えくすとら! その六十一 思わぬ邂逅
流石に席を陣取って喋るだけではアレという事で、ちょっと早めの昼食を済ませてしまおうという茜さんの提案により、注文を済ませる。
「桐生は何にする?」
「そうね……それでは、この明太子パスタで」
「茜は?」
「ミックスグリルとライスの大盛」
「……食べ過ぎじゃないか?」
「私は運動しているから大丈夫! それより彩音さんはそれだけで大丈夫なんですか?」
「ええ。充分よ」
「そうですか。あ、おにい、ドリンクバーも三つね! 私、ウーロン茶!」
「……取ってこいと?」
「うん!」
「はぁ……わかったよ。桐生は?」
「良いの?」
「ついでだよ、ついで」
「それじゃ、紅茶をお願いするわ」
「了解。んじゃ、ちょっと取って来るわ」
店員さんにオーダーをして、席を立つ東九条君。目の前には東九条君の妹である茜さんと二人っきり、少しだけ緊張するわね。正直、そこまでコミニュケーション能力高い訳でもないし。
「さて……それじゃ、邪魔者も居なくなったことですし、お話しましょー、彩音さん!」
「邪魔者って……」
「女子会ですよ、女子会……と、言いたい所ですが、その前に謝罪をします。父が色々と失礼な事をしたようで……」
そう言って頭を下げる茜さん。そんな茜さんの態度に、私はあわてて両手をわちゃわちゃと振って見せる。
「あ、頭を上げて! その……私はもう気にしていないから!」
「……そうなんです?」
「ええ。その……私の父にも責任の一端はあるの。決して、東九条の叔父様だけが悪い訳では無いから」
「……」
「……まあ、確かに裏で糸を引いていたのは東九条の叔父様だけど……でもね? 私は結構、感謝しているのよ?」
「……感謝、ですか?」
「ええ。その……どういえば良いかしら? 私、学校で少し……ううん、だいぶ、ね。だいぶ、浮いた存在だったのよ」
「……そうなんですか?」
「ええ。誰も寄せ付けないというか……まあ、そんな感じで」
「……意外です。そんな風に全然見えないですよ? なんか、優しいお姉さんって感じなのに……」
……あら。
「もし、そう思ってくれるのであれば、それは全部東九条君の――浩之のお陰ね。浩之に出逢ってから、私は随分変わったもの」
「おにいの力、ですか?」
「ええ。浩之は私に色々な事を教えてくれたわ。人付き合いもだったり、人を思いやる事だったり――」
そして。
「――人を愛する事とか、ね」
「……」
「……ちょっと恥ずかしいけど……」
うん。ちょっと恥ずかしいけど……これは、私の本音だ。
「……茜さんなら分かると思うけど……浩之の周りには可愛い子が多いでしょう? 涼子さん、智美さん、瑞穂さんに……明美様」
「……気が多い兄で済みません」
「ううん、それは良いの。ああ、良くは無いんだけど……でも、皆が浩之の周りに集まっちゃうのも理解は出来るから」
「妹的には兄の何処に魅力があるのかさっぱりなんですが……」
「貴方のお兄さんは魅力的よ?」
「ああ、良い兄だとは思ってますよ? 普通に好きですし。でも……男としての魅力となると……」
首を捻る茜さんに思わず苦笑を浮かべる。そうは言ってるけど……聞いているわよ? 貴方、結構ブラコンなんでしょう?
「……それで、その状態――どう言えば良いか」
「おにいのハーレム状態?」
「……あんまり間違って無いのがそこはかとなくイヤね。まあ、その状態を良しとしなかった東九条の叔父様が一芝居打ってくれたの」
「……ほう」
「それで……その時に、浩之が言ってくれたの。『彩音が好きだ』って。私、嬉しくて……だからね? 私からお願いしたの。『許嫁は解消してくれ』って」
「……」
「……浩之とは、ちゃんと向き合いたかったから。『許嫁』なんて、親から与えられた『カタチ』じゃなくて、私自身の感情で浩之を愛して、浩之に愛されたかったから」
「……乙女ですね、彩音さん。ああ、馬鹿にしてる訳じゃなくて……こう、もうちょっと楽な道もあったんじゃないかって思いましたけど……だって、信じられない事にあのおにい、ライバル多いですよ?」
「そうね。頭が痛くなるわ。まあ、浩之がそんな不誠実な事はすると思わないけど」
「そりゃ私もそう思いますけど……でも、おにいだって健康な高校男子ですし? それなら、許嫁って『カタチ』があった方が楽だと思うんですけど……」
言っている事は分かるわ。でもね、茜さん?
「『楽』と『楽しい』はまた、別の話よ?」
「……」
「私はそんなもので無理に浩之を縛りたくないし……そんなカタチだけの関係じゃ悲しいじゃない。だから――」
にっこりと微笑み。
「――相手が誰だろうと、負けるつもりは無いわよ。浩之は誰にも渡さないから」
「……意外に好戦的なんですね?」
「私の学校でのあだ名、浩之から聞いて無い?」
「……なんでしたっけ?」
「悪役令嬢よ」
ニヤリとした笑みを浮かべて見せれば、苦笑をして見せる茜さん。
「……むしろ、貴方は良いのかしら?」
「何がです?」
「その……涼子さんや智美さんは貴方のお姉さんみたいなものでしょう? 瑞穂さんは親友でしょうし、明美様はご親族でしょう? その……」
「ああ、私が涼子ちゃんや智美ちゃん、瑞穂とか明美ちゃんの味方じゃないかって事です?」
「有体に言えば。私の事を気に入らないとか、そう云うのは……」
「ぜーんぜん、無いです。や、流石に親戚付き合いする事になる『お義姉ちゃん』が性格最悪なら嫌ですけど……彩音さんならそんな事無さそうですし」
「そうなの?」
「はいー。なんで私は別に他の四人の味方じゃないですよ? そもそも、あの関係で四人の間に首を突っ込んだら絶対、揉めるじゃないですか。だから、私は中立です」
「……確かに」
「まあ、より正確には私は『おにい』の味方ですかね? おにいが幸せなら、それで良いですよ」
「……ブラコンね?」
「家族が大事なのは当たり前じゃないですか」
そう言ってニシシと笑って見せる茜さん。そうね、それは――
「ああ、おにいが帰ってきましたね。残念ですけど、女子会は――って、え?」
「? どうしたの、茜さん? そんな顔して――え?」
驚いた表情を浮かべる茜さんの視線の先を追う様に、私も振り返り――そして、言葉に詰まる。
「……なんでアンタがこんな所に居るのよ……秀明?」
浩之に連れられ、居心地悪そうな顔で立っていたのは私たちの後輩にして、茜さんや瑞穂さんの幼馴染、古川秀明君だった。え? なんで?