えくすとら! その四十二 真意は分からないけど、そう理解したのでそう動いた。
「……酷く無いか、これ?」
流石に文句の一つも言いたくなる。そう思い、ジト目を向ける俺に涼子はにっこり笑って舞台――というか、画面前で二人で熱唱する明美と彩音を指差した。
「煽ったのは私達だけど……彩音ちゃん、楽しんでるよね?」
「まあな」
「そもそも、私たちは引こうとしたのに『いい度胸ね!』と言わんばかりに来たのは彩音ちゃんじゃん」
「……まあな」
煽ったお前が言うな、という気持ちもあるが……確かにまあ、彩音が二人を『誘った』という形になるっちゃなる。なるが……
「……お前、譲ってやるって言ったんじゃねーの? 大学卒業するまではって」
「言ったね~」
「んじゃ、守れよ。その約束。俺、今回結構張り切ったんだぞ?」
「知ってる。浩之ちゃんのお父さんに聞いたから」
「……親父」
それほど、へそくりの恨みが深いか。へそくりが悪いとは言わんが、ばれたのは自分のせいだろうが!!
「……」
「……なんだよ?」
「いや……流石に浩之ちゃんのお父さん、『へそくり』バレたぐらいで此処まではしないと思うよ?」
「……そうか?」
普通にすると思うんだが、俺は。そういう人だぞ、あの人。
「浩之ちゃん、お父さんに対する評価が低いけど……結構凄いよ、浩之ちゃんのお父さんって。少なくとも、情は深い人だとは思うし」
「……」
まあ……否定はせん。腹黒いというか、謎っぽい行動する事もあるが、蔑ろにされていると考えた事はない。
「……情が深いんだったら、俺にもうちょっと優しくしてくれれば良いのに」
わざわざ、気張ったデートを邪魔するのは、流石に酷い気がするんだが……
「その辺はバランスかな~」
「バランス?」
「芽衣子さん、完全に彩音ちゃんに……そうだね、『付いた』んでしょ?」
「……どうだろう。まあ、応援はしてくれているよ」
「で、よ? 私や智美ちゃんは浩之ちゃんのお父さんに実の娘の様に可愛がって貰ってると思うんだけど……どう?」
「……まあな」
実の娘、居るのにな。特に涼子は昔から凄い可愛がってるとは思う。
「まあ私は家も隣で産まれた時からずっと一緒だし、自分の奥さんの親友の娘だもん。それに……他の『娘』とはタイプが違うでしょ?」
「……確かに」
茜も智美も瑞穂も……まあ言ってみれば似たようなモンだし。そう考えたら、涼子だけ明らかにタイプは違う。
「……だから、気を使ってくれたんだと思うよ? 芽衣子さんが完全に彩音ちゃんの味方なら、お父さんは私たちの味方に付いてくれたんじゃないかな~。なんだかんだ言っても明美ちゃんは身内だし、可愛いだろうから」
「……それがバランスか?」
「芽衣子さんと私のお母さん、親友だし。これは別に浩之ちゃんが悪いワケじゃないけど……お母さん、浩之ちゃんの事大好きだし。本当の息子みたいに思ってるもん」
「……有り難い話だよ」
「そんな浩之ちゃんが他の子を……自分の娘が浩之ちゃんの事が好きなのに、他の女の子にいい顔をしている浩之ちゃんを見るのはちょっと、なんじゃないかなって思うよ? 加えて、親友が自分の娘の恋路の邪魔……というと言い方悪いけど、後押ししているとすれば……」
「……まあ、面白くは無いかもな」
そう言われて見ればそんな気もしないでもないが……
「……凜さんってそんな事思うタイプか?」
一般的にはそうかも知れんが……凜さんだぞ? 絶対、そんな事思うタイプじゃないと思うんだが。そんな俺の疑問に、涼子はうんと頷いて。
「多分、思わないと思う。お母さんだし」
「だよな?」
「『浩之を取られた? お前に魅力が無いからだ、馬鹿め』ぐらいの事は言いそうかな、お母さん。まあ、慰めてはくれるだろうけど……少なくとも芽衣子さんを恨むとは思えないかも」
「俺もそう思う」
さばさばしてる人だしな、凜さん。
「でも、それはそれとして私たちの事も可哀想だと想ったと思うよ、浩之ちゃんのお父さん。さっきも言ったでしょ? 情の深い人だって。そうじゃないと従業員さん、あんなに付いてこないよ?」
「……まあな」
豪之介さんの話じゃ、昔世話になった人を借金までして助けたんだろ? まあ、そういう事もあるかと思うけど……
「でも親父、俺に『ふらふら』するな、みたいな事言ってたぞ?」
「そりゃそうでしょ」
「……意味が分からんのだが」
ふらふらするなと言っておきながら、ふらふらする様な……どういえば良いか、爆弾を放り込まなくても良い気がするのだが……
「逆に聞くけどさ? 浩之ちゃん、私たちが猛烈にアプローチ掛けたら靡くの?」
「……靡かない」
「でしょ? だから、それは浩之ちゃんの問題なの。浩之ちゃんがしっかり彩音ちゃんの事が好きなら、なんの問題もないでしょ? 例え、私たちがどんなにアプローチ掛けても」
「……」
「これは想像だけど……たぶん、浩之ちゃんのお父さん、私と浩之ちゃんがお付き合いをしだしたら、浩之ちゃんには『彩音ちゃんがいながら!』って怒ると思うけど、私には『よく頑張ったね』って言って褒めてくれると思うよ? そういう人だもん、浩之ちゃんのお父さん」
「……確かに」
なんとなく、想像が付く気はするが。
「……だからまあ、邪魔しておいでって言われたと思って邪魔しに来たってワケ」
「……俺に嫌われるとは思わなかったのかよ?」
「ちょっと思ったよ、正直。最後まで迷ったけど……でも、やっぱりあんまりいい気分はしなかったからね、二人のデート。欲望に忠実に、リスクを取ってみたわけ。嫌いになる?」
「……俺もいい気分はしないから、次からは止めてくれ」
「そうする。腹黒い事、言っても良い?」
「……お前が腹黒いのは昔からだろ?」
「一回目は許してくれると思ったんだよ。浩之ちゃん、なんだかんだで優しいから……自分の事を好きな子が、その好きな気持ちのまま、邪魔しに来たのを声を荒げて怒る人じゃないと思って。だから、その優しさの上に『あぐら』をかいて邪魔しに来たんだ」
「……掌の上かよ、お前の」
「二回目は無いと思うから止めておく。それと……この後、図書館行くつもりでしょ? 止めておいた方が良いよ?」
「……なんで?」
「智美ちゃんがいるから」
「……待ち伏せ?」
「塾のテストの点数が悪かったから、お母さんに叱られたんだって。明日、テストらしいんで勉強するって言ってた」
「……そこは感謝しておく。ありがとう」
「どう致しまして。ま、精々一時間程の話だから我慢して。後は明美ちゃん連れて退散するからさ」
そう言ってにっこり笑う涼子。
「その……良かったのかよ?」
「なにが?」
「いや……はっきり言うけど、俺は正直、彩音の事が……その、なんだ。好きだよ」
「そうだろうね」
「だから……その、こんな事をされても……なんていうか」
「無意味だって?」
「……まあ」
正直、親父に腹が立つ。別にデートを邪魔された事――も、そうだけど、こいつらに期待を持たせる様な事をしている気がして。
「首根っこ掴まれて邪魔してこいって言われたワケじゃないもん。情報提供があっただけだし、それで邪魔しに来たのは私の意思だから。だからこれが無意味だとしても、別にお父さんを恨んだりはしないよ?」
「……」
「後……これは忠告だけど」
そう言って涼子は小悪魔の様な笑顔を浮かべて。
「――そんな私を心配する様な事、言わない方が良いよ? 嬉しくなって本気で攻めちゃうよ? もうちょっと、邪魔したくなっちゃうじゃん?」
「……勘弁してくれ」
降参するような俺に、涼子は楽しそうに笑って見せた。




