えくすとら! その四十 忖度はやり過ぎなれど、配意は必要
「……さて。それじゃ、行こうか」
「……そうね」
玄関先で……まあ、その、ちょっとだけイチャイチャした俺と彩音は並んで靴を履いて外に出る。彩音は少しだけ高めのヒール、俺は革靴だ。
「……初めて見たわ」
「初めてって……ああ、これ?」
足元の革靴を指す俺に頷く彩音。
「貴方、いつもスニーカーばかりじゃないのね?」
「基本的にはあんまり履かないんだけど……なんかあった時用に一応何足か持ってはいる」
「何かあった時用?」
「最近だと、明美の誕生日パーティーとか」
「……ああ」
そこまでガチガチのパーティーってワケじゃないけど、ちょっとした集まりなんかでドレスコードがある時はやっぱりスニーカーじゃ格好が付かないからな。
「……ちなみに明美さんの誕生日パーティー、エスコートは浩之がしたの?」
「いいや。そこまで堅苦しいヤツじゃないし。立食パーティーの延長みたいなものだから、エスコートとか無いよ」
「……そう」
「……なんだ? エスコート、して欲しいって?」
「我が家は娘の誕生日パーティーを開いたりする風習はないから。でも……そうね。何かのパーティーに呼ばれた時はぜひ、浩之にエスコートして貰いたいわ」
「俺じゃ役者が足りなくねーか?」
「その自虐は嫌いよ。貴方は充分、格好いいもん」
「へいへい」
「もう!」
ぷくっと頬を膨らます彩音のほっぺを人差し指で軽く突く。ぷしゅ、と音を立てて彩音の頬をから空気が抜けた。
「まあ、下手に自信を付けて色んな女性に手を出されても困るし……今のままでいいかしら?」
「……勘弁して下さい」
地味に精神攻撃が傷付く。ジト目を向ける俺に、彩音はにこやかな笑みを浮かべて見せた。
「冗談よ。もう、そんな事はしないんでしょ?」
「もうって言い方に若干、引っ掛かるモノがあるが……まあ、はい」
「貴方だけのせいってワケじゃないけど……あんまり、不安にさせないでね?」
「……はい」
降参の意を示して両手を挙げて見せる。そんな俺の仕草に、彩音は嬉しそうに笑って見せた。
「……さ、それじゃこの話はこれでお終い! カラオケ、楽しみましょう!」
「そうだな。ちなみに今日も演歌メドレー?」
「あんまり同級生受けしないんでしょ、演歌。ちょっと流行のポップスでも練習しようかなって」
「……」
「……なに?」
「いや……同級生受けとか気にするの、お前?」
ぶっちゃけ、それは彩音のキャラじゃない気がするんだけど……っていうか、同級生受け?
「涼子とか智美とか、気にしなくねーか? 明美は……まあ、元々演歌嫌いじゃないし」
明美がっていうか東九条の本家が、だが。本家のばーさんとか演歌大好きだったし。
「……その……ちょっと誘われてるのよ。クラスの子に」
「……マジ?」
「そんな驚いた顔をされると心外だけど……でもそうね。『桐生さん、今度カラオケに行かない?』って言われたの」
「……マジか」
あの彩音が。衝撃を覚えたぞ、おい。
「……その、疑われるのはイヤだから先に言っておくわ。男子がいるならお断りって、ちゃんと言っているからね?」
「あー……その、さんきゅ。大丈夫だったか、それ? その……理由とか」
俺の言葉に、彩音は頬を赤く染めて。
「……す、好きな人に、疑われたくないからって……こ、答えたわ」
「……そ、そっか」
「……無茶苦茶揶揄われたわよ。『桐生さん、おっとめー』とか言われたし……でも、その……私ね? 昔、言ったじゃない? 別に友達なんて要らないって」
「言ってたな」
「でも……やっぱり、そうやって誘って貰うのって……ちょっと、嬉しくて」
恥ずかしそうにごにょごにょとそんな事を言ってそっぽを向く彩音。まあ……最近のコイツ、ちょっと変わって来たしな。険が取れたというか、とっつき易くなったと云うか……あれ? ちょっと心配だぞ?
「……ホントに他の男子、来ないんだよな?」
「来ないわよ。来たら帰るって宣言してるから……最悪、もし居たらその場で帰るわ」
「……そっか」
少しだけ安心して胸中でほっと胸を撫で降ろす。そんな俺に、彩音は優しく微笑んだ。
「あのね、あのね?」
「なんだ?」
「……最近私、良く話しかけられる様になったの。昔に比べて喋りやすくなったって」
「……だろうな」
「でもね? 私がそういう風に変わったのって……全部、浩之のお陰だよ?」
「……それは光栄だな」
「だから……心配しないで?」
私の瞳には、浩之しか映ってないから、と。
「……クサいセリフだな」
「そうね。私もそう思うけど……でも、本心よ。あなた以外に目移りなんかしないから」
「……そりゃさんきゅーな」
なんだか無性に照れ臭い。そう思い、頭を掻きながらそっぽを向く。
「でも、本当にお前、変わったよな」
「そうかしら?」
「今だってそうだろ? 演歌じゃなくてポップス覚えるっての、その同級生受けの為だろ? なんつうか……今までの彩音だったらそんなのガン無視のイメージなんだけど」
誰かの為に、自分のしたい事を曲げるなんて彩音らしくはない。そう思って視線を向ける俺に、彩音は少しだけ困った様に苦笑を浮かべた。
「……別に自分を曲げてまで、誰かの好みに合わせようとは、今でも思っては居ないわよ。でも……そうね。周りの空気とか、そう云うのはもう少し気にした方が良いかなって思ったのよ」
「忖度?」
「配意よ。誰かに慮る必要は無いけど、誰かの気持ちを斟酌するのは……そんなに、悪い事じゃないと思うのよね」
「……最初からその考えが出来たら、お前にも友達出来てたかもな」
「そうね。私もまだまだ子供だったという事よ。でも……その私の性格が無かったら、きっと貴方と出逢えて無いから……これはこれで良いのよ、きっと」
「……さよけ」
「うん!」
嬉しそうに笑う彩音。そんな彩音の言葉がなんだか照れ臭く、見えて来たアラウンドワンに視線を向けて。
「……ん?」
「……あれ? 浩之ちゃんと彩音ちゃん?」
「……あら? 浩之さんと彩音様、ですか?」
アラウンドワンの入り口に立っている涼子と明美の姿が視界に入って来た。
「……」
……あれ? なんかすげー嫌な予感がするんだけど?




