第十六話 桐生さんだってたまには冗談も言うよ? って話
瑞穂の言葉にきょとんとした表情を見せた後、桐生は俺に視線を向けると首を傾げて見せた。
「ええっと……貴方、国体に出たの?」
「でてねーよ。瑞穂も言ったろ? 国体『選抜』だって。しかも元だし、もっと言えば候補だからな?」
「違うの?」
「来年だったかな? ウチの県で国体開かれるだろ? だから、県のバスケ協会のお偉方がえらく張り切ってな。県内の中学生集めてチーム作ったんだよ。県選抜みたいな感じか?」
ウチの県は伝統的にバスケットは弱い。流石に地元開催で一回戦負けは格好が悪いだろうということで、選抜チームが結成されたって訳だ。
「それに選ばれたの、貴方?」
「運が良かったんだろ」
そう言って俺は唐揚げを口に運ぶ。と、不満そうな顔をした瑞穂から突っ込みが入った。
「そんな事無いです! 浩之先輩は凄い格好良かったんですよ! バスケをしている時は!」
「……それ、バスケしてないときは格好悪いって言ってるか?」
「低身長でありながらそれを逆手に取った様に相手のディフェンスを掻い潜るドリブル、裏の裏をかいた様なトリッキーなパス、それにロングレンジからでも決める事の出来るシュート力! 私が知る中では世代最強のポイントガードと言っても過言ではありません!」
「いや、過言だよ」
なんだよ、世代最強のポイントガードって。んな凄くないから、俺。
「……べた褒めじゃない。そうなの?」
「別にそんなに凄かったワケじゃねーよ。たまたまある試合で俺のプレーを見た協会の偉い人が、『練習に参加してみないか?』って言ってきただけだって」
そもそも弱いチームだったしな、ウチの中学校。ミニバス上がりは俺だけだったし、ちょっと目立っただけだろ。
「そう……でも、凄く栄誉な事じゃない?」
「まあ……嬉しく無かったと言えば嘘になるけど」
後に絶望に代わるが。そもそも、身長差が半端ないし。そんな俺に、少しだけ悩んだそぶりを見せた後、桐生がおずおずと右手を挙げた。
「……はい」
「どうぞ、桐生さん」
「その……これは聞いても良い事かしら?」
「聞いてみないと分からん。ただ、いきなり怒り出す事は無いだろう」
まあ、何が聞きたいかは大体分かるけどな。涼子も智美も、そんなに顔を強張らすなよ。
「その……なんで貴方はバスケットを辞めたの?」
……ああ、やっぱり。
「……辞めてねーよ。さっきも言ったろ? 瑞穂の練習に付き合わされるって」
「でも、帰宅部なのでしょ? 失礼ながら、県の代表候補に選ばれるほどの能力があって、それを有効活用しないのは勿体ないと思うんだけど?」
「説教か?」
「そう聞こえたらごめんなさい。でも、ただの興味よ。私なら、絶対にやめないから」
「そうか?」
「ええ。バスケットは詳しく無いから良く分からないけど……身長が高い方が有利なのよね?」
「まあな。それが全てじゃねーけど」
バスケは身長じゃないとかよく言われるけど、それは『身長差を実力で覆せる』ってだけで、低いよりは高い方が良い。同じ実力なら、身長の高い人間を試合で使うもん、俺だって。
「ならば、決して身長の高くない貴方が、県の選抜メンバーに選ばれる為に為した努力はきっと、物凄いものだっただろうと思うわ。きっと、一生懸命に練習をしたんだろうという事も分かる。そこまで努力したのなら――」
私なら、きっと辞めない、と。
「……ま、普通はそうかもな」
「でしょ? だから、純粋に興味があったの。その……怪我、とか?」
「まあ、慢性的にどっかしら痛かったけど……選手生命にかかわるような酷い怪我は負ってないな」
「じゃあなんで?」
「あ、あの! 桐生さん? その辺りで――」
「面白くなくなったからだよ」
桐生の言葉を制する様に声を上げた涼子。その声を遮るように、俺は言葉をかぶせる。
「……面白くなくなった?」
「そうだよ。面白くなくなったんだよ、『バスケット』が。一生懸命努力するのも、勝とうと思う事も、なにもかもな」
「……」
「……」
「……そう。わかったわ」
「……あれ? 説教とかしないの?」
「なんで? なんで私が説教するの?」
「いや、勿体ないって言ってたじゃん。だから、『面白くなくてもやれ!』っていうのかな~って」
「馬鹿にしないでくれる? 人から強制される努力ほど苦痛なものは無いわ。貴方は面白かったからバスケットを努力したんでしょ?」
「まあな」
「それが面白くなくなったから辞めた。いいじゃない、それで。無理に楽しく無い事なんて、する必要は無いわよ」
「……こう、向上心が無いとか、甘えるな、とか……」
「言って欲しいの?」
「全然」
「でしょ? 私だってイヤよ、興味の無い事するのは。まあ、バスケにそれだけ情熱を傾けられたのなら、帰宅部なんてしていないで別の何かに情熱を注げば良いのに、とは思うわよ? どうせ家に帰ってもぼーっとしてるだけでしょ?」
「失礼な。漫画やゲームで忙しいよ」
「それ、ぼーっとしてるのと変わらないじゃない」
おかしそうにクスクスと笑う桐生。その姿を、少しだけ感心したように瑞穂が眺めて口を開いた。
「ほー。これはこれは」
「……なにかしら?」
「いえ、意外なライバル登場かと思いまして」
「……ライバル、ね」
「そうです! 私は浩之先輩ガチ勢ですから!」
「……あら? そうなの?」
「じゃないと放課後にバスケに誘ったりすると思います? ねー、浩之先輩? らぶー!」
「はいはい。ラブ、ラブ」
「ええっと……二人はお付き合いを」
「してるワケねーだろ。こんなチンチクリン」
そもそも俺の好みは大和撫子なの。
「あー! 浩之先輩! 言ってはならない事を言いましたね! こんなに先輩の事を愛しているというのに!」
「はいはい。ま、こんな関係だよ」
「……分かった様な分からない様な……」
微妙な表情をする桐生。と、そこで予鈴がなった。
「喋ってばっかりで、全然箸が進んでねーな。わりぃ、涼子」
「ううん、良いよ。残りは晩御飯にでもするから」
「折角作って貰ったのに申し訳ねーな」
頭を下げる俺に、『いいよ、いいよ』と手を振る涼子。今度、なんか奢るわ。あ、映画奢るのか。
「あー、涼子先輩のお弁当、食べそこなった……これも浩之先輩のせいですよ! 先輩の話になんてなるから!」
「……俺の記憶が確かなら、話振って来たのお前じゃなかった?」
「そんな細かい事はどーでも良いんです! それより、浩之先輩! 放課後暇ですよね? 一緒にしましょ、バスケ!」
「いや、だからな? お前は――」
「ごめんなさい、川北さん。カレ、放課後に少しだけ用があるの」
「――なにを……桐生?」
「用? 浩之先輩に? なんの用で……っていうか、そもそも桐生先輩、なんで知ってるんですか?」
首を傾げる瑞穂に、綺麗な微笑みを浮かべて。
「そうね――デート、かしら? 私との」
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