えくすとら! その六十 二人の関係を説明するのは意外に難しい
京都駅から逃げる様に走り去り、近場のファミリーレストランにダッシュで駆け込む。店員さんの『何事!?』という視線を気にせず、『三人で』と伝えると、時間も早い事から空いている店内の四人掛けの席に案内された。『ご注文が決まりましたらボタンを押して及び下さい』という店員さんにお礼を言って、一息。ジト目を向けると妹――茜はきょとんとした表情を見せた後、にっこりと微笑んで。
「いや~。久しぶりだね、おにい! 元気してた?」
「久しぶりじゃねーよ!! なにいきなり狂犬ムーブ繰り出してくれちゃってんのさ、お前!!」
……一息、吐かせてくれない。こいつ……マジで何考えてんだよ!!
「えー? だってさ? あのナンパ野郎、結構ウザかったんだもん」
「ウザいからって公衆の面前で投げ飛ばす馬鹿が何処にいるんだよ!!」
「正当防衛じゃん」
「明らかに過剰防衛だろうが!!」
俺の言葉に、『うわ、ウザ』と小声を漏らした後、茜はなんでも無いように視線を桐生に向けてにっこり微笑んで見せる。
「ま、おにいの小言は今に始まった事じゃないし……それよりも!! 初めまして! 私、東九条浩之の妹で、東九条茜って言います! 以後、よろしくお願いします!」
「え、ええ。私は桐生彩音と申します。その、こちらこそ以後よろしくお願いします……よ、よろしくお願いします、なんだけど……」
明らかに困惑顔の桐生。まあ……そりゃ、そうだよね。いきなり彼氏の妹のあんなシーン見せられたらそんな顔になるわな。むしろ、俺との付き合いまで考え直すレベルかも知れん。勘弁してくれ、マジで。
「『きりゅうあやね』さん、ですね? どうお呼びしたらいいです? 桐生さん? 彩音さん? 涼子ちゃんとか智美ちゃんみたいに『ちゃん』付は失礼でしょうし……あ!」
そう言って、『ポン』と手を打って、悪い顔でにやりと笑い。
「――『お義姉ちゃん』とかどうです?」
「お、お、お、おお義姉ちゃん!? さ、流石にそれは早いのじゃないでしょうか!? いえ、将来的には勿論、そのつもりよ!? そのつもりだけど、流石に、こう、も、もうちょっと段取りを踏んでと言うか、なんというか!!」
顔を真っ赤にして手をわちゃわちゃと振って見せる桐生。そんな桐生に一瞬、きょとんとした顔を見せた後、茜はこちらに視線を向ける。
「……テンパり過ぎじゃない、おにい?」
「……年上を揶揄うな。おい、桐生、冗談だ。戻ってこい」
基本、スペック高めの桐生さんだが……残念ながらコイツ、友達がいない期間が長すぎて対人スキルは低いんだよ。
「……はぁ。改めて紹介する。桐生、この駅前でその狂犬っぷりを見せてくれたのが俺の妹である東九条茜だ。今は京都の……ええっと、何処だっけ?」
「上鳥羽女子だよ」
「上鳥羽女子高に通ってる。それで茜、こっちが――」
……どう説明しよう?
「あー……えっと、俺の『彼女』の桐生彩音だ」
「あれ? 許嫁じゃなかったっけ?」
「……色々あってな。取り敢えず許嫁関係は一旦解消というか……まあ、『お付き合い』から始めようかと……」
言い淀みながらそう説明する俺。そんな俺に、絵にかいた様なジト目をこちらに向けて来ながら。
「……何やらかしたの、おにい? 婚約関係解消って。浮気?」
「ちゃうわ!!」
なんで俺のせいになるんだよ!! 冤罪も良い所だぞ!!
「ち、違うわ、その……あ、茜さん? 別に、ひがし――ひ、浩之が浮気をした訳じゃないわ。その、説明が難しいのだけど……こう、色々あって……婚約関係を解消して、改めてその、こ、恋人としてお付き合いを始めて……その……」
「え? え? おにい、私、ちょっとパニックなんだけど? 許嫁関係って、私が知る限り結婚秒読みのイメージなんだけど? それを解消して、なんで恋人関係になるの? 彩音さん、でしたっけ? えっと……ちょっと、説明してくれると嬉しいんですけど……」
「……ひ、東九条君……」
どう説明したものか、とでも悩んでいるんだろう。縋る様な目でこっちを見る桐生に、俺は一つ頷いて。
「茜」
「……何?」
こちらを見やる茜に。
「――親父が色々裏で暗躍した」
「――彩音さん、申し訳ございませんでした。父がご迷惑を……」
俺の言葉を聞き、流れる様に頭を下げる茜。そんな茜に驚いた様に桐生が手をわちゃわちゃと振って見せる。
「あ、頭を上げて茜さん!!」
「いえ……そっか。お父さん、勝手に婚約まで結んだだけで飽き足らずまた無茶な事したんだね? 流石に彩音さんに失礼過ぎない? どーする、おにい? 明美ちゃんより先に、私達で桂川に沈める?」
座った目でこちらを見やる茜。いや、お前な?
「……流石に親父が可哀想だから止めてやれ」
「そう? 可哀想なのは彩音さんだと思うんだけど? だって勝手におにいみたいなの婚約者にされて、勝手に婚約破棄したんでしょう? 万死に値しない?」
「……おにいみたいなのって」
もうちょっとお兄ちゃん、大事にしても良いんだよ?
「あ、あの……茜さん? 確かに東九条のお父様が……暗躍、というか、色々と考えて下さったのは事実よ? でも、婚約の破棄を申し出たのは東九条のお父様では無くて、私の方からなのよ」
「ええっと……もっと、分からなくなったんですけど……彩音さんが婚約破棄を申し入れて……それでも二人はお付き合いをしているんですよね?」
「ええ」
「……おにいが『別れたくない!!』って彩音さんに泣きついた?」
「どちらかと言えば私の方から『恋人にして』って言ったかしら?」
「……」
「……」
しばし落ちる沈黙。やがて、茜は若干泣きそうな顔でこちらに視線を向けて。
「……どうしよう、おにい。私、頭バグっちゃったかも。全然、理解出来ないんだけど……」
……ですよね~。