見たら発狂するんじゃない?」
白い目でこちらを見て来る茜に、彩音が慌てて俺の服の袖から手を放す。その……はい。
「……すまん」
「ん。まあ、おにいが女の子の事であんなにガチ切れするなんて珍しいもの見れたし不問に付そうジャマイカ。いや~、彩音さん? 愛されてますね~」
「……からかうなよ」
見ろよ。彩音、顏真っ赤じゃねーか。
「……まあ、話を戻すわ。桐生の家に婚約を……って話があったところ見ると……そいつの家も所謂……」
「ん。名家ってヤツ。知らない? おにいも逢った事あるんじゃないかな?」
「……あんの?」
全然、記憶にないんだが? マジで?
「……おにいは本当に……明美ちゃんの誕生日パーティーとかにも来てたよ? 昔からウチの本家と北大路は仲が良いしね? 同じ旧家同士、助け合う事もあるし」
「……」
「だからまあ……バスケで知ってるというか、北大路君の事は『そっち』の関係で知ってるカンジかな~? 挨拶ぐらいはした事ある、って感じ? 今日のパーティーにも来るんじゃないかな?」
「そうなのか」
しかしまあ……世間は狭いね~。同じ旧家通しで、しかも三人共バスケに縁があると来たもんだ。そんな事を思って一人うんうん頷いていると、秀明が何かに気付いた様に『あ』と声を上げる。
「どうした?」
「いえ……なんとなく北大路のプレイスタイル、どっかで見た事あるなと思ってたんですけど……アレっすね。浩之さんのプレイスタイルに似ているんですよ」
「俺の?」
「はい。北大路、身長はそんなに高く無いんですが、とにかく相手をかく乱するというか……動き回って、アウトレンジからシュート打って……何より、楽しそうにバスケするんですよ。俺とワンオンワンして負けたら悔しそうにしながら、それでも楽しそうに『もう一回や!』って」
「……そうなの?」
茜に視線を向けると、首を左右に振って見せる。
「どうだろう? 私もプレイ自体は見た事無いから。でもまあ、身長が低くてガードやってるんなら似た様なプレイスタイルになるんじゃないの?」
「……そうかもな」
俺らの身長じゃ、ガンガン中に入って行くことなんて出来やしないしな。どうしてもアウトレンジで勝負しがちにはなる。
「……んじゃまあ、今日会う事になったらちょっと話して見るか――」
「――あ! 秀明やないか! なんや、お前帰ったんちゃうんけ? 飯食うんやったら俺も誘えよな~」
不意に。
入り口近くから、そんな大きな声が響く。そちらに視線を向けると、そこには小柄ながら引き締まった体格をした少年が精悍そうな顔で笑いながらブンブンと手を振っていた。
「北大路? お前、なんでこんな所に!?」
「この辺、俺の縄張りやさかい。それにしてもなんや? お前、この辺にもツレおってん――」
そう言いながら、俺達を見まわしていた北大路の視線が俺と桐生の所で止まる。
「……なんだ?」
北大路の視線から守るよう、俺は彩音を背中に隠すように立ち上がる。まあ、彩音は美少女だしな? お見合いって事は、写真ぐらいは見た事あんだろう? そりゃ、『可愛いな』ぐらい思うぐらいは……まあ、許してやろうか。
「……なにか、用か?」
――でもな? 幾らお見合いの話があろうと……俺は、お前に彩音を渡してやるつもりはねえぞ? つうか、視界にも入れるな。醜い独占欲? 上等だ! そんなもん――
「――あ、あの……違ってたらえろうすんまへん。そ、その……ひ、東九条浩之さん、ですか!?」
――…………はい?
「……そ、そうだけど……」
不意に大声で名前を呼ばれ、きょとんとする俺。そんな俺に、北大路はキラキラと目を輝かせて、ズボンでゴシゴシと手を拭って。
「――ずっと前からファンでした!! あ、握手してください!!」
そう言って頭を下げたまま、右手を差し出した……って、は、はいぃ?




