えくすとら! その四十七 デートの終わりに。
ポカンとした顔を浮かべる彩音に苦笑を浮かべていると、店の奥からコック帽をかぶった藤田が顔を出して来た。
「お。浩之、桐生、来たか」
「え? ふ、藤田君まで? え? な、なんで?」
理解が追い付かない顔で藤田を見やる彩音。そんな彩音の背中を押して、店内を歩く。本当はエスコートとかするべきなんだろうけど、まあそこはご愛敬で。
「ど、どういう事なの?」
「藤田の家、フレンチレストランしてるって話聞いた事無いか?」
「あるけど……でも、駅前にあるって言って無かった?」
「よく覚えてんな。あっちは本店でこっちは支店……っていうのか? コンセプトが違うらしい」
「……そうなの?」
彩音の視線に気付いて藤田妹がにこやかな笑みを浮かべる。
「はい! 此処は引退したお祖父ちゃんがやってます。あちらの方のお店はどちらかというと高級志向と言いましょうか……ちょっと値段設定が高めで、コース料理を出していたりします。こっちはそこまで価格設定も高くない、普段使いで使って貰えるお店にしようってお祖父ちゃんが」
「と、言ってもそこそこするけどな、此処も」
そう言って藤田が話に入って来る。
「そうなの?」
「大学生がバイト代が入って奮発して彼女とデートに使う、くらいのイメージかな? そもそもフランス料理って敷居の高いイメージあんだろ? だからまあ、そこまで敷居は高くねーよって事を知って貰おうって作った店なんだよ」
「……そう……」
「だからまあ、ある程度はリーズナブルではある。此処なら俺も少しぐらいは料理を手伝わせて貰えるから、そういう意味でも価格が安い」
「今日のお料理は藤田君が作ってくれるの?」
「精々、前菜くらいだな。幾らツレカップルとは言え、流石に素人の作る料理は出せねーよ。親父も祖父さんも、そういう所は厳しいし」
そう言って肩を竦めて見せる藤田。そんな姿に可笑しそうに笑う彩音に視線を送り、俺は口を開いた。
「食事、何処が良いかなって思ったんだけど……彩音、高級料理は食いなれてるだろ?」
「食べなれているかと言われれば……まあ、ある程度は」
「此処、隠れ家みたいな店だろ? 今日なら藤田が貸し切りにしてくれるって話だったし……折角なら、二人でゆっくり出来る方が良いかなって」
「……待って。貴方、フランス料理屋を貸し切りにしたの? その……だ、大丈夫? お、お金とか」
「……」
「ちょ、ちょっと!? 黙らないでよ!!」
「あー……いや、そうじゃなくて……藤田?」
「さっきも言ったけど、大学生が奮発して食べに来るような店だから、いつもそこまで流行ってる訳じゃねーよ。浩之から相談されたから祖父さんに言ったら、それじゃ貸し切りにしたら良いじゃねーかって話になったんだよ。だから別に別料金まで取ろうって話じゃねーよ」
「……それはそれで心配なんだけど……だ、大丈夫なの?」
「まあ、こっちは半分趣味みたいなもんだしな。引退した祖父さんの道楽だよ、道楽。祖父さん自身、あんまり流行って貰ったら困るって言ってたし」
「……商売っ気が無さすぎないかしら、それ」
「まあな。でもな?」
そう言ってニヤリと藤田は笑って見せる。
「……正直、味は本店よりも良いかもしんねーぞ? だから期待しておけよ?」
◆◇◆
「……美味しかったわね」
「……だな」
藤田の家のフランス料理屋で概ね二時間ほど食事を楽しみ、俺と彩音は帰路に着く。いや、マジで。しっかり美味かったよ、藤田の祖父さんの料理。俺はともかく、彩音は高級料理喰いなれてるし舌は肥えてると思ったが、そんな彩音が一口食べて目を丸くしてたからな。なんでも藤田の祖父さん、フランスにある三ツ星レストランで修業してたらしい。
「あのお料理であのお値段なら、もっと流行ってもおかしくないのに……」
「だな。流石に高校生が何度も通える値段設定じゃねーけど……ちょっとしたお祝い事とかにはまた行きたいな」
まあ、ああいう料理屋に行って一番金が掛かるのって酒だったりするからな。食事だけの値段で考えれば、そこまでは高くはならないのかも知れん。それでも高いのは高いけど。
「……そう考えれば絶妙な値段設定なのかも知れないわね」
「そうなのか?」
「ええ。お父様が昔言ってたけど……会食で使うお店、どんなに美味しくてもあまりリーズナブルには出来ないって言ってたのよ。格を疑われるって」
「……なるほど」
確かに、そういう側面もあるかも。接待で使うのに安い所とか、『あんまり大事にされて無いのか』って思う可能性はあるかもしれん。
「お父様曰く、何処でも良いなら牛丼屋か立ち食い蕎麦のお店が一番良いらしいわ。美味しいし、値段は安いし、しかも早いって」
「……流石に接待では使えねーだろう、それ」
「ええ。だからきっとあのお店もそういうお店なのよ。接待で使うにはちょっとお値段が安いけど、普段で食べるには高価すぎる。藤田君のお祖父様がそこまで流行って欲しくないと言うなら、妥当な価格帯なんでしょうね」
「……勿体ない気もするけどな、あの味なら」
「……そうね。でも、それは本人の意思だし……そのお陰でああやってゆっくりお食事出来るんだったら、それはそれで良いんじゃない?」
「……まあな」
俺らが文句を言う筋合いでも無いか、確かに。旨い飯が、静かな空間で食えたんだ。正直、感謝しかねーよ。
「……また、行きましょうね」
「そうだな。今度は俺がバイトかなんかして、その金で行こうぜ」
「えー……」
「え? ダメ?」
「ダメって言うか……浩之、もしかして奢ってくれようとしてるの?」
「いや……そりゃ、まあ」
知らんが、デートってそういうもんじゃねーの?
「……あのね? 高校生のデートで彼氏が全部奢るなんて無いわよ? 漫画の中の大富豪じゃ無いんだから。私だってイヤだわ、そんなの」
「……そうなの?」
「そうよ。前も言ったでしょ? 私は貴方に守って貰いたいんじゃなくて」
「隣を歩きたいんだもんな」
「そう。だからそんな無理はして欲しくありません。そんな事言うなら、もうデートはしないわ」
冗談めかしてそう言って笑う彩音。
「……そりゃ勘弁だな」
「分かれば宜しい。そうね……割り勘なら、喜んで行くから」
割り勘なら喜んで行ってくれるのか。と、いう事は?
「……今日のデートは満足だった、って事で良いか?」
「それは勿論! 百点満点で九十点を上げるわ! 上から目線で何様という感じでしょうけど……」
「いや、それは思わねーけど……」
思わねーけど、九十点? あれ? 十点は何処で減点されてるの?
「……後学の為に十点減点の原因を教えてくれね?」
「十点減点の原因?」
わからないかしら、と笑って。
「――私の右手、寂しそうじゃないかしら?」
そう言って笑う彩音に肩を竦めて手を絡ませると、『これで、百点』という彩音の嬉しそうな声が聞こえて来た。




