えくすとら! その三十九 見れる格好すれば浩之ちゃんもそこそこ男前
瑞穂とのバスケ対決……というか、練習に付き合った為、若干汗をかいた桐生が汗を流す為のシャワー待ち。美少女で、しかも彼女がシャワーを浴びているという単語だけ聞けばドキドキもするのだが……まあ、なんだかんだ言って長い同居生活だ。これぐらいで一々ドキドキしてたら流石に俺も不整脈で死んでしまう。
「……お待たせ、東九条君」
ドライヤーでしっかり髪を乾かした桐生は、お気に入りであろうカモリンのワンピースを着て後ろから声を掛ける。その声に軽く手を上げて、俺は時間つぶしで見ていたテレビを消す。
「ん……それじゃ、行くか」
「うん……その、本当にごめんね?」
心なしか『しゅん』としている桐生の頭をポンポンと二回撫でる。撫でられた頭を両手で押さえながら、桐生が上目遣いでこちらを見やる。
「その……お、怒ってない?」
「怒っては……まあ、無いかな。ただ桐生が――彩音が、瑞穂ばっかり構うからちょっと嫉妬してた」
自分でも情けなくなる理由に苦笑。そんな俺に、慌てた様に彩音がわちゃわちゃと手を振って見せる。
「そ、その! も、申し訳なかったんだけど……べ、別に瑞穂さんばっかり構ってたワケじゃ……」
「知ってる。だからまあ、これは俺の独占欲みたいなモンだ」
ヤバいよな~、俺。瑞穂だって彩音の大事な友達だし、その友達にまで嫉妬するって。いや、まあ典型的な『お前が言うな』であることは充分承知しているんだけどね?
「……その……ホントだよ? ホントに、瑞穂さんばっかり構ってたワケじゃ無いんだよ?」
「だから、分かってるよ。むしろごめんな? 変な嫉妬して」
「う、ううん! そう思って貰えるのは、す、すごく嬉しい……」
「……なら良かった。それじゃ行こうか。ああ、そうだ。彩音、相変わらず似合ってるな、カモリン。今日も可愛いじゃん」
「……」
「彩音?」
「その……一緒に住んでるとね? う、嬉しい事も多いけど、ちょっとだけ嫌な事もあるの」
「……なんだよ急に」
直すよ、俺。悪い所あるんだったら言ってくれれば良いのに。
「そ、そうじゃなくて! そ、その……この服、お気に入りだし、可愛いって言われるのは嬉しいんだけど……」
「嬉しいんだけど?」
「……前も一回、着てるじゃん」
「……」
「この服もだけど……お、お出かけも二人で行く事多いでしょ? 一緒に住んでると部屋着もパジャマも、全部見られちゃうし……」
「いや……まあ」
生活空間が一緒だと、どうしたってそうなるよな、うん。
「だから……こう、新鮮さが無いかなって……」
「……」
「ひ、浩之に……あ、飽きられちゃわないかなって」
そう言って縋るような眼を向けて来る彩音。ったく……お前は。
「……飽きる訳ねーだろうが」
「……ホント?」
「あー……この言い方はたぶん、あんまりなんだろうけどよ? その、お前は何着ても似合うし……どんな格好しても可愛いから」
「……それ、選ぶのが面倒くさくなった男性のセリフじゃなくて?」
「……そう言われると思ったから、『あんまり』だと思ったの。でもまあ、本心だよ」
「……そう。それじゃ……うん、喜んでおく」
「そうしろ。それとも……予定変えて、服でも買いに行くか?」
ヤラシイ話、ちょっと懐は豊かだし。自分で稼いだ金じゃ無い事に抵抗はあるが……それでも、これで彩音が喜んでくれるなら、悪い使い方では無い……と思う。
「んー……まあ、気にならないわけじゃないけど……今は良いわ。服自体は充分あるし……無駄遣いになるしね」
「プレゼント、とか」
「それこそ良いわ。特別な日ならともかく、貴方に買って貰う理由がないもの」
「……俺がプレゼントしたい、って言ったら?」
「嬉しいけど……でも、良いわ。それよりも、一緒に過ごせることが一番のプレゼントだもん」
「……」
嬉しい事を言ってくれる。少しだけニヤケた俺の顔に、自身でも恥ずかしい事を言ったと自覚したのか、頬を赤く染めながら彩音がそっぽを向いた。
「そ、それより! 浩之はズルいわ!」
「は? 俺?」
「そ、そうよ! なによ、その服! そんな服、持ってるなんて聞いてないんだけど!か、髪型もちゃんとセットしてるし!」
そう言って俺を指差す彩音。今日の俺の服装は黒のスキニーに、白いシャツ、それに薄手のジャケットを羽織った格好だが……あれ?
「俺、この服着た事無かったっけ?」
「な、無いわよ! いつもジャージ……とは言わないけど、大体デニムとシャツとかじゃない! そんな……その、きちんとしている格好見るの、初めてよ! 気合、入れ過ぎじゃないの!?」
……言われて見れば、確かに。着たきり雀、とまでは言わないが、どっちかって言うと動きやすい格好が好きなのもあるから、割とラフ目な恰好をしている事は多い。服の種類だって多いワケじゃないし。
「……気合、入れ過ぎたかな? もしかして俺、空回ってる?」
彩音がカモリン着て来るって聞いたから、ある程度きっちりした格好をしてみたんだが……やっぱり、合わない?
「嬉しいに決まってるでしょ! それだけ、私とのデートを楽しみにしてくれてるって思ったら、嬉しいに決まってるじゃない! あと、さっきの事への罪悪感が半端ないわ!!」
「お、おう……」
彩音、荒ぶる。肩でふぅふぅと息をしながら一気に言い切った彩音は、少しだけ落ち着いたのか、気まずそうに眼を逸らした。
「……普段、どっちかって言うと家ではだらしない格好じゃない?」
「……まあ、確かに。そう考えればお前、家でもきちんとした格好している事多いよな」
「きちんと、と云うか……だらしない格好、貴方に見られたくないし」
「……すまん」
「別に責めている訳じゃないの。その……家だから油断、というか、気を抜いた格好してるって事でしょ?」
「まあな」
「だから……そ、それだけ気を許して貰ってるのは嬉しいの。嬉しいんだけど……そ、その、ちゃんとしている格好も……そ、その……み、魅力的だな……って」
「……」
「ああ、もう! 言います! はっきり言います! 今日の浩之、凄く格好良いわよ! なんか一緒に歩いて他の女の子の視線集めるんじゃないかって心配になるぐらい、格好いいわよ!」
照れからか、『うがー!』っと一気に捲し立てる彩音。その言葉はとても嬉しいが。
「……贔屓目過ぎだろ、流石に」
「……贔屓目じゃないけど……でも、それでも良い。むしろその方が良いかも。嫉妬しなくて済むし」
「そうかい」
「ええ。それぐらい、今日の浩之、格好いいもん」
「……ホレた?」
「馬鹿ね」
そう言って彩音は笑って。
「――もうずっと昔から、とっくに貴方に惚れてます」
そう言って頬を染めてそっぽを向く彩音がバチクソ可愛かったことだけ、補記しておく。




