えくすとら! その五十七 トラブル続きの京都旅行
ホテルを出て俺らは連れ立って焼肉屋へ向かう。
「どこ、いこっか?」
エントランスを出るまでは不満そうにほっぺを膨らませていた桐生だったが、既に機嫌は直っている。『まあ、何時までも拗ねていても仕方ないしね』とは桐生の弁だ。いや、拗ねられても困るので助かるのだが……でも、これって俺のせいか?
「……そうだな」
ま、良い変化なら良いか。そう思いながら、俺は京都の駅前をぐるりと見まわす。今はネット辺りで調べれば美味しい焼肉屋さんとかも直ぐに見つかるんだろうが、折角なのでフィーリングで選ぶことにしようか。まあ、ぶっちゃけ本当に美味い焼肉屋以外、何処でも食ってもさして変わらない気がしてるし、夜の京都の街を散歩するのも良いだろう。
「どこでも良いか?」
「ええ、良いわよ。何処で食べてもそんなに変わらないだろうし。安定的に美味しいもの、焼肉って」
「お前もそう思うタイプ?」
「ええ。東九条君も?」
「なんだろう? 作る工程がシンプルだから、肉の味が美味かったら何処で食ってもさして変わらない気はしてる。後は精々、タレが美味いかどうかか?」
基本、焼くだけだからな。なんか桐生の最初のステーキに通じるものがある気がする。桐生もそう思ったのか、少しだけ渋い顔をして見せた。
「……ステーキ、思い出してる?」
「エスパー?」
「分かるわよ。まあ……あれを料理って言っていいのか、今となっては微妙なラインよね?」
「でも美味かったぞ、普通に」
「素材の勝利よ、あんなの。それもあるから、基本『焼く』だけの料理に対しての信頼感はあるわ。何処で食べても七十点ぐらいありそうな気はしてる」
「そう考えると、知らない街で食う食事で焼肉ってのはありかも知れねーな。外れが無いって意味じゃ」
「まあ、京都にまで来て食べるものじゃないかも知れないけどね」
そう言って苦笑をして見せる桐生に俺も苦笑で返す。まあ、仰る通りだが……そんなに京都で有名な料理ってのも思いつかねーんだよな。懐石料理とか、そっちのイメージだけど……どうせならがっつり喰いたいしな。
「と、此処で良いか?」
「良いわよ」
ぶらぶらと散策かねて歩いていた俺たちの目の前に、一軒の焼肉屋が。『京都駅前店』と書いてあるところを見るときっとチェーン店なんだろう。それでも俺らの地元では見た事のない看板だし、きっと地元のローカルチェーン店って感じか?
「……何処にでもある焼肉屋さん、って感じね」
「まあな」
元気のいい店員のお姉さんに連れられて案内された席は二人が対面に座る形で、簾を降ろして個室っぽくなる席だった。
「……ちょっと緊張するわね」
「……いうな。俺も緊張してくるだろうが」
別に対面で食うのが初めてという訳ではない、どころか毎日顔と突き合わせて朝・晩と食事をしているのに何をいまさらと言われるかも知れないが……この席、距離感がいつもより微妙に近いんだよ。加えて、本当に人一人分のスペースで簾が降りてるからこう、圧迫感というかなんというか……まあ、そんな感じでいつもより心理的な距離が近い。
「……まあ、あんまり気にしてもしゃーないか。取り敢えず、食おうぜ?」
「……そうね。それじゃ、何から頼もうかしら?」
そう言って少しだけ緊張しながら……それでも嬉しそうにメニューを捲る桐生を見ながら、俺はお冷に手を伸ばした。
◆◇◆
「……うにゅー……ひがしくじょーくぅん……」
「……マジかよ」
今、俺の目の前では机に突っ伏してぐったりした状態の桐生さんの姿があります。なんでかって? 桐生さん、お酒、のんじゃったからだよ!!
……いや、別に桐生さんが不良になった訳じゃないぞ? 単純に、店のミスで桐生さんにお酒が運ばれて来ただけだ。オレンジジュース頼んだハズだったのに、オレンジサワーが出て来たってワケ。訳なんだが……なんだよ、この京都旅行。呪われてんの? ホテルでは部屋トラブルに、焼肉屋では注文間違いトラブルって……
「そ、その、本当に申し訳ございません!!」
「この度の責任は全て当店にあります。まことに、まことに申し訳ありません!!」
これを運んで来たバイトのお姉さんと店長さんが揃ってこちらに頭を下げて来る。いや、まあ……うん。
「……その……気にしていない、というとアレですけど……もう、済んだことですから」
幸せそうな顔でこちらを見ながらにこにこ笑う桐生にため息を吐きつつ、俺は店長さんとバイトのお姉さんに手を振って見せる。食事自体はしっかり済んで、『〆』のオレンジジュースでのミスなんで腹自体は膨れているのが辛うじて救いだな、こりゃ。いや、これで俺らが車で来てたり、もしくは桐生がアルコールにアレルギーとかあったら大問題だが……歩きで来たし、桐生もオレンジサワー一杯くらいじゃどうもこうも無いだろう。前科もあるし。まあ、未成年だからそれが不味いっちゃ不味いが……言わなきゃバレんだろうし、お姉さん、マジで泣きそうな顔してるからな。
「お、お代の方は勿論、結構ですので!」
「わ、私のバイト代から払います!! タクシー代も私が出させて貰います!!」
「……そうですか」
……まあ、それぐらいは甘えようか。食事代とタクシー代くらいは、お詫び代わりに貰っても罰は当たらんだろう。
「それじゃ、お言葉に甘えて――」
「――やぁだ」
「――タクシーを……え?」
不意に前から聞こえる声に、視線をそちらに向ける。と、そこにはだらしない顔で微笑んでこちらを見ている桐生の姿が。
「やぁだ! たくしーはいやだぁ!」
「嫌だって……」
いや、嫌だって言われても。今のお前、歩いて帰れる状態じゃないぞ?
「お、お客様? その、タクシー代金は私が出しますので……その、遠慮なく使って下さい。私のミスですし、今のお客様の状態で歩いて帰るのは少々危険ですので」
遠慮がちに、それでもはっきりとそういうバイトのお姉さん。そうだよな。今のこの状態で歩いて帰るのは危険だし――
「……ぶ、して」
――桐生?
「おんぶ、してぇ。ひがしくじょーくんがおんぶして、かえって~」
にっこりと笑って。
「だめぇ~?」