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えくすとら! その五十八 桐生さんがグイグイ来る理由


 桐生を背中に負ぶったまま、京都駅前の道を歩く。金曜日の七時過ぎ、人通りもそこそこ多い中で、女性をおんぶして歩いている男、なんて注目の的で無茶苦茶視線を浴びて恥ずかしい。いや、マジで。

「……勘弁してくれよ、桐生」

「うにゅー……」

「うにゅーって」

 可愛いか。そんな桐生さん、気持ちよさそうに俺の背中で寝息を立てている。それは良いんだが、たまにこう、首元におでこをぐりぐりとしてくるところがちょっと困る。いや、猫みたいで可愛いんですけどね?

「ひがしくじょーくん……えへへ~」

 どんな夢を見ているのか、幸せそうな桐生の寝言。そんな桐生にため息を吐きつき、俺はどうにかこうにかホテルに戻って来た。ロビーに入るのに少しだけ躊躇したが……起こすのもしのびないのでさっさとホテルの中に入ってエレベーターで泊っている部屋へ向かう。負ぶったままで出しにくいカードキーをなんとかポケットから出して室内に入ると。


「――何時まで寝たふりしてんだよ」


 ぺいっとベッドに桐生の体を落とす。『ふにゃ!?』みたいな声が聞こえて来たベッドに視線を向けると、そこには不満そうな顔を浮かべた桐生の姿がそこにあった。

「……気付いてたの?」

「気付かない訳ねーだろうが。まあ、酔ったのは酔ったんだろうが……お前、回復アホ程はやいじゃねーか」

 そう。

 そもそもこいつ、酒飲んでも回復が早いのは前にその……涼子と遊びに行った帰りの日で既に分かっているからな。

「……むー」

「むー、じゃねーよ。おんぶなんかさせやがって」

 不満げにそういうと、少しだけ桐生の眉根が下がる。

「その……め、迷惑だった、かな?」

「……別に迷惑じゃないけど……まあ、恥ずかしかったかな」

 こいつ、無茶苦茶軽いし。正直、そんなにしんどいとも思わなかったから身体的な負担は掛かってないけど。

「精神的な負担は無茶苦茶掛かったな」

「せ、精神的なって……も、もしかして!? そ、その……わ、私の……そ、その……きょ、胸部の……その……」

「……」

 ……おお。

「……だよな。普通は女の子おんぶしたら『そこ』に意識が行くよな」

「じゃ、じゃあ――」

 恥ずかしそうに、それでいてちょっと喜色を混ぜた色を顔に乗せて桐生が顔を上げて――そして、少しだけ渋い顔になる。


「……待って? 『普通は』? それ、どういう意味? 貴方は違ったって事?」


 じとーっとした目を向けて来る桐生に、ついっと視線を逸らす。そんな俺の仕草に、桐生の額に青筋が浮かんだ。

「……なんで目を逸らすの?」

「あー……いや、その……」

「言い淀まないでくれるかしら?」

「……!! そ、そう!! その、視線が恥ずかしくって!! 全然、そんなのが気にならなかったんだよ!!」

「気にならない程のサイズという事ね?」

「……」

「……沈黙は肯定ね?」

 そう言って桐生はにっこり笑うと、ベッドから立ち上がり俺の手を取る。と、そのままベッドに引きずる様に歩いて行って。



「――えーい」



 トン、と俺の背中を軽く押す。全くの不意打ち、なすすべもなくベッドに倒れ込んだ俺の上から、桐生が覆いかぶさる様に体を乗せて来た。

「き、桐生!? な、何してるんだよ、お前!!」

 俗にいう、『ベッドドン』の態勢で俺の上に乗る桐生。いや、桐生さん!? 何してるんですか、貴方!?

「……そこまで言われると、女としての魅力を全否定されたみたいで若干、不満よ?」

「そ、そんな事無いって!! 充分、魅力的だよ、お前は!!」

「そうかしら? よく考えてみてよ? 毎日、同じ一つ屋根の下で暮らして、キス以上なし。ねえ、健康の男子高校生って……そ、その……」

「……まあな。男子高校生の理性なんて紙みたいなもんだよ」

「……貴方は違うの?」

「……違わないよ」

 違わないよ? 俺だって、理性自体は紙みたいなもんだよ?

「……でもな? こう……なんていうか、お前の事は大事にしたいんだよ。だから、その……なんだ、我慢しているっていうか……」

「体に悪いわよ、我慢は」

「……据え膳喰わねばって言葉知ってる?」

 っていうか。

「……どうしたんだよ、お前? 今日、グイグイ来るじゃねーか。なんだ? 旅行先のテンションってヤツか?」

「……」

「桐生?」

 俺の言葉に、少しだけ言い淀むように口をもごもごさせて。



「……だって……明日、貴方、明美様のパートナーでしょう?」



「……」

「そ、その! ふ、不満とかじゃないのよ? 私だって『よし』としたことだし、別に文句を言いたいとか、そういう訳じゃ無いの!! 訳じゃないけど……」

 しゅん、としたように目を伏せて。

「……明美様、魅力的じゃない? そ、その……む、胸も……ええっと……うん。私より、女性として魅力的だと思うし……」

「……信用ない、俺?」

「……ううん。信用はしているし、信頼もしている。でも……だからこそ、そ、その……ひ、東九条君と――浩之と、そ、その……い、『いたしたら』」

「……いたしたら、って」

「そ、それは良いの!! と、ともかく、名実ともに浩之の『もの』になったら」


 きっと、貴方は離れて行かない、と。


「……はしたない、って事は分かっているけど……貴方は誠実だし、一度、そ、その……か、関係を持った女の子を――」

「ストップ。それ以上は良い」

 ……あー……もう、なんというか……

「……心配するな、と言いたい所だが……」

「……さっきも言ったけど、信用も信頼もしてるんだよ? でもね、でもね? それでも不安なの」

「俺のせい、か」

「ち、違う!! それだけは違うから! 凄く大事にしてもらってるのも分かるし!! でも、その……ごめん、きっと、私は嫉妬深いんだと思う」

 そう言って肩を落とす桐生――彩音。俺の体の上に乗ったままの彩音の肩を優しく抱いて、俺の横に寝転がして、抱きしめる。

「……あ」

「……嫉妬深いってのはそれだけ愛情が深いって事だろ?」

「……うん」

「前も言ったけど……それだけ好きでいて貰えるのは嬉しいから。だから、謝るなよ。な?」

「……うん」

「……その……お前の事は大事にしたいってのは本当なんだよ。そもそもの出会いがアレだし……正直、豪之介さんの事も裏切れないし」

「……うん」

「だから……そうだな。その……『そういう』事をするのは、高校卒業してからだな」

「高校?」

「……十八歳超えるだろ、それなら」

 十八歳なんてまだまだガキだとは思う。思うけど……まあ、アレだ。十八歳なら結婚とかも出来るしな。そうなったら責任も取れる。

「……あ」

「……だから……その、なんだ? お前が魅力的じゃないとか、そういうのじゃないんだ。だから……その、それまでは俺も我慢するから、お前も……」

 ……なんの話だ、これは。不意に冷静になって照れ臭くなる俺に、彩音が優しく微笑んでくれた。

「……分かった。ごめん、ちょっと私、焦ってたかも」

「……分かってくれたか」

「うん。その……私も待つね? 待つから……」

 そう言って、俺を『ぎゅ』と抱きしめて。



「――だから、今日だけ、これで寝てくれないかしら?」



「……今日だけだぞ?」


 そんな事を言う彩音を、俺もぎゅっと抱きしめ返して――



「……でも、どうしても我慢出来なくなったら……い、いいよ?」



 ――……だから、そう言う事言うなよな、マジで。



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