えくすとら! その三十五 実家からの呼び出し
『あれ? らぶれたー・ぱにっくは?』と思われた方。なんとなく中途半端な切り方ですが、あれはあれで完結です。ええ~、っと思われるでしょうが……一応、伏線予定ですのでご勘弁願えれば……
さて、今回は実家から呼び出しを受けた浩之君のお話です。
「……座りなさい、浩之」
「……はい」
「どこに座っているのよ、貴方」
「何処って……椅子?」
「座るって言ったら正座でしょう?」
「……」
とある金曜日の放課後。俺は実家から掛かって来た電話で家に呼び戻されていた。あんまり実家から、しかも母さんから電話が掛かって来る事なんて無いので首を捻りつつ家に帰ってくると……なんと、額に青筋を浮かべた母さんがニコニコと――絶対これ、笑って無いよね、っていう笑顔を浮かべて玄関先で立ってた。『……着いて来なさい』という母さんの言葉に素直に従ってリビングまで行くと冒頭の会話である。え、ええっと……
「……母さん、なんか怒ってる?」
「……怒ってる? なんでそう思うのかしら?」
「いや、なんでって……」
絶対怒ってるじゃん、コレ。え? 違うの?
「……まあ、良いでしょう。ええ、ええ。私は怒ってます。なんで怒っていると思いますか、浩之?」
「なんでって……」
……俺、最近怒られる事したっけ? こういうのはなんだけど……成績だって上がったし、家事一通りこないしているし、そこそこ頑張って生活している気がするんだけど……
「……ごめん、母さん。全然、想像付かないんだけど……」
「……はぁ」
やれやれ、と言った感じで首を左右に振る母さん。そんな姿を見て、親父が居心地悪そうにフォローを入れる。
「か、母さん? その……ホラ! いきなり呼び出されても浩之も困惑するんじゃないの? なんで怒ってるか、教えて上げなよ」
俺の『ヘルプ!』の視線を受けての親父のフォロー。ナイスフォロー! と心の中で賞賛を送っていると、母さんがギロッとした目で親父を睨む。
「……私が何に怒っているのか、お父さんは分かりますか?」
「……へ? そ、そりゃ、分かるよ!! あ、あれでしょ!? 浩之が全然、家に帰ってこないから――」
「違います」
「――怒って……あ、あれ? ち、違うの?」
「茜に対する貴方とは違うんです。私はしっかり子離れ出来ています。浩之が家を出て、彩音ちゃんと二人で仲睦まじく暮らしているのであれば、褒めこそすれ怒る事はありません」
「え、ええっと……そ、それじゃ、家に彩音ちゃんを連れてこないから! こ、これでしょ!? 彩音ちゃんばっかり構ってるから!」
「だから、私は子離れ出来てるんです。違うに決まっているじゃないですか。彩音ちゃん、まだ高校二年生ですよ? 婚約は破棄とはなったとはいえ、恋人の家に、しかも母親に会いに来るのにはプレッシャーだってあるに決まってます! そんな事を無理強いするつもりはありません!」
「……あ、はい」
すっげーサめた目で親父を見た後、母さんは俺に視線を向ける。
「ちなみに浩之。いい機会だから聞いて置きなさい。そんな事になるつもりはありませんが……もし、お母さんと彩音ちゃんが対立する事があれば、貴方は迷わず彩音ちゃんの方に着きなさい。嫁姑問題は大体、嫁側に旦那が付けば上手く行きます」
「……いや、それはそうかも知れんが……」
「母親は選べませんが、伴侶は貴方が選んだのでしょう? なら、自分で選んだ方を信じて上げなくて何が旦那ですか」
そう言ってチラリと親父を見る母さん。お、おお……なんか、恨みある視線に見えるんだが。
「……『どちらにも付かない』なんて選択肢が一番、愚の骨頂ですし……裏でこそこそ画策するのも止めなさい」
「ええっと……母さん、それ、僕に言ってる?」
「貴方は昔っから、小賢しい事は上手でしょう? 今回だって彩音ちゃんを傷つけて……まあ、本家の輝久さんや桐生さんにも問題がありますが……私、納得行ってないんですからね? 貴方のその、結果が良ければ過程は――」
そこまで喋り、母さんは口を閉じてコホンと一つ咳払い。
「……まあ、お父さんの話は良いです。それで? 浩之、本当に心当たりが無いのですか?」
「……な、ないけど……」
……何を此処まで怒られているのかは正直、皆目見当も付かんのだが……
「……凜に聞きました」
「凜さん?」
何を? 首を捻る俺に、母さんはにっこりと――額に青筋を立てたまま、笑って。
「――涼子ちゃんとデートに行ったらしいわね、貴方?」
――おうふ。
「ち、ちがっ! あ、あれは!!」
「何が違うんですか!! デートはデートでしょうが! 別に語源的な意味じゃなく、まるっとしっかりデートして来たんでしょ!! しかも、ダブルデート!!」
「うぐっ!」
「知らないと思っているんですか! 凜から言われましたよ!? 『なあ、芽衣子? 浩之と涼子の結婚、何時にする?』と!! 何考えてるんですか、貴方は! この浮気者!! お父さんそっくりですね!!」
「お、お母さん!? 僕、浮気なんてしてないよ!!」
まさかの被弾に、親父、びっくり。
「嘘おっしゃい!! 貴方は、私と付き合った後も後輩とデートに行ってたじゃない!!」
「こ、高校生のときの話でしょ、それ!! そ、それにアレはデートじゃないって!? あれは、仲の良かった後輩達と遊びに行っただけで!! べ、別に何にも無かったし!!」
「男女の間で友情は成立しません!! っていうか、貴方、あの後あの遊園地に頑なに連れて行ってくれませんでしたよね!! 何があったんですか!!」
「な、何にもないよ!!」
「どうだか!!」
そう言って先ほど同様、視線で人が殺せそうな程の視線を向けた後、母さんは親父から視線を逸らして俺に向き直る。
「……ふう。少し、ヒートアップしました」
「……」
「……ともかく。浩之? 貴方は彩音ちゃんの彼氏、恋人なのでしょう? その恋人を差し置いて、他の人とデートに行くとは何事ですか。なんですか? 貴方、釣った魚には餌を上げないタイプですか?」
「……餌って」
その言い方はどうだろう。
「お父さんと一緒ですね。似なくて良い所ばっかり似て」
『誤解だよ!!』という親父の声は無視。そのまま、母さんは黙って視線を俺に向ける。
「こう言いましたが、貴方と涼子ちゃんや智美ちゃん、それに瑞穂ちゃんの関係は知っています。明美ちゃんは親戚ですのでちょっと特殊でしょうけど……ともかく、貴方達の関係性を否定するつもりはありません」
「……」
「……それでも……大事な恋人が他の女の子とデートに行くというのは女性としては不安にもなるし、不満も覚えます」
「……はい」
ごもっともで。それについては重々反省してます、ハイ。
「……ならば、それ相応に彩音ちゃんにも報いて上げなさい」
そう言って母さんは封筒を机の上に置く。視線だけで『開けなさい』という母さんに、俺は封筒を開けて。
「!? なにこれ!?」
「軍資金です。先立つものが無いと、デートにも行けないでしょう?」
封筒の中には人の上に人を造らない先生が五人も鎮座ましましていた。いや、多くね!?
「物で釣る、というのはどうかとは思いますが、誠意は言葉だけではなく金額もあります。土手のたんぽぽ貰うより、花屋で買ったバラを貰った方が嬉しいのは女性なら当然です」
「いや、そりゃそうかも知れんが……」
「まあ、それは流石に言い過ぎですが……でもね? 蔑ろ、とまでは言いませんが……きちんと彩音ちゃんとデート、行っていますか?」
「……」
言われて見れば……確かに。図書館とか買い物は行ったことあるけど……遊園地とかは行った事が無いかも。そんな俺の顔に、母さんは呆れた様にため息を吐いて。
「貴方がきちんとプランニングして、彩音ちゃんを喜ばせて上げなさい。それだって男の甲斐性でしょう?」
……はい。
「義理の娘になるかも知れない子を悲しませたら、お母さん、許しませんよ?」
「……分かったよ。それじゃこれ、有り難く貰っておく」
「そうしなさい」
「……サンキューな。その……気を使わせて」
「いいえ。それにこれは貴方の為ではありません。彩音ちゃんの為です」
「……はい」
「まあ、どうしてもお礼を言いたいと言うなら、お父さんに言いなさい」
「僕?」
母さんの言葉に人差し指で自信を指差してきょとんとした顔を見せる親父。そんな親父に母さんはにっこりと笑って。
「その軍資金、お父さんの『へそくり』なので」
「ちょ、お母さん!?」
「貴方も『へそくり』をするのならバレない場所にしましょうね、浩之。私の様に見逃してくれる人ばかりじゃないですよ?」
『見逃してないじゃん!?』という親父の言葉を背にしつつ、俺は飛び火しない様に早々と実家を後にした。




