えくすとら! その五十 メリットとメリット
「……良かったのか?」
「良くはないけど……でもまあ、仕方無いでしょ? 明美様、本当に困っていたようだし」
そう言って小さくため息を吐く桐生。頭を下げて『お願いします、お願いします』という明美の姿に絆された形で桐生が首を縦に振ったのだ。
「にしても……明美も結構、抜けてるよな?」
「抜けてる?」
「だってパーティーの前の週でまだパートナーが決まって無いって。そんなこと、あるか?」
普通に考えてまあ、そんな事はあり得ないと思うんだが。しっかりしているようで抜けてる所もあんだな。
「……」
「ん? どうした?」
「いえ……明美様は東九条の一人娘ですもの。東九条は旧摂家に連なる名門だし……お綺麗でしょう? そんな明美様からパートナーの誘いを受けたら……きっと、一にも二にもなくお付き合いして下さる男性はいると思うわよ?」
「……そうなの?」
「そりゃそうでしょう。貴方だったらどうなのよ?」
「いや……俺には桐生がいるし」
「……はぅ。う、嬉しいけど! そうじゃなくて……その、誰もパートナーが居なかったらよ! 明美様くらいお綺麗な方に誘われたなら、喜ぶでしょう?」
「……まあ……そうなのか?」
正直、明美は産まれた時から知ってる訳だし、それこそ兄妹の様に育ったワケで……客観的に綺麗なのは分かるけど、主観ではなんとも『もにょる』感じではある。
「……それに、明美様もきっと嫌だったんじゃないかしら。明美様がパートナーとして選んだ人、ってなるとその人は一気に明美様の婚約者候補にのぼるだろうし……この年で許嫁とか言われても……ねえ」
「……俺らは?」
「……」
「……桐生?」
「少なくとも……わ、私は幸せだけど?」
「……俺もだよ」
「ふふふ。どうもありがとう。明美様だって……私達みたいに幸せになる可能性もあるんだろうけど、明美様、東九条君の事好きだし……もうちょっと踏ん切りが付かないんじゃないかしら」
「……」
「……それに……ちょっとだけ、罪悪感もあるから。東九条君を……その、盗っちゃったっていう表現はおかしいんだろうけど……」
「……お前が感じる必要はないだろ、それ」
「……そうなんだけどね。明美様には少しだけ、遠慮もあるのよね」
そう言ってはぁ、と息を吐きだす桐生。その姿に、『そんな事は気にするな』と声を掛けようと口を開いて。
「……これから親戚付き合いもしなくちゃいけないし」
「……ガチなヤツじゃん、それ」
……うん、まあ……確かに。如何に俺が東九条から桐生の家に婿入りをしたとしても……東九条の本家と縁が切れるかって言えば、きっとそんな事もないだろうしな。
「……それに、メリットが無いワケじゃないのよ。聞く?」
「聞いておく。メリットあるの?」
お前からしたらデメリットしかない気がするんだが……
「今回、私もお父様もパーティーに呼んで貰えるでしょう?」
「……まあな。だけど、それってメリットなのか?」
面倒くさいだけじゃね? わざわざ京都まで行ってパーティーに参加って。
「東九条の本家のパーティーは、本当に東九条が『親しくしたい』と思う人が呼ばれるものなのよ? そのパーティーに呼んで貰えるっていうのは、桐生の事業から考えたらプラスに働くわよ。だって『桐生』という家に、東九条が興味を示したって事ですもの」
「そうなのか? でもお前、一度行った事があるんじゃないの?」
「一度目は顔見せの意味合いが強いわよ、ああいう席って。私の家がそこそこ大きくなったから、取り敢えず呼んでおこうって感じね。実際、二回目は無かったし」
「……そうなの?」
「ええ。だから、こうして二度目に呼ばれる事で東九条と桐生の付き合いを認知して貰える様になるわ。話のタネに呼んだのではなく、本気で東九条がお付き合いをしたい家だと認めて貰える様になる。事業にプラスにならなくても……少なくとも、社交界では随分生きやすくなるわ」
「……」
……なるほどな。そういう考え方もあるのか。
「……前にお前が言ってた通りになったな」
「前?」
「その為に始まった婚約だろ、俺らって」
桐生の家の『格』を上げる。それが目的の婚約だったもんな、最初は。
「……その……」
「ああ、ごめん。この言い方は感じ悪かったか? 別に気にしていないぞ?」
むしろ……そういう事なら、ちょっとやる気も出て来た。俺が明美のパートナーとして出る事で、桐生の家の……格? なんかよく分からんが、そう云ったものが上がるんだろ? 何時か桐生と結婚すれば、桐生の家に入る訳だし、俺に取ってもプラスじゃね?
「……気を悪くしてないかしら?」
「なんで?」
「その……なんだか、東九条君を売って、パーティーに参加する権利を買った、というか……その……」
言い淀む桐生に苦笑を浮かべる。コイツは……
「気にしすぎだろ」
別に良いよ、全然。むしろそんな価値が俺にあった事の方が驚きだし……言い方あれだが、それで桐生の家の助けになるんだったら儲けもんだ。
「それに……明美もそんなつもりじゃねーだろ? 俺をパーティーに参加する権利で買ったみたいな考えじゃねーだろうし」
監視代わりにって感じだしな。
「……そうね。ごめん、変な事言って」
「だから、気にするなって」
そう言ってポンポンと桐生の頭を撫でる。猫の様に目を細めて、その俺の手に桐生が自らの掌を重ねる。
「そ、それに……メリット、まだあるんだ」
「まだあんの?」
「う、うん……あ、あのね、あのね? 京都に行くでしょ?」
「そうだな」
「その……わ、私達、遠出とかした事無かったでしょ? だ、だから!」
これが、『浩之』との、初旅行、と。
「……凄く、楽しみだぁ」
「……俺も」
にこぱーと擬音の付きそうな笑顔を向けて来る桐生、可愛い過ぎるんですけど!




