えくすとら! その四十五 ナンパ野郎にご用心
誰が言ったか知らないが、こんな名言がある。曰く、『クレーンゲームは絶対に取り出せない貯金箱である』と。
……正直そこまでは言い過ぎだと思うが……でもまあ、分からんでもない。プライズに対するアームの弱さを考えると、『取らすため』には作られて無いだろう事は直ぐに分かる。いや、商売なんだからそりゃそうなんだけどさ?
「……取れねー……」
……うん。いや、本当に取れねーんだ、コレ。そもそも、ぬいぐるみを掴んでも持ち上げる事すら叶わない様なアームの弱さなんだよ。頭の上で『つるっ』て滑るんだよ、マジで。
「……ねえ、浩之?」
「もう良い、とか言うなよ?」
「うっ……」
「ヤラシイ事言っても良いか?」
「……どうぞ」
「金なら、ある」
……軍資金、豊富だしな。いや、ぶっちゃけ、『もう買った方が絶対に安い。むしろ、三個ぐらいは買えるんじゃね?』ってレベルで金を突っ込んでいるんだが……そういうもんじゃないだろ、クレーンゲームってさ。
「……それは分かるんだけど……」
「……もしかして他のゲームしたいか? わ、わりぃ! それは気が利かなかった!!」
……まあ、人がクレーンゲームしてる姿見てるだけなんて面白くはねーもんな。くそ、配慮が足りんかったか。
「う、ううん! そんな事はない! 見てるだけでも充分面白いし、そ、その……真剣な表情をしてる浩之は、か、格好良いし……私の為に頑張ってくれてるんだって思うと……う、嬉しいし……」
「……」
……やめれ。照れるから。
「……でも……流石に、お金、使い過ぎでしょう? なんというか……申し訳なくて」
「……」
「あのぬいぐるみは可愛いと思うけど……そ、その、絶対に欲しいという訳では……ないし」
「まあ、そうだろうな」
仰る通りだ。あのぬいぐるみだって絶対に欲しい訳では無いのだろう。
「……分かった。それじゃ、後千円だけ挑戦させてくれ」
「……」
「お前の言う事も分かるけど……俺としては、どうしても取ってやりたいんだよ。対して欲しくは無いだろうが……それでも、な」
「……」
「……ダメか?」
「……ううん。嬉しいわ」
そう言ってにっこりと微笑む彩音。その笑顔に俺も笑顔を返し、クレーンゲームから少し離れる。
「んじゃ両替してくるから、ちょっとクレーンゲームの前に居てくれるか?」
「ん。誰かに取られない為ね?」
「取られないって言い方はちょっと語弊があるけど……まあ、そういう感じ」
プレイして無いのにクレーンゲームの前にいるのってマナー違反かも知れんが……でもこれで誰かに横入りで掻っ攫われたら流石に目も当てられんし。結構お金も突っ込んだんだし、ちょっと見逃して貰えんだろうか。
「分かったわ。この場所は死守してみせるから!」
「大袈裟だよ」
クレーンゲームの前に陣取り『ふんす!』とばかりに鼻息を出す彩音に苦笑を浮かべ、俺は両替をする為に店内奥の両替機に足を運ぶ。なんの自慢にもならんが、今日だけで四回目だ。場所も覚える。
「……これが最後だからな」
両替機に言っても詮無い事だと分かりながらもそう言って『100円』と書かれたボタンを押す。吐き出された十枚の硬貨を持って、クレーンゲームに戻ると。
「これ、ちょっと動かしてあげよっか?」
「……結構です」
「いやいや~。此処だけの話、此処のアーム、結構弱いから、中々取れないんだよね~。だから、ちょっと落としやすい位置まで動かしてあげるって!」
「……結構だと言ってるでしょう?」
「コツもあるからさ~。お姉さん、可愛いし特別にコツも教えて上げるよ? ほら、あのぬいぐるみ、体の横側に大きなタグがあるでしょ? あそこにアーム通すんだよ。まあ、なんなら落ちた事にして、プレゼントしても良い――」
「――おい。俺のツレに、なんか用か?」
クレーンゲームの前で、店のユニフォームである赤いウインドブレーカーを着た茶髪の男性が彩音に必死に話しかけている姿が目に入った。心底イヤそうな顔をしている彩音に構わず、軽薄な言葉使いで彩音の肩に手を回そうとした男の腕を掴む。
「いてぇ! 何しやがる!!」
「何しやがるじゃねーよ。こっちの台詞だ、ボケが」
自分でも驚くほど低い声と、厳しい視線をバイトに向ける。よほど怖い顔してたんだろう、バイトの顔が歪んだ。
「……店長に言いつけられたくなかったら大人しく仕事に戻れ。今なら見なかった事にしてやるから」
俺の言葉に『ちっ』と舌打ちをして店内に戻るバイト君。その背中を睨みつけていると、俺の腕にちょんと触れる感触があった。
「……大丈夫か、彩音」
「……うん。浩之が守ってくれたから」
にっこり微笑む彩音。そう言ってくれるのは嬉しいが、なんとなくもやっとするものがある。まあ、彩音は可愛いしナンパされるのも仕方ないとは言えるのだが……
「……悪かったな。離れたばっかりに嫌な思いさせちまった」
「嫌な思いはしたけど……でも格好いい浩之見れたから、お相子かな?」
「その……さ、触られたりは」
「してないわよ。当たり前じゃない。浩之以外の男には体の一部分だって触らせるつもりはないもの」
「……そうかい」
まあ、それなら……うん。にしても、やっぱりゲーセンは色々と危険だな。
「帰るか?」
「私は大丈夫だよ? 折角両替もして来たし、クレーンゲームしたら?」
「……」
俺が大丈夫じゃないんだが……まあ、彩音がこういうならしようか。折角ならとってやりたいしな。
「……分かった」
クレーンゲームに硬貨を投入してれっつ、プレイ。さっきのあのバイト野郎はムカつくが……だが、アドバイスに罪はない。言ってた通り、ぬいぐるみの体の横にあるタグ目掛けてクレーンを落とす。
「……あ!」
「……よし!」
上手くタグにアームが引っ掛かる。そのまま、なんだか不格好な姿で吊り上げられるぬいぐるみ。アームが上に上がり切った所で衝撃でぬいぐるみが左右に動くが……よし、落ちて無い!!
「す、すごい! 浩之、凄いよ!!」
俺の腕に抱き着いて嬉しそうな声をあげる彩音。その彩音の声に祝福されるよう、ぬいぐるみは景品口へその姿を現した。プラスチックの覆いを押し上げて中からぬいぐるみを取り出して彩音に渡す。
「……ほれ。プレゼントだ」
「ありがとう! 本当に嬉しいよ、浩之!! 絶対、大事にするから!!」
そう言ってぬいぐるみをぎゅーっと抱きしめる彩音。可愛らしいその姿にほっこりしたものを感じながら――マジで取れて良かったと、俺は心の中で盛大に安堵のため息を漏らした。取れなかったらマジで格好悪いしな、コレ。




