えくすとら! その四十四 ゲーセンデート
「……此処ね」
そう言って隣の彩音がごくりと唾を呑みこむ。真剣な眼差しで目の前の『ソレ』を見やる彩音に思わず苦笑が漏れる。
「……そんなに緊張するなよ」
「するわよ。だって、初めてですもの」
俺に視線を向けた後、もう一度視線を戻して。
「――ゲームセンター、なんて」
……うん。結局俺ら、ゲームセンターに来ました。最初はウインドウショッピングも考えたんだが、特に欲しいモノもない状態でウインドショッピングは無駄なお金使いそう、という彩音の考えで今回は無しに。『浩之がいつも遊んでいる事……してみたい』という彩音の意見を取り入れて、ゲームセンターと相成った。
「クラスの子とかと来たことは無いのか?」
「無いわね。遊びには誘われているけど……ゲームセンターって、危ないんでしょう? 不良がたむろしているって」
「昭和のゲームセンターかよ」
流石に今日日、ヤンキーがたむろしている様なゲームセンターなんて……まあ、無いワケでは無いが、概ね女性や子供も遊べる様な所になってるよ。
「最近じゃゲーセンって言うよりアミューズメント施設って感じだしな。少なくとも子供とか女の子が遊びに行って絡まれたりすることは……」
……まあ、彩音ぐらい美人ならナンパはされるかも知れんが。
「……なに?」
「いや……彩音ぐらい美人ならナンパされるかなって」
「……美人って貴方に言われて喜んだらいいのか、それともナンパされる様な場所に来たことを嘆けば良いのか迷い処ね」
「……まあ、ナンパはされんだろう」
そう言って彩音の手をぎゅっと握る。一瞬、驚いた様な表情を見せた後、彩音は俺の手をぎゅっと握り返して来た。
「……なんか、このまま街を歩くだけでも幸せになれそうだけど? むしろゲーム中に手を離さなくちゃいけないなら……」
「ゲームセンター、止めるか」
「……悩ましい所ね」
「っていうか、そもそも彩音とゲーセンって違和感が半端無いんだけど。ゲーム、そんなに好きじゃねーんじゃねーの?」
昔、実家からゲームを持って来たことあったけど、結局アレで一度も遊んで無いし。
「やる機会が無かっただけで……別に好きでも嫌いでもないけど……でも、そうね。確かに私にゲームは似合わない気はするわ」
「だろ? んじゃ無理してゲーセンに来なくても良いぞ?」
「そうだけど……」
なんとなく、モジモジし出す彩音。どうした?
「そ、その……」
「うん?」
「も、もしね? ゲームセンターで楽しくゲームが出来れば……」
放課後デートとか……出来るかな、と。
「……そう、思って」
「……」
可愛いか。
「お、同じ趣味を持った方が長続きするって、その……き、聞いたし……」
「お、おう」
……なんだろう、この甘酸っぱいカンジ。いや、嬉しいんだよ? そう言って貰えると嬉しいんだけど……なんとなく、気恥しい。
「……それじゃ、行くか」
「……うん」
手を繋いで二人でゲームセンターへ。格闘ゲーム、メダルゲーム、レースゲームに音ゲーと、色々な筐体が様々な音を奏でるその空間に一歩足を踏み入れた彩音の顔が歪む。
「……煩いわね」
「そうだな。慣れればそうでも無い――」
「ひゃう!」
「――けど……なに?」
「い、いえ……その……耳に、い、息が」
……近くないと聞こえないんだから仕方無いだろうが。そう思い、真っ赤に染まる彩音の顔を見やる。
「ご、ごめん……過剰反応だったわ」
「……」
……つま先立ちで俺の耳元でそういう彩音。ごめん、確かにコレ、不意打ちでやられるとクるものがあるね、うん。
「取り敢えず、何かしようか?」
「何が良いかしら? お勧め、ある?」
「あー……まあ、格闘ゲームは流石に難しいと思うから……無難なのはレースゲームとかだけど……」
「なに? レースゲームも難しいの?」
「いや、難しいっていうか……」
経験の差はあるけど、あれなら無難にこなせると思うが……でもな~。
「いや……お前、負けず嫌いだろ?」
「……まあね」
「なんというか……延々、レースゲームをする未来しか見えないというか……」
『くぅー! 次! 次よ、浩之!!』と悔しがりながらコインを投入し続ける彩音の未来が見える。いや、まあ、それはそれで面白いとは思うんだが……
「……否定できない自分がいるわ」
「だよな」
「じゃあ、他のはどう? リズムゲームとかあるんでしょう? アレなら私でもプレイ出来ると思うわよ? ヴァイオリンもやってたし、リズム感はある方だと思うわ」
「音ゲーと実際の楽器がシンクロするとは思えんが……」
だが一理ある。こいつなら、結構出来る気はしているし、俺も音ゲーそんなに得意なワケでは無いからいい勝負にはなるんじゃないかと思うが。
「……凝り性だろ、お前?」
「……言いたい事は分かった。最高難易度で、しかもパーフェクト取れるまでその場から動かなさそうって事でしょ?」
「……正解」
「……今はそうでもないけど……確かに、熱くなったら言いそうね、私だもん」
「だろ?」
「……そうなると、無いじゃない、出来るの」
「……」
確かに。ゲームセンターと彩音って違和感半端ないって思ったが、そもそも彩音がゲーセン向きのキャラじゃないんだな、うん。
「……出るか?」
「……でも、それはちょっと悔しい気も――あれ?」
喋りかけた彩音の視線が一点で止まる。その視線の先を追って……
「……クレーンゲーム?」
「……あのぬいぐるみ、可愛くない?」
「……アレか?」
クレーンゲームの中にあるのはアレだ。浦安にあるネズミの国の蜂蜜を狙う目つきが怪しい、夢の国で唯一『さん』付けで呼ばれる例のクマのぬいぐるみだ。
「……可愛い可愛くないはともかく……クレーンゲームか」
「……ダメなの?」
「クレーンゲームこそお前、取れるまでやりそうな気がするんだが?」
もしかしたら他のゲームよりも向いて無いかも知れん。そう思う俺に、彩音はちっちっちと指を左右に振って見せた。
「私だってそれは分かってます。前のお祭りの時もずっと、ヨーヨー掬いしてたぐらいだし」
「だろ?」
「だから……あれは、浩之がプレイして?」
「俺が?」
それ、楽しいのか?
「……こう、ちゃんと『デート』って決めてデートに来るのって……は、初めてでしょ?」
「……まあ」
遊びに行ったりはしてたけど、予定を組んで出るのは初めての気はする。今まで何してたんだ、って話ではあるのだが……
「だ、だから……あのぬいぐるみ、浩之が取って……私に、プレゼントしてくれない?」
初デートの記念に、と。
「だ、だめぇ?」
そう言って、上目遣いでこちらを見やる彩音に。
「……分かった。任せろ」
……これ、ダメって言えないヤツじゃん。苦手だけど……仕方ない、いっちょ格好いいところ、見せてやるか!!




